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2013年2月

馬肉はNG、馬肉はOK

 混み合う店内では、そば打ちの実演が行われていた。長野県から、信州そばの職人さんたちが、空路、そば粉や道具を持参したという。それだけではない。テーブルには馬刺しが出て来て、集まった人たちは思わず声を上げた。

 ぼくたち一家がドイツのボンに住んでいるとき、ヨーロッパ屈指の日本料理店『上條』で、ドイツ長野県人会の発足記念パーティーが開かれた。その店のマスターは、長野県塩尻市の出身だった。

 ぼくのかみさんは長野市出身で、その夫も“準長野県人”と、パーティーに招かれた。『上條』には40人くらいが集まり、もちろん、県歌『信濃の国』を大合唱した。

 「ドイツで馬刺しが食べられるなんて思ってもみなかったな」

 「手打ちの信州そばがあるだけでもすごいのに」

 「いったいどこで手に入れたんですかね。信州からわざわざ持って来たんだろうか」

 話題は、テーブルの馬刺しに集中した。マスターの上條さんは、少し得意そうな顔をして言った。

 「実は、ケルンで馬の生肉を売っているんですよ」

 大聖堂で有名なボンの隣の都市だ。

 その時まで、ぼくは、ヨーロッパの人たちが馬肉を食べるとは知らなかった。どこの国へ出張しても、馬刺しや馬肉料理にはお目にかかったことがない。しかし、探せばあるものだ。さすが、食にこだわるマスターだった。

  ぼくにとっても、馬刺しには懐かしい思い出がある。1980年代初め、長野県南部の伊那市に、駆け出しの新聞記者として駐在していた。そこは馬の肉を食べる本場だった。

 馬肉を食べるのは、熊本県や福島県会津地方と伊那地方に限られているとされていた。今でこそ、匂いもクセもなく栄養価が高くてヘルシーだということが伝わって、馬刺しを食べることも珍しくなくなったが。

 伊那で一番美味い馬肉料理は「おたぐり」だった。馬の内臓をしっかり洗い、それをコトコト煮込んで味噌などで味をつける。馬の腹から長い内臓を手でたぐって出すところから、おたぐりと呼ばれる。これはさすがに、東京やほかの地方で食べたことがない。

 モツ煮込みといえば、ふつうは豚の内臓を使うが、おたぐりはひと味もふた味もちがう。独特の歯ごたえがあるのに食べやすく、味に深みがある。

 ぼくの妹が郷里の出雲から遊びに来たときも、そのおたぐりが最も美味しいと言われている居酒屋に連れて行った。

  「これは病みつきになるね」

 嗚呼、この季節、焼酎のお湯割りや日本酒の熱燗をやりながら食べると、たまらない。

 イギリスで、2013年に入って、 牛肉の加工食品から馬肉が検出され、国民のあいだで大騒ぎになっている。王室と馬は切っても切れず、競馬発祥の地でもあり、馬の肉を喰らうなど想像もできないらしい。

 馬肉には薬物が投与されているという報道もある。特に、スーパーマーケットの多くの食品の中から、馬肉が検出された。ロンドン市内では、馬肉混入のニュースが流れた1月中旬以降、昔ながらの精肉店では売り上げが約10%伸びたという。「風が吹けば桶屋が儲かる」に近いエピソードではある。

 イギリス以外の20か国でも牛肉・馬肉の食品偽装が確認され、波紋はヨーロッパ全体に広がっている。

 でも、わが家の近所のスーパーで、ポーランド産の馬刺しブロックが、真空パックで売られていたことがある。ポーランドには2回行ったが、現地で馬肉を食べたことはない。とはいえ、かの地は、知る人ぞ知るグルメの国であり、きっと美味しい馬肉料理を楽しんでいるにちがいない。

