« 日本マスメディアの断末魔 | トップページ | 台湾はなぜ親日なのかという疑問 »

ドイツ人が考える「過去」とは  画竜点睛を欠く読売の記事

 ひとつの肝心な情報が抜けていると、ピンボケの記事になってしまうことがある。読売新聞の2012年11月27日朝刊国際面に載った「戦争悲劇に焦点 独軍事博物館」という記事は、その典型だ。

 筆者はベルリン特派員のM君だ。ぼくの後任としてベルリンに赴任し、一度任期を終えて東京本社にもどったが、ふたたびベルリンに駐在している。

 ドイツ東部のドレスデンにあるドイツ連邦軍の軍事歴史博物館が、2011年、新装開館した。「戦争の悲惨さや社会的背景まで掘り下げた、ドイツならではの構想に貫かれている」ため話題や議論を呼んでいる、というのが記事の柱だ。

 一般に、各国の軍事関連博物館では、愛国心の高揚を狙うケースが少なくない。それに比べ、ドレスデンの博物館は、たとえば、イラク戦争で負傷した米軍兵士らの手術の写真60枚を展示しているという。「戦争の悲惨さをストレートに表現する展示品だ」と書く。

 これを読んだ日本の読者の多くは、なんで戦後66年も経って「戦争の悲惨さ」を展示する模様替えが行われ、話題になるのか、よく分からないだろう。

 日本でなら、広島の平和記念資料館をはじめ「戦争の悲惨さ」を展示した博物館などいたるところにある。逆に、「愛国心の高揚」を狙った展示など聞いたことがない。

 「ドイツは早い時期から誠意をもってナチスの戦争犯罪の補償を行う姿勢をヨーロッパに示した。そこから再生が始まった」(作家辻仁成氏、1997年10月8日毎日新聞夕刊)。

 日本ではこういう「ドイツは立派だが、日本はだめだ」式の議論がずっとつづいて来た。ドイツが戦争の過去を深く反省しているなら、戦争の悲惨さを伝える博物館も、ずっと以前からドイツにはいくらでもあったはずだ。

 ところが、そうではない。ぼくは2001年に『<戦争責任>とは何か 清算されなかったドイツの過去』(中公新書)を上梓した。それを書くため、ドイツ、ポーランド、チェコを取材旅行した。

 ドイツで「戦争とその悲惨さ」を展示している博物館は、ベルリンで元教師が主宰している小さな『反戦博物館』と、ベルリン郊外にひっそりと建つ『ドイツ・ロシア博物館』くらいのものだった。だが、高級週刊誌『シュピーゲル』の戦後補償専門記者さえ、それらの博物館の存在自体、知らなかった。メディアや一般市民の関心を引くこともない。

 ドレスデンは旧東ドイツにあり、その博物館は欧米などによくある軍事博物館とおなじで、ある意味では愛国心の高揚を目的としていた。

 だから、展示をがらっと入れ替えたわけだが、記事にある新装展示の意味づけ、つまり「ドイツならではの構想に貫かれている」というのは、明らかにおかしい。

 少なくとも、日本の戦争をテーマとする博物館はすべて「戦争の悲惨さや社会的背景まで掘り下げて展示」しているではないか。

 では、ドイツが反省してきた過去とか戦争犯罪とはいったい何か、ということが当然問題になる。実は、戦争犯罪には3つのカテゴリーがある。拙著のポイントでもある。

 <平和に対する罪>(A) 侵略戦争を共謀、遂行した罪
 <通例の戦争犯罪>(B) 民間人や捕虜の虐待・殺害、都市の破壊など
 <人道に対する罪>(C) 政治的、宗教的、人種的理由にもとづく迫害、虐殺など

 AとCは、ドイツの指導者らを裁いたニュルンベルク軍事裁判で初めて導入され、東京裁判でも適用された。現代では国際法の基本的な考え方だ。

 日本には「A級戦犯」という言葉があるように、侵略戦争を行った罪が中心に裁かれ、いまでも近隣諸国とのあいだで、侵略うんぬんが問題になる。日本で展示されているのは、AとBについてのものにほぼ限られている。

 Cは、ナチス・ドイツによるユダヤ人などの大虐殺、いわゆるホロコーストの罪を裁くために導入されたカテゴリーで、日本にはほとんど当てはまらない。

 戦後のドイツ、あるいはヨーロッパでもっぱ政治的関心を呼んで来たのはCだった。ヨーロッパ大陸では古くから戦争が繰り返され、Aの侵略戦争について問題にすることはほとんどなかった。したがって、戦争に伴うBもあまり問題にはならなかった。

 ドイツ各地の博物館はCに関連するものがほとんどと言っていい。ぼくが取材でABCのカテゴリーを指摘すると、ドイツ人の歴史家らは驚いていた。そういう観点で現代史をとらえたことがほとんどなかったからだ。ニュルンベルク市の博物館局長は「今後、AとBについても博物館の展示に反映させようと思います」と答えた。

 ドレスデンの博物館展示刷新は、ひょっとしたらぼくの取材での指摘が動機になっているかもしれない。

 こういうテーマの記事なら、ABCの違いや、ドイツではもっぱらCについてのみ論議されてきた戦後史を書き添えなければならない。M君は拙著を読んだはずだが、その肝心な点を書きこまないから、疑問の多い記事になってしまった。

 ドレスデンの展示について、「右派からは『あまりに弱腰、柔軟だ』などと批判され、武器や技術の展示を期待する来訪者の多くは、驚き失望する」(ロッグ館長)という。

 ドイツはほんとに右寄りの国で、実は、「戦争の過去」などあまり反省していない。

 --毎週木曜日に更新--

|

« 日本マスメディアの断末魔 | トップページ | 台湾はなぜ親日なのかという疑問 »

書評・映画評・メディア評」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/540025/56261787

この記事へのトラックバック一覧です: ドイツ人が考える「過去」とは  画竜点睛を欠く読売の記事:

« 日本マスメディアの断末魔 | トップページ | 台湾はなぜ親日なのかという疑問 »