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2013年4月

心の隙を衝かれてしまった

 あの夜から2か月半が過ぎた。ショックが大きくてこれまで書けなかった。

 2013年2月8日の午後7時10分ごろ、日課のジョギングから帰って来た。かみさんは、いつものように、ガレージのシャッターを開けたまま車で仕事に行っている。

 玄関の鍵を開け、2階のリビングへ汗だくで入った。暖房はつけたままだったのに、なぜかドアが開いている。閉め忘れたのかな、そんなはずはないのに、と思いながら中へ入り照明をつけると、なにか違和感があった。

 家庭薬などを入れた引き出しが開いている。その下の銀行通帳をしまっている引き出しも開いている。

 それでも、なにが起きたのかすぐには思い至らなかった。息子でも帰って来て、開けっ放しにしているのか。名前を呼んでみようとして、やっとわかった。

 室内の引き出しはすべて開けられていた。あわてて、通帳とキャッシュカードを調べると、そのままあった。秘密の場所に置いている現金もあった。

 でも、空き巣に入られたことはまちがいなかった。いったい、どこから入ったのか。1階の和室へ降りてみると、冷たい風が顔に当たった。和室のガラス戸が開いている。

 なにが取られたのか。かみさんに電話し、つづいて110番した。

 3階にも貴重品があったが、荒らした跡は感じられなかった。サウナスーツを着たままで、汗がぽたぽた床に落ちる。

 そのうち、かみさんが顔を引きつらせて帰った来た。真っ先に、宝石貴金属類を置いていた棚を調べると、ダイヤの婚約指輪や、ドバイで買った純金のネックレス、タイで買ったルビーのイヤリングなどがごっそりなくなっていた。

 食卓に置いてあったかみさんの大きな財布からは、すべての札が抜かれていた。ぼくは、仕事で必要な大金をその日銀行で下ろし、バッグに入れていたことを思い出した。

 あれを盗まれていたら、大変だ。バッグを確かめると、幸い手をつけたようすはなかった。そのとなりの食器棚の引き出しはすべて開けられていが、泥棒も、無造作に置かれたバッグのなかに大金があるとは思わなかったのだろう。

 やがて、警察官たちがパトカーのサイレンを鳴らさずにやって来た。侵入ルートを聞くと、鑑識係がふたりがかりで、フローリングの廊下に這いつくばって足跡がないかどうか調べていった。

 別の刑事が、ぼくたちに事情聴取する。仕事でさんざん刑事さんたちに取材したことはあるが、被害者の立場で話をするのは40年ぶりだった。

 学生時代、下宿の部屋にロックしないままほんのちょっと外に出ていたあいだのことだった。実家から送ってきたばかりの現金書留からキャッシュを抜かれ、小さな鏡も無くなっていた。

 すぐに110番し、鑑識係がドアや机の指紋を採取していった。警察の人たちが引き揚げると、同じ下宿に入ったばかりの青年がノックしてきて、ぼくがやりました、という。

 意外には思わなかった。鏡がないのに気づき、あいつがやったんじゃないか、というひらめきのようなものがあった。いつも共同トイレの近くにあった鏡の前で髪をなでていた。

 盗んだあとすぐに外出したが帰って来たら警察がいて恐くなった、とそいつは言った。現金と鏡は、すぐに返してもらった。

 もう警察沙汰になっているのだから自首したほうがいい、と諭し、警察までいっしょに付いていってやった。出来心の初犯ということで、ぼくは被害届を撤回し、青年はたしか書類送検もされないで済んだ。

 今回の空き巣はまちがいなくプロだった。リビングには計5本の腕時計もあったが、そのうちブランドものの1本だけを持って行った。かみさんのアクセサリーも、イミテーションだけはきっちり残っていた。部屋の照明はつけず小さなライトで物色したのだろうが、鑑識眼はあきれるほど確かだった。

 もともと、空き巣被害には遭いにくいはずだった。

 玄関前の道路は、けっこう人通りがある。ガレージも通りから丸見えだから、シャッターを開けっ放しのほうがかえって安心だ。家の裏には高い塀がありその向こうはマンションで、家の裏でこそこそしていれば怪しまれる。

