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山あいの宿で、古代出雲を思う

 桜が咲き誇る山あいの温泉宿へ、いつものようにかみさんの運転でレンタカーを乗りつけた。奥出雲での取材を終え、日暮れ前にたどり着いた。

 重いスーツケースを引きずりあげるようにして、石段を上る。玄関の引き戸を開けると、出迎えてくれたのは、ちょっと太めの猫だった。

 ジャージを着た女の子が、玄関わきの部屋から現れ、猫を抱きかかえた。猫好きのかみさんが、「歩き回っていても大丈夫よ。動物好きだから」と声をかけた。

 そこへ、和服を着たおばあちゃんの顔がのぞいた。

 「いらっしゃいませ。お部屋は2階です」

 おばあちゃんにスーツケースを運んでもらうわけにもいかず、またも、引きずりあげるように木の階段を上がった。

 きしむ板張りの廊下を歩いて通されたのは、だだっ広い和室だった。入り口のふすまには、鍵もついていない。いまどき、こういう宿もあるのか。ふと、『水戸黄門』に出て来る旅籠を連想した。

 角部屋で、二方が雪見障子になっていている。目の高さにはめられた透明なガラスから、満開の桜がよくみえる。まさに「花見障子」だった。

 「例年より、桜が長くもっていましてね」

 上品なおばあちゃんは、お茶を入れてくれた。温泉浴場は、道路をはさんだ向かいにあるという。宿が経営する銭湯で、遠方からもやって来るそうだ。「今日は桜が見ごろの日曜日のためか、午前中から大混雑しましてね」

 ぼくたちは、貸し切り風呂を予約していた。そのことを、おばあちゃんは知らなかったらしい。

 「宿泊のお客さんを優先しますので、空いたらお呼びします。時間は無制限ですから」

 貸し切り風呂も築何10年といった木造で、ボディシャンプーなどといったものはなく、木製ケース入りの石けんが置いてあった。

 窓を開くと、真下に、ヤマタノオロチ神話で知られる斐伊川が流れている。かなり上流のほうで、川幅は、ぼくが生まれ育った下流域よりうんとせまい。

 ネットで宿を探したとき、夕食を囲炉裏で食べられるというので、それを予約していた。食事処は別棟だった。8人が囲める長四角の囲炉裏で、備長炭のいい匂いがただよっていた。ここも今夜は貸し切りだった。

 串刺しの高級魚ノドグロが、焼けつつあった。囲炉裏端には、ノドグロの刺身があった。最初は、パートのおばさんが給仕に来た。そのあとで、板前を兼ねるご主人が煮物を持って来た。

 「これ、日本海産ですか?」

 深く考えもせず口にすると、「もちろんです。瀬戸内海でもノドグロは釣れますが、脂の乗りがまったくちがいますから」

 高速道路が近くに開通したばかりで、山陽側へもすぐに行けるようになった。それでも、ご主人は日本海に臨む出雲の人だった。ノドグロはさすがに味わい深かった。

 お茶を入れてくれたおばあちゃんは、やはりご主人の母親で81歳だそうだが、70歳くらいにみえた。若いころはさぞかし器量よしだっただろう。

 宿は、明治6年当時の間取りを、そのまま残しているという。

 「温泉は、41.5度とちょうどよく、薬湯として『出雲国風土記』に出て来るのは、玉造温泉とこの湯村温泉だけです」

 山海の美味を堪能して母屋の玄関へ入ると、梅原猛先生の色紙が飾ってあることに気づいた。

    湯に入り ヤマタノオロチも 油断せり

 ぼくは、「古代出雲王朝」をテーマに電子書籍を書こうとしている。

 古代史の魅力に取りつかれたのは、大学に入った1972年、梅原先生が出版した『隠された十字架』がきっかけだった。

 法隆寺は仏法鎮護にとどまらず聖徳太子の怨霊を封じ込めるために建てられた、という驚愕の新説だった。その背後には藤原不比等がいたという論を、史料を駆使して論証し、古代史ファンを爆発的に増やした。

 先生の専門は哲学で、歴史学ではない。門外漢が歴史学会の重鎮をうならせた。従来の学説を論破する姿が、なんとも爽快で、学生仲間でもひとしきり話題になった。

 宿のご主人に聞くと、夫人やスタッフとともに出雲へ取材に訪れた際、ぼくたちが泊っている部屋で昼食を取ったのだという。

 その成果は、『芸術新潮』2009年10月号の特集「梅原猛が解き明かす古代出雲王朝」となり、翌年、『葬られた王朝 古代出雲の謎を解く』という単行本になった。

 色紙をデジカメにおさめながら、これもなにかの縁かと思った。ぼくがいま抱いている仮説が立証できたら、梅原先生の説を上回る“スクープ”になるかもしれない。

 2日で計10か所を取材し、へとへとになって出雲空港から羽田に帰った。

 --毎週木曜日に更新--

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