 それとも、現地では決して食べないが、ある業者が老馬の処理に目をつけ、馬肉を食べる日本へ特別に輸出しているのだろうか。

 少なくとも、フランスでは馬肉が好んで食べられているそうだ。

 食品偽装といえばたしかにそうだが、これは食文化の違いなのだろう。フランス人から見れば、イギリスなどの状況は、から騒ぎに見えるのかもしれない。

 別にイギリス人の了見が狭いというわけではなく、どの国だって自分たちが食べない物をよその国の人たちが食べていると、すごく抵抗を覚えるものだ。

  韓国や中国で、もし、犬鍋料理などが出て来れば、たいていの日本人は思わず箸を止めるだろう。

 問題は、日本やノルウェーの捕鯨問題にもつながる。

 ヨーロッパでの騒動を知り、馬刺しが食べたくなった。にんにくや生姜をおろし、醤油で食べれば最高だ。おたぐりがあれば、言うことはない。

 うちの子どもたちが中学校に通っていたころ、英語教師のイギリス人青年を、わが家に呼んで、日本食をご馳走したことがある。今度そういう機会があれば、ぜひ馬刺しを食卓に乗せてみよう。げっ、と言うだろうか。

 --毎週木曜日に更新--

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ギャンブルやるなら、人生に張ろう

 まず目についたのは、そのおばさんの薬指にはまっている馬鹿でかい指輪だった。ルビーなのか、血の色に輝いている。着ている服といい、いかにも高そうで、指輪ひとつがいったいいくらするのだろう。他の指にも派手な指輪をはめている。

 そのおばさんが、手慣れた様子でルーレット盤にチップを張っていく。何万円という単位ではない。少なくとも何十万円分だろう。

 隣の深いグリーンの指輪をしたおばさんも、張り合うようにチップを置いていく。ぼくが買っていたチップは、わずか数千円分だった。とても勝負にならない。黙ってディーラーの手さばきを見つめているのが、せいぜいだった。

 30年近く前、 生まれて初めての海外出張で、フィリピンに行ったときのことだ。昼間は目いっぱい取材し、夕食のあと、同行していた日本テレビ系『24時間テレビ 愛は地球を救う』の取材クルーといっしょに、マニラ郊外のカジノに行ってみた。

 とりあえず素人でもできそうなルーレットをやってみようとしたが、レベルがちがいすぎた。

 いっしょに訪れていたフィリピン人ガイドの青年によると、どっかりと椅子に座りルーレットにのめり込んでいるのは、華僑のおばさんたちだという。金と暇にまかせて、夜毎、ここで遊んでいるそうだ。

 ぼくは、手持ちのチップをちょこちょこと張って、あっという間にすってんてんになった。連勝してチップを積み上げているおばさんを見ても、うらやましくはなかった。世界がちがいすぎる。

 ぼくたち冷やかしグループは、ブラックジャックのテーブルなどを一通り見て歩いて、そうそうにホテルへ引き揚げた。

 翌朝、地元の英字紙を開いてびっくりした。ちょうどぼくたちがカジノにいた時間帯、その店へ強盗が入り、現金をいくらか奪って逃走したのだという。カジノはあまりに広く、そんな事件が起きていたことなどまったく気づかなかった。客の誰もがギャンブルに夢中で、強盗などどうでもよかったのだ。

 次にカジノを訪れたのは、ネパールだった。首都カトマンズに外国人専用の店が一軒だけあり、カウンターでパスポートを提示して中に入る。

 そのときは、日本大使館の若手外交官夫妻に案内されて行った。インドのニューデリーで特派員をしているときで、インドルピーを直接、チップに換えるのだった。レートは1インドルピーが一番安いチップ1枚だった。つまり、そのカジノは、インド人の金持ち専用のようだった。

 カジノの1階には、スロットマシーンがずらっと並んでいた。約2000円分のインドルピーを両替しレバーを適当に引くと、コインがどっと出てきた。ビギナーズラックというやつだろう。面白いように大当たりし、元手の15倍くらいに増えた。

 今度は2階に上って、ルーレット盤の前に座った。日本人外交官夫妻はいかにも遊び慣れている。ディーラーがボールを投げ入れてから、これと思う番号にチップを張っていく。

 「ディーラーが投げる前に張ると、その番号を意図的にはずされてしまうから、ボールがころがっているあいだに張るんです」

 外交官は、小声で教えてくれた。プレイヤーは番号、色、 オッズ、番号の組み合わせなどでチップをベットする。常連客は、小さな専用ノートに、ボールがどの番号に入ったか小まめにメモしている。そのデータを分析し、ディーラーの癖を読み取るのだそうだ。