 両側には民家がありそっちからは入れない、と思い込んでいた。

 しかし、最近、隣家のひとつは壊されて駐車場になった。ぼくたち夫婦は、それと空き巣の可能性をむすびつけて考えることはまったくなかった。

 侵入されたあと、現場を見れば、駐車場の塀は低く子どもだってすぐに越えられる。しかも、2週間前、和室のエアコン工事をしてもらったとき、かみさんはガラス戸をロックし忘れていたが、内側の障子で死角になっていた。

 空き巣は下見し、わが家の生活パターンをよく知っていたとしか思えない。いまは夫婦ふたり暮らしで、車がない夕方なら旦那もジョギングで家を空けるから留守になる、と。

 盗難保険である程度は保証されたが、思い出の品は取り戻せない。心の隙というのは、ふり返ってしか実感できないものなのだろう。

 --毎週木曜日に更新--

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山あいの宿で、古代出雲を思う

 桜が咲き誇る山あいの温泉宿へ、いつものようにかみさんの運転でレンタカーを乗りつけた。奥出雲での取材を終え、日暮れ前にたどり着いた。

 重いスーツケースを引きずりあげるようにして、石段を上る。玄関の引き戸を開けると、出迎えてくれたのは、ちょっと太めの猫だった。

 ジャージを着た女の子が、玄関わきの部屋から現れ、猫を抱きかかえた。猫好きのかみさんが、「歩き回っていても大丈夫よ。動物好きだから」と声をかけた。

 そこへ、和服を着たおばあちゃんの顔がのぞいた。

 「いらっしゃいませ。お部屋は2階です」

 おばあちゃんにスーツケースを運んでもらうわけにもいかず、またも、引きずりあげるように木の階段を上がった。

 きしむ板張りの廊下を歩いて通されたのは、だだっ広い和室だった。入り口のふすまには、鍵もついていない。いまどき、こういう宿もあるのか。ふと、『水戸黄門』に出て来る旅籠を連想した。

 角部屋で、二方が雪見障子になっていている。目の高さにはめられた透明なガラスから、満開の桜がよくみえる。まさに「花見障子」だった。

 「例年より、桜が長くもっていましてね」

 上品なおばあちゃんは、お茶を入れてくれた。温泉浴場は、道路をはさんだ向かいにあるという。宿が経営する銭湯で、遠方からもやって来るそうだ。「今日は桜が見ごろの日曜日のためか、午前中から大混雑しましてね」

 ぼくたちは、貸し切り風呂を予約していた。そのことを、おばあちゃんは知らなかったらしい。

 「宿泊のお客さんを優先しますので、空いたらお呼びします。時間は無制限ですから」

 貸し切り風呂も築何10年といった木造で、ボディシャンプーなどといったものはなく、木製ケース入りの石けんが置いてあった。

 窓を開くと、真下に、ヤマタノオロチ神話で知られる斐伊川が流れている。かなり上流のほうで、川幅は、ぼくが生まれ育った下流域よりうんとせまい。

 ネットで宿を探したとき、夕食を囲炉裏で食べられるというので、それを予約していた。食事処は別棟だった。8人が囲める長四角の囲炉裏で、備長炭のいい匂いがただよっていた。ここも今夜は貸し切りだった。

 串刺しの高級魚ノドグロが、焼けつつあった。囲炉裏端には、ノドグロの刺身があった。最初は、パートのおばさんが給仕に来た。そのあとで、板前を兼ねるご主人が煮物を持って来た。

