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いじめ 人類の後退と不調和

 2012年7月のいま、大津いじめ事件は全国の注目を集めている。

 あのニュースを聞いて、思い出したことがある。

 ぼくが高校生だったころ、同期のX君はいつからかヘンなあだ名で呼ばれるようになった。ある昼休みには、校舎の中庭にある大きな木に逆さ吊りにされた。寄ってたかってロープで縛られ、せーのっで吊り上げられた。

 その光景を、ぼくは校舎2階のベランダから目にした。X君も周りにいた者たちも親しい友だちだった。まあ、悪ふざけだろうと思った。

 X君は成績も良く容姿もふつうで、どこにでもいそうな高校生だった。だが、なぜか仲間うちでからかいの対象になっていた。

 1970年ごろのことだ。そのころ、「いじめ」という言葉は聞かなかった。いまで言ういじめはどんな時代にもあっただろうが、それを表す言葉が“発明”されていないと、概念自体が存在しないも同然になる。

 たとえばかつての日本には、「アメリカ人は肩が凝らない」という俗説があった。英語には「肩こり」という単語がなく肩をもむ文化もないから、とまことしやかに言われた。

 実際には、「肩こり a stiff neck」という言葉があり、マッサージというのももちろん英語だ。しかし、この俗説は言葉と概念の一例ではある。

 『エンサイクロペディア・オブ・ジャパン』には、1970年代初めから学校でのいじめが問題とされ始めた、とある。それはおそらく大都市部のことで、ぼくたちの身近でそんな話題は聞かなかったと思う。

 X君のことについても、ぼくはそう深刻にはとらえなかった。「いじめ」という言葉を知っていれば、全然ちがったかもしれないのだが。

 X君とは、卒業後、1回しか会ったことがない。ぼくは彼をヘンなあだ名で呼ぶこともしなかったし、仲はいいほうだったが、「高校時代の友だちとはあまり会いたくない」と言っていた。実際、帰省して学友たちに会っても、X君と連絡をとっている者はいないようだ。

 X君は、口には出さなかったが、いま思えばいじめがトラウマになっているのだろう。

 大辞泉によると、いじめという言葉は、「1985年ごろから陰湿化した校内暴力をさすことが多い」とされている。

 80年代半ばという時期は、ぼくの記憶ともあっている。当時、新聞社の外報部(現国際部)にいて、特派員として海外赴任する予定になっていた。新宿の英会話スクールに通ったのだが、そこのアメリカ人講師ブラウン君と雑談をしているとき、マスメディアで話題の「いじめ問題」に話がおよんだ。

 ぼくは、英語では、「いじめる、からかう、なぶる」という意味のtease、teasingを使うのかと思った。だが、ブラウン君は「bullyingというのがふつうだよ」と教えてくれた。

 それが1985年のことだから、「いじめ」という日本語が一般的になったのはそのときではないだろうか。

 いまやいじめは教育現場の大問題となった。特に、中学校でピークとなるらしい。さぞ、対策のノウハウも蓄積されているだろうと思えば、まったくちがうようだ。

 大津のケースはあまりにもひどい。市教委も学校も何をしていたんだろうか。隠ぺい、自己保身が目に余る。担任の教師らはいじめの事実を知っていた、とする事実が次々と明らかになっているが、校長は「学校としては認識していなかった」と強弁してきた。

 東京の某市教委に昨年度まで出向していた教員の友人は、苦しい本音を語った。「いじめたほうの子どもの将来を考えると、いじめを公式に認めるのはむずかしいんだ」

 海外でもいじめはますます増えている。アメリカの45州では「いじめ防止法」を制定しているが、いじめが原因で学校に行かない生徒は、1日あたり計16万人近くにもおよぶそうだ。法律でもどうしようもない、ということか。

 レディー・ガガは、14歳のころゴミ箱に放り込まれたり、廊下で吊るし上げられたりしたと告白し、いじめの根絶を訴えている。

 韓国でも、昨年末、いじめが原因とみられる中高生の自殺が3件つづいた。

 <人類の進歩と調和>は1970年の大阪万博のテーマだったが、いじめを見ても、人類は明らかに後退している。

 --毎週木曜日に更新--

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