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春爛漫の北信濃で十割蕎麦を味わう

 すでに暦の上で立夏はすぎたが、北信濃路は春爛漫、百花繚乱だった。

 長野市にあるかみさんの実家に用があって上信越道を愛車で飛ばした。少し時間が早かったので、ひとつ先の須坂長野東ICで降りて、小布施町に入った。街路わきではハナミズキの可憐な白とピンクの花が満開だった。コブシの白花も見ごろだ。

 ところどころの家の庭先には、紫や珍しい白のフジの花房がびっしりと垂れ下がっている。黄のレンギョウも盛りで、足元には臙脂の芝桜やタンポポの黄色い花が咲いている。

 一番懐かしいのは、リンゴの白花だった。30年以上前、長野市に住んでいるころ、リンゴの花のあまりの可憐さに心を打たれたことを思い出す。ちょうどそのリンゴの花とおなじ白のヘアバンドをしていた少女にであった。それがいまのかみさんだ。

 小布施町へ寄った第一の目的は、千曲川にかかる小布施橋一帯、通称「桜堤」の八重桜を観るためだった。ある雑誌のグラビアで「4kmにわたって600本も続く八重桜の並木」を見つけた。

 例年は、GWに満開となるそうで、この春は寒いから連休明けでも花は残っているかな、と期待していった。長野市の実家で跡取りをしている義弟は「噂では聞いたことがあるけど、実際に観たことはないね」と言っていた。

 連休の最後に急に気温が上ったためか、花は7割がた散っていた。それでも「花は盛りに 月は隈なきをのみ 見るものかは」という『徒然草』の言葉が思い出されるほど、八重桜の並木は見事だった。幼稚園の子どもたちが先生に引率されて、花の下の草地で遊びまわっていた。

 八重桜は濃いピンクだが、小布施の街にはまだ、淡いピンクのソメイヨシノや真っ白の山桜も咲いていた。信州を離れて丸29年、この季節はこんなに花がきれいだったかな、と都会暮らしで忘れていたものを思い出した。

 小布施町でのもう一つのお楽しみが、手打ち蕎麦だ。あれはいつだったか、子どもたちをかみさんの実家にあずけて、ふたりで長野市から志賀高原のほうへ走っているときだった。

 ちょうどお昼時になったので蕎麦でも食べようと、何気なしに県道わきの店に寄った。駐車スペースは2台分しかない、あまり商売っ気の感じられない店だった。深く考えもせず、ざる蕎麦をふたり分たのんで、店内を見回すとサイン入りの色紙が壁にずらっと貼ってある。たしか、美空ひばり、石原裕次郎、北島三郎など大スターのサインもあったと思う。

 ひょっとして、ここは知る人ぞ知る信州屈指の名店なのか。店名をみると『朝日屋』となっていた。

 出てきたざる蕎麦をみて、まずその量にびっくりした。都心の名のある蕎麦屋の2倍はありそうだ。ひと口食べてまたもびっくりした。

 ぼくは出雲の出身だから、出雲蕎麦は食べ慣れている。相当うまい店も知っている。長野県にも5年間住んでいたから、信州蕎麦の名店というところにも通った。

 しかし、朝日屋の蕎麦はそれらを軽く超えていた。かみさんもびっくりしている。聞けば、つなぎ粉3蕎麦粉7の三七蕎麦だという。それで、こんなに風味があるとは。麺は細目でコシがある。更級産の蕎麦粉を使っているそうだが、更級蕎麦のように白くはなく、グレーといったところだ。つゆは濃く甘めでカツオ出汁が効き、薬味に天かすが入っている。それが、蕎麦と絶妙にマッチしており、わずか650円だった。

 蕎麦を食べて心底びっくりしたのは、後にも先にもない。いつか機会があったら、また食べにこよう。かみさんと話し合った。

 そして、小布施町へふたたび来た。意気込んで朝日屋へいくと、無情にも「本日休業」の木札がかかっている。あ~あ、せっかくきたのに。数件手前にも蕎麦屋があったので、あまり期待もせずそこへ入った。その店は『富蔵屋』といった。

 小布施町はこじんまりしているが、文化の香り高いちょっとした観光地だ。「画狂」と呼ばれた葛飾北斎が晩年に長く逗留し、70年にわたる画業の集大成をはかったところであり、作品を集めた『北斎館』などがある。

 富蔵屋は混んでいた。かみさんもぼくも、田舎十割蕎麦840円を頼んだ。注文を受けてから打つらしくかなり待ったころ、やっと出てきた。この店も一人前の量がやたら多い。これが小布施流なのか。蕎麦粉だけで打つのは極上の腕がいるとされる。蕎麦殻まで挽き込んで打つので黒光りしている。

 この店の主人は、ある日本旅館の料理長をしていたころ蕎麦の魅力に取りつかれ、蕎麦職人として独立したという。十割蕎麦は、さすがにソバーッという感じがして、これはこれでかなりうまい。難点は量の多さかもしれない。お品書きをよくみると、二八のざる蕎麦735円というのもあった。ひとりはこれを頼んで十割蕎麦と食べ比べてみればよかった。

 郷里の母にあるとき、「出雲蕎麦と信州蕎麦とどっちがうまいかネ」と聞かれたことがある。迷わず「まあ、信州だね」と朝日屋を思い浮かべながらいった。その思いは、小布施の富蔵屋によって補強された。でも、今度いくならやっぱり朝日屋だが。

 --毎週木曜日に更新--

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