 外交官夫妻は、少しずつ少しずつチップを重ねていく。途中からすっかりルーレットに入れ込み、ぼくたちのことなどほったらかして夢中になっていった。

 当然のように、ど素人のぼくは、1階のスロットマシーンで稼いだ分を全額すった。初めからカジノで儲けようなどと思ってはいないので、どうでもよかったが。

 その後、スリランカ・コロンボの年越しカジノパーティや韓国・釜山のホテルカジノへ行ったこともある。いずれも、見分のために顔を出しただけだ。

 日本国内では、主義としてギャンブルはやらない。麻雀は学生時代から楽しんでいて、うちの子どもたちにも教え込んだが、賭けてやったことは一度もない。雀荘には行かず、友だちとやるときも、優勝賞品などを用意はしても、現金のやりとりはしない。

 大金を横領してバカラ賭博につぎ込んでいた、などというニュースを見るにつけ、馬鹿だなあと思う。競馬で何十億という金を稼ぎ、脱税でつかまった日本人男性の話は、最近、ニュースになったが・・・。それ以外、ギャンブルで家を建てたやつなど聞いたことがない。

 競輪や競馬、パチンコなどちまちました賭け事はやらない分、ぼくは45歳で新聞社を辞めてフリーになった。仲のいい同僚に「人生のギャンブラーだなぁ」と言われた。

 いま、日本でも外国からの観光客誘致のためカジノ構想が描かれている。実現に向けて、橋下徹大阪市長や楽天の三木谷浩史社長も動きはじめた。誘致には大阪府・市や東京都が名乗りを挙げ、沖縄県や北海道などもカジノ特区の候補地とされている。

 まあ、儲けるのは胴元だけだから、ギャンブルでわくわくしたいなら、自分の人生に張ったほうが絶対に面白い。

 --毎週木曜日に更新--

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平成の若者はすごいんじゃないか

 本田圭佑選手は、「W杯ブラジル大会で優勝する」と公言している。長友佑都選手なども、本気で狙っている。Jリーグが20周年になったばかりのサッカー新興国なのに、もう、そんな本気のムードがただよっている。

 W杯までまだ1年あまりあり、誰が本大会に選ばれるか予断は許さない。そのなかで、清武弘嗣や乾貴士、宇佐美貴史などヨーロッパで活躍する選手たちは、平成生まれだ。個人で打開しドリブルで切れ込んでいってシュートを放つ。ちょっと上の世代ではあまり見られなかったシーンが、いまではふつうになった。

 女子サッカーでも、有望な平成生まれはいくらでもいる。京川舞、岩渕真奈両選手は19歳だ。近い将来、なでしこJAPANで主力となるのはまちがいない。ドリブルの切れがすごくキュートなルックスでも大注目のU-16代表候補、北川ひかる選手はまだ15歳だ。特技はバイオリンというのもいい。

 スキージャンプでも、K点を平気で超える高梨沙羅選手は16歳だ。

 「ヤングはがんばってるなぁ、スゲー」なんて感動は、もう当たり前になってしまった。

 うちの息子は25歳、娘は24歳で、昭和最後の世代だが、「平成生まれにはかなわない。スポーツにかぎらずすごいのがいっぱいいる」といつも感心している。

 そんななか、ちょっと引っかかる記事に出会った。

 雑誌SPIO2013年2月号のインタヴューに、三光マーケティングフーズの平林実社長(63)が答えている。社名は知らなくても、『東京チカラめし』と言えば、すぐにわかる人も多いだろう。牛丼の世界で、『すき家』『吉野家』『松屋』の御三家がシェア9割を占めるなかに、敢然と割り込んでいったという。

