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2012年11月

日本マスメディアの断末魔

 戦国末期、豊臣秀吉の右腕石田三成率いる2万の軍は、わずか500の兵と領民らが立てこもる忍城(埼玉県行田市)を攻めあぐね、巨大な堤防を築いて水攻めにした。しかし、でくのぼうを文字って「のぼう様」と領民らから馬鹿にされ、慕われてもいる忍城城代の成田長親は、士気を高めるため奇策を打つ。一部の領民らはのぼう様のために堤防を決壊させ、水攻めは失敗に終わる――。

 映画『のぼうの城』が、大好評上映中という。制作したTBSは、映画の冒頭、「史実に基づく」とはっきり打ち出す。

 はたして、それは本当か。小説版を読んだ3年前、ぼくは忍城跡にある郷土博物館の学芸員に取材し、ブログに書いた。

 三成が築かせた堤防の一部は今も残っており「石田堤」と呼ばれている。しかし、決壊した歴史的証拠はない、という。水攻めが解かれる前に開城した可能性もあるらしい。成田長親は実在の人物だが、人物像についての史料はほとんど残っていない。

 つまり、「のぼう様」というあだ名も水攻めをめぐる攻防も、作者和田竜氏の創作にすぎない。TBSは宣伝戦略として、無理を承知であえて「史実」と打ち出したのだろう。

 2012年11月9日の読売夕刊映画評が、「史実に基づくオリジナル脚本を・・・」と平気で書いているのが気になった。そういう歴史が本当にあったのか、というジャーナリストなら当然抱くべき疑問を抱かなかったのだろう。博物館に電話を1本入れれば確かめられることなのに。

 映画や小説は、たかがエンターテインメントではあるが、新聞が歴史のねつ造をそのまま受け入れ広めるのはいかがなものか。新聞記者としての基本姿勢がまちがっている。『忠臣蔵』なら、まだ史実性が高いだろうが。

 読売と言えば、iPS細胞臨床治療をめぐる世紀の大誤報があったばかりだ。

 ぼくは21年間、読売の記者をしていたから、更迭された科学部長のS君とも親しい。冷静で頭の切れる彼が、どうして裏付け取材を部員に指示しなかったのか、理解に苦しむ。最高責任者として戒告処分された編集局長のO君はぼくの同期で優秀さはよく知っているが、なぜあんな杜撰な記事を載せることを許してしまったのか。

 週刊新潮は11月8日発売号で、さらにみっともない事件をスクープしている。朝日と読売の30代前半の運動部の男性記者AとBが、同世代の朝日の男性記者Cと飲んでいて仕事ぶりをけなして挑発した。Cは激高しAとBの胸倉をつかむなどした。

 後日、Aは「殴られて全治1か月のけがをし、Bも診断書を取った」とのメールをCに送りつけ、200万円を脅し取った。この事実が会社にばれ、当然、AとBは解雇された。

 まるでチンピラのやることだ。

 一連のメディアスキャンダルで、スーパーマンのエピソードを思い出した。

   スーパーマンことクラーク・ケントは、初登場以来70年以上、デイリー・プラネット紙の新聞記者として勤務してきた。ところが、10月24日発表された新作漫画で、「新聞はもはや、ジャーナリズムではなく娯楽になり下がった」と上司に言い放ち、新聞記者を辞めてしまった。

 朝日の天声人語は10月26日、そんなスーパーマンに突っかかった。

 ケントは今後、ジャーナリストとしての活動の場をインターネット上に移すとされているが、「同業の目には無謀と映る」とネットの力を馬鹿にしたように書く。「『新聞で人助け』とか言っていたのに、そりゃないぜクラーク」

 さらに、「空さえ飛べる男が時流に乗るのは道理かもしれない」と皮肉り、「いわば副業だけに気楽なもんだと思う」と切り捨てた。新聞批判については、「娯楽だと嘆いたのは場の勢いだろう」と突き放す。

 だが、新聞の現状をわかっていないのは天声人語のほうではないか。朝日独特のプライド臭がにおう。

 日本のマスメディアの劣化を正面から糾弾する本が、相次いで出版されている。ニューヨーク・タイムズ東京支局長が書いた『「本当のこと」を伝えない日本の新聞』もそのひとつだ。