 「これ、日本海産ですか?」

 深く考えもせず口にすると、「もちろんです。瀬戸内海でもノドグロは釣れますが、脂の乗りがまったくちがいますから」

 高速道路が近くに開通したばかりで、山陽側へもすぐに行けるようになった。それでも、ご主人は日本海に臨む出雲の人だった。ノドグロはさすがに味わい深かった。

 お茶を入れてくれたおばあちゃんは、やはりご主人の母親で81歳だそうだが、70歳くらいにみえた。若いころはさぞかし器量よしだっただろう。

 宿は、明治6年当時の間取りを、そのまま残しているという。

 「温泉は、41.5度とちょうどよく、薬湯として『出雲国風土記』に出て来るのは、玉造温泉とこの湯村温泉だけです」

 山海の美味を堪能して母屋の玄関へ入ると、梅原猛先生の色紙が飾ってあることに気づいた。

    湯に入り ヤマタノオロチも 油断せり

 ぼくは、「古代出雲王朝」をテーマに電子書籍を書こうとしている。

 古代史の魅力に取りつかれたのは、大学に入った1972年、梅原先生が出版した『隠された十字架』がきっかけだった。

 法隆寺は仏法鎮護にとどまらず聖徳太子の怨霊を封じ込めるために建てられた、という驚愕の新説だった。その背後には藤原不比等がいたという論を、史料を駆使して論証し、古代史ファンを爆発的に増やした。

 先生の専門は哲学で、歴史学ではない。門外漢が歴史学会の重鎮をうならせた。従来の学説を論破する姿が、なんとも爽快で、学生仲間でもひとしきり話題になった。

 宿のご主人に聞くと、夫人やスタッフとともに出雲へ取材に訪れた際、ぼくたちが泊っている部屋で昼食を取ったのだという。

 その成果は、『芸術新潮』2009年10月号の特集「梅原猛が解き明かす古代出雲王朝」となり、翌年、『葬られた王朝 古代出雲の謎を解く』という単行本になった。

 色紙をデジカメにおさめながら、これもなにかの縁かと思った。ぼくがいま抱いている仮説が立証できたら、梅原先生の説を上回る“スクープ”になるかもしれない。

 2日で計10か所を取材し、へとへとになって出雲空港から羽田に帰った。

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思わぬときに、映画『ベン・ハー』と再会

 セントラル・リーグのペナントレースは、この2013年、巨人がぶっちぎりで優勝するのだろうか。4月5日の対ドラゴンズ戦も、早々と試合が終わった。

 たまたま帰って来ていた息子と、テレビ観戦していた。試合が終わると、息子は、なんにも言わずにチャンネルを変えた。

 一瞬で、映し出された映像がなにかわかった。映画『ベン・ハー』の有名な戦車レースがはじまるところだ。BSジャパンのロゴが画面隅に映っている。

 チャールトン・ヘストン演じる主人公ベン・ハーが、白馬4頭立ての2輪戦車に乗り、仇敵メッサーラの黒馬戦車などと、競技場を走り回って栄冠を競う。

 ぼくたち一家は、ローマ郊外にあるその撮影現場を訪れたことがある。アメリカで作品が公開されてから36年も経っていたが、競技場は、ほぼ当時のまま残されていた。

 ペンペン草が茂り、スクリーンに映し出される華麗な雰囲気はもちろんない。それでも、ここであのシーンを撮影したのかと、感動がよみがえった。

 それから数年後、銀座でリバイバル上映されることを知り、かみさんと息子を連れて観に行った。3時間22分という超大作だが、どんなシーンを切り出しても、一幅の名画のようだ。

 巨匠・黒澤明監督は、「『赤ひげ』なんて『ベン・ハー』の1カットにもおよばない」とコメントしたことがあるという。

 『ベン・ハー序曲』をはじめとするサウンドトラックのメロディーも、深くぼくの脳裏に刻まれていた。

 当時のレートで54億円もの制作費が投入されたという。それがどれだけの額か、画面を観れば誰でも想像できる。

 アカデミー賞11部門を獲得した。この記録は『タイタニック』(1997年)、『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』(2003年)がタイ記録を樹立したが、まだ部門数で破られてはいない。

 息子は、銀座へ連れて行ったときまだ小学生で「意味がよくわからなかった」と、いま語る。ユダヤ人ベン・ハーの波瀾万丈の半生を描く。後ろ姿だけのイエス・キリストが何度か登場し、ゴルゴダの丘で十字架にかけられ、処刑される。