 引っかかったのは、こんなやりとりだ。

 <インタヴュアー:若い世代は守りに入って、挑戦を恐れていると言われる。

 平林:そこが大きな問題です。時代の閉塞感は、若者たちの恐れから来ているのかもしれません。他人と同じならばそれで安泰という守りの気持ちです。無理もない話で、親たちが無難な生き方をわが子に強いてきたのです。親が子供のリスクを排除し、試練を与えぬまま育ててきたのではないでしょうか。子供が大きな夢を語れば、「現実を知らないからそんなこと言えるんだ」と大人が挑戦する心を摘んできたのです。若者たちが挑戦しないのは、私たちの責任でもあるのです>

 ほんとに、そうなのだろうか。若者は挑戦を恐れ、それをそうさせたのは親たちなのだと。

 まあ、少なくともわが家の場合は、決定的にちがう。「若いときは何にでも挑戦しろ!」とはっぱをかけたのは、むしろ親のほうだった。子どもたちは、まだ20歳代半ばであり、夢を決してあきらめたりはしていない。

 もう還暦になってしまったぼくが、新たな挑戦をしているくらいだから、わが家に「挑戦を恐れる」などという家風はまったくない。親も子も、夢はきっと叶うと思っている。

 若者の将来は前途洋洋にみえる。音感やリズム感が抜群で、大人の情感さえ歌いこなせる。IT技術を生まれながら身に着け「デジタルネイディヴ」という言葉さえ生まれた。

 守りに入って挑戦を恐れている、と感じる人がいるとすれば、いまがたまたま経済的、政治的に停滞しているからだろう。守りに入り、夢をあきらめた大人などは、もうどうでもいい。

 J-CASTニュース2月9日の記事に、こんな見出しがあった。

 「東大が『滑り止め』になる ハーバード大狙う高校生が増加中」

 とても結構な話題だ。きっとそういう若者がいると思っていた。本文の書き出しはこうだ。

 < ハーバード大学を含む有名大学への志願者が増加していて、こうした生徒たちは東大を「滑り止め」として受験するのだという。 海外大学進学の裾野もここ1、2年で急増していて、かつて日本が指摘されていた「内向き」が「外向き」に変わりつつあるようだ>

 ついこのあいだまで、海外留学し世界に羽ばたこうとする若い世代が少なくなっている、という指摘があった。しかし、潮目は変わったようだ。

 <政治家の田村耕太郎さんは2013年1月21日のブログに、ハーバード大学ライシャワー日本研究センターのスーザーン・ファー所長の話として、ハーバード大学学部への日本からの願書が2年前から急増中で、11年には48通、12年には70通を超えたと紹介した。イェール大学やデューク大学についても、田村さんが関係者に問い合わせたところ、具体的な数字は非公開だが、ここ数年大きく増えているという>

 こんな“平和ぼけ”した日本列島で、ちまちま生きていく時代じゃない。サッカーの若者たちにみるように、世界に挑戦し、ぶつかっていけばいい。跳ね返されてもいい。

 ぼくも、通算6年間、海外で生活した。それでみえた世界の大きさや、日本の欠点、弱点が、仕事のうえでも人生を考えるうえでも糧となっている。

 いや、そんなアドバイスはあえてしなくても、心ある若者たちはとっくに知っている。

 --毎週木曜日に更新--

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素直に日本が好きな台湾の人びと

 台湾の台北市をぶらぶら歩いていると、ふと、日本のどこかにある大きな地方都市にいるような気になる。

 牛丼の『吉野屋』がそのままの看板で商売をしているし、『日立』のオフィスや広告もやたら目につく。これまでに、世界21の国・地域を訪れたが、22番目の台湾ほど「日本」を感じさせるところを知らない。

 ホテルのフロント嬢は、きれいな日本語を話した。「大阪に1年間、留学していました。大阪弁はむずかしくてほとんどしゃべれませんけど」

 他のフロントマンも全員、日本語がうまい。台湾事情などを尋ねたりしたが、込み入った話でない限り、会話には不自由しない。

 部屋のケーブルテレビには、日本のチャンネルがふたつあった。日本で2012年末に菅野美穂さん、天海祐希さん、玉木宏さんらが演じていた『結婚しない』を流していた。

 中国語の字幕が流れ、タイトルは『結婚不結婚』となっていた。わかる、わかる。結婚するかしないか、というドラマのテーマがよく伝わる。『vs嵐』は『嵐大運動会』というそのものずばりのタイトルだった。