 小沢一郎氏がいわゆる陸山会事件で最終的に無罪になったのはつい最近だが、この“茶番劇事件”をめぐる日本国内での報道ぶりをこう書く。

 <小沢氏は逮捕も起訴もされていないのに、すでに有罪が確定しているかのような記事が洪水のように流れた。東京地検特捜部が指し示した方向に、メディアは主体性もないまま突き進み、小沢氏が極悪人であるかのような話が拡がっていく>

 ぼくはすでに2010年1月7日、「これでは愛検ポチだ」というタイトルのブログを書いた。朝日も読売も、みえみえの検察リークをスクープとして大々的に報じ、検察の世論操作の意図などまるで意識にない。誰が見ても、日本マスメディアの現状は異常なのだ。

 新聞が娯楽になり下がったと言うスーパーマン・ケントの言葉は的を得ているし、多くの人もそう思っているだろう。『のぼうの城』を史実として紹介する映画評など、まさにエンターテインメント追従そのものではないか。

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日の丸を背負い、カンボジアの地雷原に挑む③

 この2012年の夏、日本ではロンドン五輪で大いに盛り上がった。カンボジアのテレビで日本人選手の活躍が中継されることはないが、首都プノンペンに駐在する谷川保行さんも、インターネットで結果をチェックしていた。

 <ロンドンオリンピックって何? カンボジアでは遠くの世界の出来事です。カンボジア人スタッフの関心はゼロに近く話題にもならないことから、一喜一憂したくともできず、フラストレーションを感じながら仕事をしています>

 スポーツに力を入れるほど国力に余裕のない途上国では、よくある話だ。世界第2位の人口大国なのに、オリンピックのメダルがひとつふたつ取れれば大喜びのインドだって、五輪で盛り上がるのはごく一部の国民だけだった。サッカーW杯もおなじことだ。そんなの関係ない国もたくさんある。

 さて、日本政府のODAなどによって設立されたJMAS(日本地雷処理を支援する会)のカンボジア現地統括代表をしている谷川さんからのメールによると、かの国の人びとは、いまも死と隣り合わせで生きている。

 7月31日には、200個の地雷が見つかったサイトの隣の村落で、農耕用のトラクターが対戦車地雷に触雷した。すさまじい爆発が起き、トラクターと運転していた若者は跡形もなく吹き飛んだ。事故現場は、JMASが建設している道路からわずか150m離れたところだった。幸い、JMASチームは事故の40分前に作業を終えて現場を通り過ぎていたため事故に巻き込まれることはなかった。

 <このようなことが起こる原因は、地雷・不発弾が処理されていないにもかかわらず、多くの貧しい農民が生活のため、危険を覚悟で、あるいは、これまでの経験から大丈夫と判断し、農作業を行っているからです。それがカンボジアの農村の現実です>

 海外からの投資を呼び込むなどして開発が行われている経済特区でも、不発弾の問題が大きくなっている。事故が起きて死傷者が出れば日本企業の進出に大きな影響が出るのは必至で、日本にとっても他人事ではない。

 そもそも、カンボジアにはなぜそれほど地雷や不発弾が埋まっているのだろうか。

 1965年、アメリカが北ベトナムの空爆に踏み切り本格的なベトナム戦争に発展すると、隣のカンボジアも巻き込まれた。1970年にはアメリカ軍がカンボジアに侵攻し、農村部や地方都市への空爆が強化された。投下された爆弾は第2世界大戦でアメリカが日本に投下した総量の3倍にのぼるとも言われ、数10万人の農民が犠牲となったとされる。

 アメリカ軍が農村部に爆撃したことにより農民は国内避難民として都市に流入し、プノンペンの人口は200万以上に増加する一方、農村での食糧生産は大打撃を受けた。

 やがて中国の支援を受けたポル・ポト派も内戦の当事者となり、ポル・ポト時代の飢餓と虐殺による死者は70万~300万人とも言われている。ベトナムはヘン・サムリンを首相に擁立して打倒ポル・ポトを掲げて戦闘するなど、内戦はソ連、中国、ベトナムも背後で加わり混迷を深めた。

