« アフガンメロンの追憶 | トップページ | もはや<サッカー道>だ  ロンドンのなでしこJAPAN »

源泉かけ流し100%は、それだけですごいのか

 京にいた小野小町が父を慕って旅に出て、病に倒れたとき、夢のお告げで発見した霊泉がここだという。

 山形出張のおり、米沢市の小野川温泉に泊まった。小町伝説は、まあ、ご愛嬌だ。

 部屋に通されると、テーブルに『正真正銘 五ツ星源泉宿66』という本があった。テレビの温泉番組を制作しているプロデューサーが、25年かけて調べ上げた全国のお勧めの宿が66か所、実名で紹介されている。

 この××旅館もそのひとつだった。本にいわく、全国に1万4,380軒の温泉ホテル・旅館があるが、そのうち、源泉100%の湯につかれるのはわずか1%しかない。温泉施設で一番苦労するのは、高温の源泉をいかに冷やすかということだそうだ。源泉100%でも加水していないのは、全国の0.5%にすぎないらしい。

 66か所のなかに、別府や草津の宿は一軒も入っていない。

 ××旅館は、苦労の末、36度の新源泉をさぐりあて、約80度の湯にまぜて温度を上げている。「源泉100%かけ流し」で、しかも湯を酸化させないためか、空気に触れされない工夫がこらされているというのだ。

 2004年に信州・白骨温泉で入浴剤を混ぜていた事件があり、それをきっかけに、各地で“温泉偽装”が発覚した。水道水を沸かしただけなのに入湯税を徴収するなど、悪質な例も多かった。だからこういう宿がきわめて貴重だ、とその本は力説する。

 早速、浴衣に着替え自慢の大浴場へ向かう。浴場のドアを開けて、ちょっとがっかりした。室内には大人が4,5人もつかれば満杯になる小さな岩風呂がふたつ、ガラスの仕切りの向こうには、同じような大きさの露天風呂がひとつあるだけの「中浴場」だった。貴重な「源泉100%かけ流し」だから、そんなに湯量があるわけではないかもしれない。

 まずシャワーを浴びようとコックをひねると、お湯がちょろちょろ流れるだけだ。となりのシャワーは何とか使えた。浴場の壁には、頭の大きさほどの石がごろごろセメントで貼り付けられている。

 そのセメント部分にネジ釘を差し込み、くすんだ小さな鏡が紐でぶらさげてある。夏目漱石の『草枕』にでも出てきそうだ。こんな風情は、山のなかの湯治宿にしかないだろう。

 体を洗って露天風呂に入った。流れ出る源泉からは硫黄の匂いがただよい、口にふくむと少ししょっぱい。硫黄、ナトリウムのほか、特にラジウムが多くふくまれているのが特徴だそうだ。

 露天風呂の脇には、墨書した大きな木の看板が立てかけられている。

 「当館はこれと言って胸を張れるおもてなしはできませんが、温泉だけは自然から与えられた恵みを大切にたいせつにはぐくんでまいりました。・・・」

 そして、源泉100%かけ流しは全国の温泉の1%だけ、という歌い文句がつづいている。

 お湯はたしかに素晴らしい。こんな温泉らしい温泉は何年ぶりかな。ふと内湯のほうへ目をやると、ガラスの仕切りやガラスのドアが恐ろしく汚れている。何年も拭いたことがないのだろうか。

 部屋へ帰ってひと休みしていると、女性用大浴場からかみさんがもどってきた。

 「露天風呂に木の看板あった? 『胸を張れるおもてなしはできません』ってあれなに。謙遜したつもりなんだろうけど、もてなしを放棄しているようで、やっぱりいやだわ」

 宿の案内書では、毎日風呂のお湯を空けて完全にみがき、消毒用塩素などいっさい使っていないこともアピールしている。でも、温泉の質にこだわるあまり、ほかのサービスがあまりにおそまつではないか。

 大浴場のガラスを拭くことなど、そう手間がかかるとも思えないが。

 米沢新聞の広告には、小野川温泉で7月末までホタル祭りが行われていて、一晩中500匹のホタルが光っているとあった。夕食の時間を聞きに来た仲居さんに尋ねると、「ゲンジボタルです。夕べも飛んでいたそうですよ。川は歩いて5分ほどのところです」

 フロントへ用があって行ったとき、念のために確かめた。「もう、この辺では飛んでいませんから、今夜、山の渓流へヒメホタルを見に行くツアーを用意しています」

 話がちがう。それに、ホタルツアーのことなど掲示もなく、フロントで聞いて初めて教えてくれるなんて、どうなっているのか。

 胸を張れるおもてなしはできません、って宣言をまたも思い出す。小野川は「ホタルの里」として有名で、この季節、お湯の次に「売り」のはずなのだが。

 温泉宿に求めるものは人それぞれかもしれない。ぼくの場合は、ゆったりした大風呂、風がそよぎ緑がゆれる露天風呂、清潔な施設と快適な寝具、そして美味しい料理だ。そのすべてを支えるのが、女将以下従業員のおもてなしの心ではないのか。

 ホタルツアーはあえて断り、かみさんと浴衣で外をそぞろ歩きした。10数軒の温泉宿があり、ひなびた感じは悪くない。たしかに、川にホタルはいなかったが、真っ青なアジサイが盛りでリラックスできた。

 夕食の米沢牛ステーキコースは、残念ながら「胸を張れるおもてなしはできません」の一端だった。

 --毎週木曜日に更新--

|

« アフガンメロンの追憶 | トップページ | もはや<サッカー道>だ  ロンドンのなでしこJAPAN »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/540025/55383501

この記事へのトラックバック一覧です: 源泉かけ流し100%は、それだけですごいのか:

« アフガンメロンの追憶 | トップページ | もはや<サッカー道>だ  ロンドンのなでしこJAPAN »