 韓国などの大きなホテルにも、日本語のできるスタッフや日本人はいる。でも、全員が、日本からの客には日本語で応対するということはまずない。

 ソウルや釜山にも漢字や「マッサーヅ」などという“訛り”の入った片仮名の看板はあるが、街にはハングルがあふれ、異国は異国だ。

 台北の物価は、おおざっぱに言えば、日本の半分くらいだろうか。中でもタクシーは数が圧倒的に多く、しかも安い。日本の3分の1ほどで、かなり遠くでも気楽に利用できる。

 あるタクシーのバックミラーには、「交通安全 金閣寺」というお守りがぶら下げてあった。どこで手に入れたのか聞くと「娘がくれたんです」と言う。

 別のタクシーには「成田山 新勝寺」のお守りがあった。60歳くらいの男性運転手さんは、感心するほど上手な日本語で説明してくれた。

 「台湾では、日本の交通安全のお守りがすごく有名なんです。タクシーの運転手はみんな、何とかして手に入れようとします」

 その男性は、台湾のある日系企業でトラック運転手として長年勤め、日本語を話せるようになったという。

 「息子は埼玉県で電機メーカーの支店長をしていましてね。日本の女性と結婚して、孫もふたりいますよ」

 それにしても、お守りといえば、宗教心やアイデンティティーに直接関わる。よほど日本が好きでないと、愛車にぶらさげるという発想は出て来ないのではないか。

 同じように、かつて日本の植民地だった韓国と日本を比べ、俗に「反日の韓国」「親日の台湾」と形容される。韓国へは3回行ったが、日本のお守りをぶら下げているタクシーになど乗ったことがない。そんなことをする運転手がいれば、「親日め!」と同胞からののしられるだろう。韓国語の「親日」は「非国民」とおなじような意味を持つ。

 日本では、クリスチャンではないのに、単なるおしゃれとして十字架のペンダントをしている人もいるにはいる。だが、お宮参りや初詣では神社へ行き、結婚式はキリスト教会であげ、法事や葬式にはお寺へ行くはちゃめちゃな日本人の宗教感覚とは、またちがった心情が、台湾の人びとにはあるのだろう。

 ちなみに、ホテルでもらった英字紙『台湾タイムズ』によると、台北市を北から囲むように位置している新北市New Taipei Cityには、952の仏教・道教寺院と120の教会があるという。市では、2013年1月、市民や観光客向けに市内の宗教施設を紹介する隔月刊の雑誌を創刊した。交通安全のお守りは、そこでは手に入らないのだろうか。

 成田山のお守りを大切にしている運転手さんは、こう言った。「日本は、台湾統治時代に、あまり悪いことをしなかったから、みんな今でも日本が好きなんですよ」

 じゃあ、その数少ない「悪いこと」とは何だろう。

 「金鉱の金と山の檜(ヒノキ)を全部持って行ってしまったことです」

 そして、「いいこと」として運転手さんがあげたのは、道路、鉄道の整備と6・3・3・4の教育制度を普及させたことだという。

 「台湾がこうして発展したのは、日本のおかげですよ」

 朝鮮半島でも、日本は、莫大な予算を費やし社会インフラを整備した。しかし、「日帝36年」と呼んで、何でもかんでも悪いことは全部、日本のせいにする。そういう考え方でしか国家再建ができなかった被害者意識の国は、ある意味で悲しい。

 台湾の若者のあいだでも日本発祥のコスプレが大人気なのは、よく知られた話だ。日本の漫画、アニメ、ビデオゲームのキャラクターに扮装し、みんなでわいわい騒ぐ。

 その新しい聖地となっているのが、台南市にある日本統治時代の日本式料亭『柳屋』だという。本来の日本建築なら木目を生かすが、湿気の多い土地柄だけに紅殻(べんがら)だろう、赤褐色に塗られて今に到る。

 セーラームーンに扮した子が叫ぶ。「日本大好き!」

 --毎週木曜日に更新--

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