 内戦は、1993年の総選挙で政権が誕生するまでつづき、この間、各派によって地雷が敷設された。ポル・ポト派幹部は内戦終結後、虐殺などを断罪され国際法廷で裁かれつつある。

 谷川さんはメールにこう書いている。

 <地雷や不発弾の処理現場を回ると、「あの家は元ポル・ポト派だ」、「村長は元ポル・ポト派だ」と、教えてくれる村人がいます。JMASと共同で地雷・不発弾処理をしているCMAC隊員の中にもポル・ポト派として戦った隊員がいます>

 内戦後、カンボジアは、「カンボジアは一つ」というスローガンのもと国づくりに励み、また、フンセン首相をはじめ政権中枢にポルポト派からの離脱幹部を抱えているため、国内でのポル・ポト派断罪の機運は低いという。

 <元ポル・ポト派幹部に対する国際法廷の記事は何回か見てきましたが、報道も押しなべてポル・ポト派による虐殺に関しては、あまり記事にしない傾向があるようです>

 ドイツ人の圧倒的多数は、ヒトラー時代、ナチズム(国家社会主義)を信奉しナチ化されていた。しかし、戦後は、定義のあいまいな「ナチス」をスケープゴートにして断罪し、自分たちは元から非ナチスだったかのように装い過去を精算したことにしてきた。(拙著『<戦争責任>とは何か 清算されなかったドイツの過去』中公新書参照)。

 それとはカンボジアの国内事情は異なるようだ。

 そんななかでも、8月7日、谷川さんは、プノンペンポスト紙で大変ショッキングな記事を見つけた。

 <「先週の週末(8月4日~5日)、シェムリアップ郊外にあるトルン・バット山の麓から20体の遺骸が発見され、そこは35,000人以上が殺された収容所跡と考えられている。また収容所ではかって、1ヘクタール当たり3トンのコメを作るというポルポト政権の方針を満たすため、虐殺された遺体と生きたまま火葬場に投げ込まれて殺された遺体から、肥料が作られていた。骨を砕き小便を混ぜて作った」という記事でした。想像もできない人間の狂気です。こうなると書くすべはありません>

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目に見えないもの 『ゴーイング マイ ホーム』

 わが家のテレビに接続されているHDDレコーダーの【録画一覧】ボタンを押すと、韓流ドラマのタイトルがずらーっと並んでいる。そのあいまに、日本のドラマ、バラエティ番組が、肩身を狭くしておさまっているのだ。

 かみさんは、会社での仕事と家での家事をしている以外は、寝ているか韓流ドラマを観ているか(~_~)というシンプルな生活を送っている。

 そのかみさんが録画しておいてくれたフジテレビ系列『ゴーイング マイ ホーム』を、何気なく再生してみた。タイトルから考えて、よくある退屈なホームドラマだろうと勝手に思っていたのだが、第1回を観て引き込まれた。

 CM制作会社で中間管理職の悲哀を味わっているプロデューサー坪井良太(阿部寛)が、1週間の有給休暇を取り、小学4年生のひとり娘萌江(蒔田彩珠)を連れ、長野県で倒れ入院している老父栄輔(夏八木勲)のお見舞いに行く。

 妻の紗江(山口智子)はCM制作などで活躍している人気フードコーディネーターをしている。今度は映画で使う料理を作るためロケに帯同するので、その間、良太が萌江の面倒を見ることになったのだ。

 萌江は、料理のプロ紗江が作ってくれた弁当のおかずをクラスメートに売ってお小遣い稼ぎしていたことが担任にばれ、1週間の“謹慎”を言い渡されていた。

 父娘が訪れる信州の場面は、エンドロールを見ると、南部・伊那谷にある伊那市と辰野町で撮影されている。制作は、なぜか関西テレビなのだが。

 映像が素晴らしい。山懐に抱かれた田舎の町で、父娘は地元の人たちと知り合う。会話のシーンでも、あえて顔をクローズアップせず、カメラを遠くに引いて風景のなかで撮るケースが多い。それが、なんとも言えない抒情性を醸し出している。

 是枝裕和監督の描こうとしている世界観が、ぼくには染み渡る。特に、27~28歳の丸2年間、伊那市に新聞記者として駐在し、暖かい地元の人たちと触れ合った体験があるからかもしれない。