 ローマ帝国やユダヤ教、キリスト教の歴史をある程度は知らないと、作品の深いところはなかなか理解できないだろう。

 作品の撮影場所へ行き、ぼくが『ベン・ハー』のすごさについて語ったことを、もうすぐ26歳となる息子はよく覚えていた。だから、なにも言わずチャンネルを変えたのだった。

 息子が一番感心したのは、戦車レースをふくめすべてが、当然ながらフィルムで撮られていることだった。騎手が地上に転落し、突っ込んでくる後続の戦車に巻き込まれ、一瞬にしてぼろくずのようになるシーンなど、いったいどうやって撮影したのだろう。

 アナログならではの迫力と厚みが、作品ににじみ出ている。

 「そういえば、ウォルト・ディズニーが、これからはすべての作品をCGで撮るそうだよ」

 息子は、そんな情報も教えてくれた。あの独特の手描きアニメの触感が、はたしてCGで再現できるだろうか。CG作品が出はじめたとき、アナログでは絶対不可能な映像に度肝を抜かれた。いまでは、しょせんCGだから、と冷めた目で観ることも少なくない。

 そういう時代だからこそ、テレビ東京系のBSジャパンがさりげなく放映した『ベン・ハー』は、ある意味で新鮮に思えた。

 無実ながら反逆罪に問われたベン・ハーが、ガレー船漕ぎをさせられているあいだに、母と妹はハンセン病にかかり、皮膚はただれ人に顔を見せられないほどになる。

 ぼくは、かつて、フィリピンのクリオンというハンセン病の島へ取材に行ったことがある。首都マニラから10数人乗りのマイクロバスみたいな飛行機に乗って、となりの島へ飛び、そこから小さな船でクリオン島へ渡った。

 その島には、ハンセン病患者と医療関係者だけが暮らしていた。症状の重い患者の手足の指は、ほぼ根元まで溶けてしまっていた。この病気の感染力はきわめて弱いといい、ぼくは患者さんたちと握手してあいさつをした。

 『ベン・ハー』のラストシーンでは、キリストが復活するとき、母と妹にも奇跡が起こる。全身の激痛のあと、顔や手足はすっかり元通りになり、帰還していたベン・ハーと強く抱き合う。

 日本での一般公開は1960年で、これに先立ち東京でチャリティ上映が行われた。このとき昭和天皇・香淳皇后が招かれ、日本映画史上初の「天覧上映」となったそうだ。ぼくが初めて観たのは、それから約10年後で、高校時代のリバイバル上映だったと思う。

 『ベン・ハー』には原作があり、『キリストの物語』という副題がついている。キリスト教に関心を持つようになったのは、この映画がきっかけだった。

 巨人が圧勝していなければ、『ベン・ハー』と“再会”することもなかった。

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プロ野球のスタンドで、もうひとつの戦い

 プロ野球のペナントレースが、いよいよ開幕した。

 巨人と日本ハムの交流戦は、二刀流の大谷翔平選手が「野手で来るか、投手か」と注目される。長嶋茂雄、松井秀喜両スーパースターの国民栄誉賞も決まった。5月5日には、松井元選手の引退セレモニーが東京ドームで行われる。背番号「55」だから。

 今シーズンは、例年以上に楽しみが多い。

 東京ドームの巨人戦を、毎年1、2回は観に行く。ぼくのささやかな自慢は、自腹を切ったことが一度もないということだ。あるときはネット裏の特等席、あるときは2階外野席のチケットを、某所で入手し、いろんな角度から観戦する。

 かみさんと駅ビルのスーパーで、お弁当と焼き鳥などを買って持ち込む。飲み物は禁止されていて、ゲートで手荷物をチェックされるが、弁当類はOKだ。

 野球というスポーツは、けっこう「間」がある。その間の楽しみが、ビールの売り子嬢たちの観察だ。メーカーごとのカラフルなユニフォームを着て、重さが15キロはあるというタンク式樽を背負っている。きつい階段を上り下りしながら売り歩く重労働だ。基本給プラス歩合給で、売れなきゃ稼げない。

