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ブータン 97%「幸せ」の表と裏

 しあわせは いつも じぶんの こころが きめる

 相田みつをに、こんな言葉があるそうだ。息子の誕生日祝に、あるギフトショップが持参したハンドタオルに書いてあった。

 やはり、幸せと言えばブータンのことを思う。ぼくは、ニューデリー特派員をしていた1988年と89年に、あのヒマラヤの王国を訪れた。当時33歳という若き国王に、王宮の執務室で会見した。

 イギリスに留学しきれいなキングズイングリッシュを話す、りりしい君主だった。すでに1970年代、自国の伝統文化の価値を再確認し国民の幸福を重視する指標として、『国民総幸福(GNH)』という言葉を作り出していた。欧米や日本で国の金銭的・物質的豊かさを表す国民総生産(GNP)を意識したものだった。

 ぼくは、会見記を新聞に書いた。でも、そのころはブータンそのものが日本ではほとんど知られておらず、記事で紹介したこの造語にも、あまり反響はなかった。

 あの国にも、行った者でなければわからない空気がある。国王がそういう言葉を考え出し、国民の心と社会に浸透させようという意図はじゅんぶんに理解できた。

 そして、20数年が経ち、日本のメディアではブータンが「幸せの国」として紹介されるケースが激増した。

 第一には、先代国王の後を継いで即位した子息の新国王夫妻が、2011年11月に来日し、強烈な印象を残していったのが、大きなきっかけだろう。そして、大震災後の日本人は「幸せとは何か」というテーマを、日々意識せざるを得ないからでもあるだろう。

 先代国王は、GNHを測る物差しについてこう言っていた。「たとえば5年、10年ごとに自分たちの暮らしを振り返ったとき、少しずつよくなっていると国民の多数が考えるかどうかです」

 いま日本で、5年後、10年後の暮らしを考え、「明るいだろうさ」と言える人がどれだけいるか。だから、行ったこともないブータンに、あこがれの理想郷をみようとする。

 それにしても、ワイドショーなどのブータン報道は、あまりにも浅くステレオタイプではないか。現地へスタッフを送り込むのはいいが、道行く人に片っ端から声をかけ「あなたは幸せですか?」と聞き歩く。

 みんなが「はい」と答えると、レポーターは「やはり、国民の97%が幸せと感じている国ですねぇ」と感心し、それ以上の突っ込んだ取材を放棄する。

 ぼくが訪問した20数年前、国内にテレビ放送局はなく、お金に余裕のある人は屋根にパラボナアンテナをつけて、インドの放送を受信していた。ビデオデッキのレンタルも首都ティンプーでは少しずつ始まっていた。まだ、人びとは外界をほとんど知らなかった。

 それからしばらくして、インターネットの導入などで情報がどんどん入り込むようになり、外来文化に伝統が浸食されることを恐れる機運がたかまった。

 朝日新聞夕刊連載は、2012年5月、「幸せの国」の現実に踏み込んだ。

 連載1では、山の中腹に建つ石造りでトタン屋根の質素な家に、乳児と暮す母親ペマ・ヤンゾムさん(28)を紹介している。夫は家に寄りつかず、たまに戻ってきてはなけなしの金を持っていく。栽培するトウモロコシは食べる分にも満たない。

 <「食事は1日1回。2回食べることはあまりない。金がなくてお米は買えない」。「楽しいことは何もない」と言うペマさんにあえて聞いた。「あなたは幸せですか?」>

 答えは「はい」だったという。

 連載2では、ある女性(37)のこんな声もある。「豊かじゃないが、私たちには土地がある。それにブータンには戦争がない。平和だ。それは幸せです」

 コップに半分の水があるとき、人はどう答えるか。「まだ半分残っている」「もう半分しかない」。かの国では、前者のように答える。

 97%の人が「幸せ」という舞台裏はどうなっているのだろう。人口67万人から抽出した8,000人にそれぞれ5時間ずつもの面談を行い、計72項目について質問し国民の意識、生活などについてデータをとる。

 2005年の調査で「あなたは今幸せか」という問いに対し、45.1%が「とても幸福」、51.6%が「幸福」と回答した。

 国民は、敬愛する国王がGNHを提唱していることをよく知っている。あの純朴な人びとが、政府関係者に「幸せか」と聞かれ「いいえ」と答えるには、相当の勇気がいる。1日1回の食事で生きる若妻の言葉の背景には、こんな事情がある。

 97%の「はい」は必ずしも本音ではないかもしれず、GNHという言葉の魔力による国是なのだ、と考えればわかりやすい。

 かつて、ぼくがおしゃべりした青年は言っていた。「幸せですよ。もし外界のことを知らなければね」。彼は外務省職員で、できれば外国に早く行きたがっていた。

 近年、テレビなどの普及で、若者の非行、犯罪が増え社会問題になっているという。当たり前ながら、ブータンでも単純にみんなが幸福感を抱いているわけじゃない。

 「幸せはいつも自分の心が決める」のは、どの国民にも通ずることではあるが。

 --毎週木曜日に更新--

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