 良太と萌江は、大地という少年(大西利空)とその母親菜穂(宮崎あおい)と出会う。大地は人の形をした未確認小動物「クーナ」を捕まえようとしている。というか、地元の人たちはクーナの存在をなんとなく信じているようなのだ。

 良太、萌江、菜穂、大地の4人は、通称「クーナの森」へ探しに行き、小さな赤いとんがり帽子が大木の幹に引っかかっているのを見つける。子どもたちは「クーナが被っていたものでは」と胸をときめかせる。

 良太は「誰かのいたずらかもしれない」と言いながらも、ひょっとしたらと思い始め、上着の内ポケットに大切に仕舞う。

 ドラマの第3回で良太は、『古事記』の出雲神話で、オオクニヌシが国造りをしたとき、小さな神様スクナヒコナが一緒に活躍をし、そこから日本各地に小人伝説が生まれたことを知る。

 『古事記』上巻によると、スクナヒコナはカムムスヒという神の「手の指のあいだから漏れこぼれた」子どもで、小人神とされる。

 ドラマで出てくる「クーナ」は、スクナから名付けられたのかもしれない。

 たまには、テレビでリリカルな物語を観るのも悪くない。阿部寛さんがお得意のユーモラスな味を醸し出し、宮崎あおいさんがファンタジーに一段と彩りを添えている。

 うちのかみさんや全国の韓流ファン・オバタリアンには悪いが、韓流現代ドラマをチラチラ観る限り、『ゴーイング ー』のような感性あふれる作品には出会ったことがない。

 ドラマとしては、フジテレビ系列で2008年秋に放映された倉本聰脚本の『風のガーデン』以来の秀作だと思う。あのドラマは中井貴一さんががんに冒され、それを父親役の緒方拳さんが看取る話だった。放送開始直前に緒形さんが急逝し、遺作となった。

 2012年10月30日の読売夕刊が、秋の連ドラ記者座談会を載せていた。恒例の企画で、今回は34歳から48歳までの男性記者5人が、5点満点で15の作品を評価している。

 『ゴーイング ー』は、20点で2位だった。

 「映像とテンポが新鮮で、ドラマに対する固定観念を払拭してくれた」
 「状況説明のためのセリフが極力排されているし、ファンタジーの予感もある」
 「さえない中間管理職でパパ役の阿部寛が滑稽で、ずばぬけてるね」

 高評価がつづくが、「でも、彼らが未確認生物探しに奔走する設定はビミョー」という声もある。座談会に女性記者が参加していれば、またちがった感想もあっただろう。

 ぼくたち一家がドイツのボンに住んでいたとき、わが家から「七つの山」が遠くに見えた。『白雪姫と七人の小人たち』の舞台になったところだ。コロボックル、ドワーフ、ホビットなど、小人伝説、小人の童話は世界中にある。

 日本の芸能人でも、小さいおじさんを見たことがある、などと言う人はたくさんいる。ひょっとしたら、ひょっとして――。

 病床で意識を回復した老父栄輔は、息子の良太に言う。

 「世界は見えるものだけで出来ているんじゃないんだよ」

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日本は右傾化、の陰にある偏見と先入観

 まず、野球の話からはじめよう。バッターボックスに入りホームベースからうんと離れた位置に立つ。ピッチャーがど真ん中に投げ、主審はストライクをコールする。だが、バッターは「外角にはずれている!」と抗議する。

 こんなことは、政治の世界でもよくある。自分の立ち位置については無頓着に、自分のほうが錯覚しているボールのコースについて、批判したり勝手に警戒したりするのだ。

 石原慎太郎東京都知事が、2012年10月25日に辞任し、新党を作って国政に復帰すると明らかにすると、いつものように中国や韓国が吠えた。「日本の極右の代表」「政権を取れば、日本はまた戦争をはじめるだろう」

 人民日報は「(石原氏が目指す)第3極勢力は右翼に属す」とし、韓国の聯合ニュースは「日本政界の右傾化が加速しそうだ」と報じた。

 この日本右傾化論については、英エコノミスト誌など欧米のマスメディアも相次いで特集している。

 <右傾化>は中国共産党が発明した用語だという事実を知っているのか。共産主義を離れ市場経済を導入しようとする者を批判するときに使ってきた。チベット民族やウイグル民族の地域に武力をもって押し入り、弾圧や拷問、虐殺をした上で、強引な同化政策を着々と進め、一方で国民も弾圧する独裁体制に、右傾化も左傾化もないのだが。