 500mlのカップ1杯が800円だ。これが高いか安いか。生で巨人戦を観ながら生ビールを飲めるのだから、リーズナブルだろう。

 2012年のある試合で、ぼくたちが席に着こうとしたとき、横の席に早々と座って弁当を広げているおばあちゃんがいた。連れはいなかった。売り子嬢たちが登場すると、おばあちゃんは真っ先に手を上げ、ビールを買った。弁当をつまみに、ぐいぐいいく。

 やるなあ、おばあちゃん。巨人ファン歴半世紀っていう感じかな。弁当を平らげ、ビールも飲み終えると、ライトスタンドのオレンジ軍団に合わせて応援歌を歌った。

 そのころ、孫らしいお嬢さんが、遅れてやって来た。ふたりの会話を、聞くともなしに聞くと、おばあちゃんは73歳とわかった。

 ひとりで観戦するより、ふたりのほうが楽しいに決まっている。おばあちゃんは、手提げ袋から弁当をふたつ取り出し、ひとつを孫娘に、もうひとつはなんと自分で開いた。

 そして、右手を高々と上げ、ビールをもう一杯買った。さすがに、ふたつ目の弁当は、おかずをつまみにしてご飯は残すだろう。そう確信したのに、完食してしまった。

 なんという健啖家。小柄で細身なのに。

 おばあちゃんじゃなくても、スタンドでの観戦ビールはこたえられない。

 ぼくがドームへ通って観察する限り、ビジュアル性をもっとも重視しているのはサントリーだ。『ザ・プレミアム・モルツ』の売り子嬢には、女優やアイドルの卵が専属でやっているんじゃないかと思うくらいの子がいる。

 球場スタンドの“ビール戦争”を取材したら面白いだろうな、と前々から思っていたら、週間ポストの2013年4月5日号が記事にした。タイトルでそそる。「ビールの売り子が客に教えたくない超絶テク」。

 全国に野球場は数々あるが、ビールでも主戦場は東京ドームだという。各メーカーの国内での売り上げに大きく影響するらしい。

 「外野席には応援団がいるので、その大所帯をつかむにはやっぱりちょっとお色気のあるセクシー系のお姉様が強いってことかなぁ。・・・外野席には各社がエース級を投入してるんですよ」(現役売り子・Aさん)

 主戦場は、もうひとつあるそうだ。バックネット裏は、企業が接待用に年間席を確保しているケースが多い。接待相手はちがっても接待する担当者はおなじだから、その人と仲良くなっておけば、まとめて何杯も買ってもらえる可能性が高い。

 ベテラン売り子嬢は「縄張りとお得意様」を抱えていて、新人が事情も知らず露天商の言う“シマ”で商売すると、トラブルになりかねない。クラブのホステスまがいの世界が、健全なプロスポーツの場で展開されているのだ。

 ゲーム開始から1時間ほどは、飛ぶように売れる。そしてしだいに売れなくなり、午後8時ごろにはさっぱりさばけない。だから、巨人の杉内投手のように四球が少なく、試合のテンポがいい投手が、売り子嬢にも歓迎される。

 週間現代4月6日号のグラビアでは、NHK大河ドラマ『八重の桜』で敏姫役を演じた女優の中西美帆さん(24)が、篠山紀信さんに撮られている。

 高校時代以来、「1日1本必ず映画を観る」と誓いを立てて、実践してきた。映画代は、横浜スタジアムでビールの売り子をして稼いだという。彼女目当ての常連客もいて、1日に525杯という浜スタの最高売り上げを記録したというから大変なものだ。

 万一、AKB48が、東京ドーム、ビール各社と提携して、“1日売り子嬢”になったら面白いだろうなぁ。対戦チームやペナントレースの成績とはまったく関係なく、チケットはプラチナと化し、ネットオークションでばんばん値がつり上がるだろう。

 ドーム前には、御法度のダフ屋も久しぶりに出没するかもしれない。

 秋元康さんは、ほんとにそんなことをやりそうだから、まんざら、夢物語とも言えないだろう。

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