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映画『さまよう刃』は、現代の忠臣蔵だ

 「誰かのために命をささげるなんて、できるかしら?」。NHKのBS時代劇『薄桜記』を観ながら、かみさんが言う。

 忠臣蔵外伝ともいうべき物語で、主人公は江戸随一の剣客・丹下典膳(山本耕史)だ。

 典膳の剣仲間であり親友でもある安兵衛(高橋和也)は、堀部家に養子として入り赤穂藩士となる。そこへ松の廊下事件が起こる。

 忠臣蔵である以上、主君・浅野内匠頭への<忠義>がとりあえずのテーマとなる。忠は『南総里見八犬伝』の八つの数珠に込められた文字のひとつでもあり、江戸時代の重要な価値観のひとつだったはずだ。

 安兵衛は、養子とはいえ浅野家の家臣として、主君の仇討のために命をかける。

 現代では忘れ去られた価値観で、かみさんのセリフとなった。「夫や子どものためだったら、場合によっては命を捨てられるかしら?」

 そういえば江戸時代、商家の使用人が主人の病の平癒を祈って、清水の舞台から飛び降りた記録が残っているという。武士にかぎらず商人にも、<忠>はあったのだ。いまどき、社長のために命を捨てる社員なんていないが。

 典膳は、訳あって吉良上野介(長塚京三)への仇討に備える吉良家の用心棒となる。赤穂浪士の討ち入りが迫ったと思われるころ、典膳は妻の千春(柴本幸)に思わず本音を漏らす。「安兵衛がうらやましい。死に場所を見つけたのだから」

 典膳は、討ち入りの当日、安兵衛に呼び出されて斬り合いを演じ、命を落とす。いや、江戸一の剣客であり、わざと切られたというべきだろう。吉良邸で赤穂浪士を迎え撃ち仇討の妨害をするのは、武士としてしのびなく、死に場所を選んだのだ。

 不吉な予感のした千春は、駕籠を飛ばし、ふたりが会っているはずの谷中の七面社へ向かう。典膳と千春が桜の季節に出会い、恋に落ちた思い出の場所だった。

 境内で、典膳はすでにこと切れていた。千春は骸に寄り添い、殉死する。ふたりの上に雪が降り積もっていく。武士道とは死ぬことと見つけたり。

 この連続ドラマを観たあと、録画していた映画『さまよう刃』を観た。3年前に劇場で観たときには気づかなかったことが、くっきりと目に映った。

 主人公の長峰(寺尾聰)は56歳の建築士で、高1の娘とふたりで暮らしている。娘は花火大会の帰り少年グループに車で拉致され、レイプされる。その際、薬物を大量に注射され、急性心不全で死亡する。少年らは、遺体を河川敷に捨てていく。

 死の真相について、刑事は何も教えてくれない。真相を知ろうとあてもなく歩き回る長峰の自宅の留守電に、密告電話が入っていた。レイプした少年ふたり菅野、伴崎の実名と、伴崎のアパートの住所を告げる。そこにあるはずのビデオテープが証拠だとし、「これはいたずらではありません」と繰り返す。

 長峰は、伴崎のアパートへ行く。テープを見つけて再生すると、娘を凌辱する光景が映し出されて慟哭する。

 そこへ、伴崎が帰ってくる。長峰はナイフで伴崎を刺し、菅野が長野県のペンションの廃屋にひそんでいることを聞き出す。

 歪んだ性欲によって無残に殺された娘の復讐のため、長峰は長野県の菅平高原へ向かう。理不尽にも自刃させられた主君の仇を討とうとする赤穂浪士と通ずる。

 長峰は、警察に手紙を送り、伴崎を殺したことを認めたうえで、ひとり娘を殺された父親の心情をつづる。

 「伴崎は未成年です。逮捕されたとしても、更生と社会復帰を目的とする理由で、刑罰とはとても言い難い判決が下されたことでしょう」

 少年法の故に、犯した罪とはかけ離れた処分しか期待できない。仇討は自分で決行するしか道はない。

 手紙の全文がマスコミに漏れ、世間はむしろ長峰に同情する。赤穂浪士に肩入れした江戸の庶民と同じだ。

 かたやご公儀の裁断、かたや少年法が、不条理として目の前にそびえる。

 若い刑事(竹之内豊)も司法制度に疑問を抱く。「警察ってなんですか。市民を守っているわけじゃない。守ろうとしているのは法律のほうってことですか」。ベテラン刑事(伊東四郎)は、答えにもならない答えを口にする。「正義ってなにかを考える暇もなく、俺たちは駈けずり回っている」

 長峰は、菅平のあるペンションに偽名で泊まる。経営者の老父とその娘に「甥を探している」と言って、追っている菅野の写真を見せる。

 娘は翌日、新聞でくだんの手紙を読んで客の素性を知り、悩んだ末に警察へ通報する。警察が駆けつけると、老父は趣味のライフル銃を奪われたような演技をして長峰に手渡す。

 やがて長峰は菅野を捕え、ライフルの銃口を突きつけるが、ベテラン刑事に撃たれ即死する。そのライフル銃からは銃弾が抜いてあったことを、刑事はあとで知る。

 長峰は、ぎりぎりのところで仇討をやめ、菅野に死の恐怖を覚えさせることだけにとどめた。その代り、みずからの死に場所を見つけたのだった。

 --毎週木曜日に更新--

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