「レバ刺禁止」は、煮ても焼いても食えない
「そういえば、今月でレバ刺が食べられなくなるんですねぇ」
仕事の打ち合わせをしていたら、Mさんが話題を変えた。女性に関しては“ロールキャベツ系”のMさんだが、食べることにはむき出しの肉食系だ。
「そうですねぇ。ぼくもレバ刺歴40年、あのプリプリした触感と濃厚な味はたまらないですよね」
打ち合わせもそこそこに、Mさん行きつけの焼肉店へふたりで足を運んだ。店内はほぼ満席だった。
メニューをさっと見たMさんが、注文を取りに来たマスターに、「じゃ、レバ刺をまず2人前……」と言いかけると、「すいません。レバ刺は予約分ですでに売り切れです」
みんな、考えることはおなじなんだなぁ。2012年7月1日から、生レバーを飲食店で出すことが禁止される。だから、いま、駆け込み需要の真っ最中なのだ。
「生レバーは、まるでフグの卵巣、というより、覚せい剤かコカインみたいになってしまって」
「同感です」と答えながら、週刊ポストの5月18日号に載っていた記事を思い出した。
<『レバ刺』を禁止した厚労省の大バカ規制 もっと他にやることがあるだろう>
こんなタイトルだった。まさに、わが意を得たりという感じだ。
レバ刺禁止は、前年、『焼肉屋えびす』でユッケを食べた人がO‐111の食中毒になった事件のあおりだった。でも、その焼肉屋の衛生管理は、じつにずさんなものだった。
圧倒的多数のまともな焼肉店と十把ひとからげにするのは、断固、まちがっている。
牛のレバーを生で食べる! というのは、外国人がびっくりする日本の食文化のひとつとなっていた。ぼくが知る限り、海外では一軒だけ、タイのバンコクで日本人が経営する焼肉店で食べることができた。常夏の国だから、食品が傷むのも速い。そこで生のレバーに挑むわけだから、フグの卵巣を注文するような度胸がいった。
それだけに、口に入れたときの感激は表現のしようがない。いっしょに食べた人に後日聞くと、「ちょっとお腹にきたかな」という“副作用”があったりしたが、ぼくらはそれでもめげず、何度も通って挑戦した。
朝日新聞などによると、レバ刺の経済規模は年間約300億円にもたっする。
では、どれだけ生レバーは危険なのか。週刊ポストが伝える厚労省の「平成23年食中毒発生事例」によると、昨年、全国で1,062件の食中毒が発生し、2万人ちょっとが病院などで処置を受けた。
そのうち、牛レバーによるものはわずか12件、61人だった!
生ガキなど貝類を原因とするものが50件、きのこ類が37件だった。
去年の食中毒による死者は11人だったが、牛のレバーではひとりも亡くなっていない。じつは、1998年以降、牛レバーによる死亡例はないというのだ。嗚呼、それなのになんという。
先日のニュースで、政府が最終的に生レバー禁止を決定する会議のもようを中継していた。ドブネズミルックのおじさんたち数10人が、しかめっ面をして協議していた。
「あんなくだらないことのために、たくさんの人が集まってる。まったく、税金のムダねぇ。他にやることないのかしら」
かみさんが言うのももっともだ。
生レバーの禁止自体、万一、食中毒事件が起きても厚労省の責任にならないようにするための、アリバイ作りとしか思えない。じゃ、生ガキも禁止してみろ。世界の笑いものだ。
週刊ポストは、畜産業界関係者のコメントを載せている。「牛レバー規制が始まれば、飲食店をチェックする天下り団体新設などにつながることも十分予想される」
法的規制のために、街の焼肉屋さんが生計に困り、多数の国民の食べる楽しみを奪うことになっても、役人はへとも思わず、利権を増やしていくのか。
記事にはこんなくだりもあった。東京大学・食の安全研究センターに厚労省がレバーのO‐157汚染を防ぐことができないか、研究を依頼した。しかし、岡崎勉センター長はこう語っている。
「調査期間は1か月ほどしか与えられず、中途半端なデータの提出だけに終わってしまった。さらに検証を続けていれば、O‐157汚染は未然に防げるという結果が得られた可能性は高い」
結論は、先にあった。これも、明治以来の官僚独裁の弊害そのものだ。そして、大新聞やテレビなどほとんどのマスメディアは、霞が関=大本営を批判することもなく発表を垂れ流していく。
これをぼくは、<政官業報の癒着>と呼んでいる。政官業の癒着は指摘されて久しいが、新聞社を辞めてから、実態は、それに報道もからんだどうにもならないところまできていることに気づいた。今回は、「業」の一部の弱いところが「官」の被害者になったが。
日本人の舌を楽しませてきたものすごい量の生レバーは、これからどう流通していくんだろう。「鮮レバー」としてメニューに載れば、お客が勝手に生で食べられるのだが。
--毎週木曜日に更新--
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