 その言葉を輸入したのが、日本の左翼えせ平和主義たちであることを忘れてはならない。

 かつて『<戦争責任>とは何か 清算されなかったドイツの過去』(中公新書)を書いたときに知ったのが、ドイツは、どんな世論調査をしても、全体主義を支持する超のつく保守勢力が15%前後、厳然として存在している”右傾化国家”だという事実だ。だから、極右政治家が、日本の衆議院議員に相当する連邦議会議員にまでなったのだ。

 日本で世論調査をしても、軍国主義や全体主義を支持する国民のパーセントは、統計学上意味のある数字には達しない。つまり、0%ということだ。

 そういうドイツとはちがって、良かれ悪しかれ平和主義が根づいている日本について、右傾化などという言葉を使うなら、よほど冷静に慎重にしてもらいたいものだ。

 中国や韓国より国際社会に影響力を持つ欧米マスメディアの偏見、先入観、不勉強のほうが救いがたい。

 8月、香港住民が尖閣諸島に強行上陸したさい、ニューヨーク・タイムズ(NYT)は「香港の活動家」と彼らを呼んだ。そのあと、日本人グループが上陸したときには「日本のナショナリスト」と書いた。

 ナショナリストというのは、辞書で国家主義者、国粋主義者、民族主義者などとされている。日本語で言う右翼という言葉にかなり近い。

 NYTはなぜ呼び分けるのか、長い記事だがその説明はない。おそらく、無意識に書いたのではないか。竹島に上陸した李明博韓国大統領もナショナリストとは呼ばなかった。

 石原氏の辞任、新党結成を一面で伝えた記事でも、例によって石原氏にナショナリストという言葉を使った。石原新党が提携しようと考えているふたつの小政党、橋下徹大阪市長率いる日本維新の会も「ナショナリストの党」と呼んだ。

 その記事には、石原氏をナショナリストと呼ぶ理由らしきものがいくつか挙げられている。「戦争を放棄した平和憲法」を破棄、改正しようとしていること、若者の規律を高めるため徴兵制の導入を口にしたことなどだ。

 戦力の保持や国際紛争解決のための戦争を憲法で認めている、アメリカをはじめとする世界のほぼすべての国は、右傾化した右翼国家なのか。徴兵制をとっているドイツや韓国など多くの国は、右翼国家なのか。

 9・11テロの報復だと言ってアフガニスタンに戦争を仕掛け、罪もない市民多数を殺害したアメリカ大統領を、米メディアがナショナリストと呼ぶことはない。

 第2次大戦後の日本は、あまりにも左傾化し<反戦>や<平和>を金科玉条として、“平和ぼけ”してきた。NYTなどは、ホームベースから離れ、日本の左翼えせ平和主義の視点で日本の政治をみるから、右傾化などという言葉を安直に使うのだ。

 ぼくもインドとドイツで特派員をしていたから遠慮なく言うが、特派員なんてたいしたことはない。

 NYT東京支社の日本人記者と知り合い、支社の内実を詳しく聞いたことがある。アメリカ人の支局長は「日本語は日常会話がせいぜい」「日本の新聞は辞書を片手になんとか読める程度」で、取材には通訳を使う。任期は3年か長くて4年で、駐在国の複雑な歴史に詳しいわけではなく、だれかの受け売りで記事を書きがちなのだという。

 欧米マスメディアには、強い偏見と先入観がある。東京裁判で敗戦国日本を一方的に裁き、原爆投下など自らの残虐な戦争・人道犯罪には目をつぶったことが背景にある。

 だが、ごくまれに、冷静でフェアな記者もいるものだ。米ワシントン・ポストは9月27日、こう伝えた。「日本はここ数十年、恐らく世界で最も平和主義的な先進国で、今は中道に向かっているに過ぎない」

 日本は左から真中へ、やっと中傾化しはじめた。球をど真ん中のストライクに。

 --毎週木曜日に更新--

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