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サッカーをめぐるアイデンティティー

 サッカーの国際試合となると、サポーターはなぜ血湧き肉躍るのか。

 他のスポーツにも言えることとしては、ナショナリズム があげられる。でも、政治的な意味でのナショナリズムとはちょっとちがうだろう。

 たとえば、ザックJAPANの場合、両親ともオランダ国籍のハーフナー・マイクがいるが、サポーターは日本男児とおなじように声援を送る。ルール上は、選手の「国籍」がどこかで代表する国が決まる。日本代表チームは、だから、日本人のチームではなく日本国籍選手のチームなのだ。

 その点で考えると、ぼくらが熱狂する代表チームは、定義の曖昧なナショナリズムによって支えられている。

 もともと、「日本人」と言っても、大陸系や南方系などの混血がくり返されて現在に至るかなり曖昧なものに過ぎない。

 それでも、人間はどこかの国への帰属意識がないとだめなようだ。それがアイデンティティーというものなのだろうか。

 サッカーとは直接関係ないが、海外で暮らしていると、否が応でもアイデンティティー問題に直面する。

 極端な例として、ドイツ人男性と結婚したある日本人女性のことを思い出す。そのひとは、長年ドイツで暮らしていてドイツ語もかなり上手だったが、自分の立ち位置みたいなものがわからなくなったのか、人格的にどこかおかしくなっていた。

 あるときは、自分が日本人であることをことさら強調して周囲と摩擦を起こし、別のときには、ドイツ人と結婚してドイツ社会にも通じていることを前面に出し、またも周囲と摩擦を起こしてしまう。

 正直言って、その女性とはあまり近づかないようにしていた。心が日本人でもドイツ人でもない深い闇に落ち込んでいるようで、ちょっと怖かった。

 祖国というのは、一種のフィクションなのだろうが、人間の心の安定のためにはとても大切なようだ。「人類みな兄弟」みたいなスローガンはあっても、ぼくたちの心には領土領海みたいなものがあるし、どうやらそれが必要らしい。

 だから、サッカーW杯は国別対抗として特に燃え上がるのだろう。

 ぼくたちがサッカーの国際試合に熱くなるのは、もうひとつの理由がある。

 サッカーというスポーツには、柔道などのような体重別みたいなものはなく、身長でも体重でもなんのハンディもなく相手と肉弾戦をしなければならない。

 たとえば、平均身長が世界でもっとも高いとされるオランダの街を歩いていると、2mくらいのひととすれ違うことは珍しくもない。

 身長 172cm、 体重63kgの香川真司が、そういう大男を翻弄するシーンは痛快そのものだ。これは、オランダやドイツのサポーターにはたぶん味わえないサッカーの魅力だ。

 さて、2013年6月23日、われらがザックJAPANは、コンフェデレーションズカップの予選リーグ最終戦で、残念ながらメキシコに1対2で負けてしまった。

 前半の終わりごろから試合終了まで、本田圭佑や香川らの足はほとんど止まってしまった。それも、無理はない。

 5月末、ヨーロッパ各クラブの日程が終了し、ザックJAPANのメンバーは次々と帰国して集合した。愛知県豊田市でブルガリアと親善試合をし、埼玉スタジアムではオーストラリアと引き分けてW杯へのチケットを手にした。

 息つく間もなくカタールへ飛びイラクと戦ってから、14時間のフライトでブラジル入りし、コンフェデ杯に臨んだ。ホームで万全の調整をしていたブラジルと戦って0対3と完敗したのは、イラク戦からわずか4日後だった。それでも、なか3日で体勢を立て直し、イタリアと激戦を演じた。2ゴールを先制したが、微妙なハンドの判定などもあって、結局、3対4で惜敗した。それからわずか2日の休養でメキシコと対戦したのだ。

 ある日本人サッカージャーナリストは「オーストラリアに勝って予選突破を決めてから、まだ18日しか経っていないのだ」と、慰めるように書いた。

 ブラジルに完敗してがっくりし、イタリアにあとちょっとで勝つところまで持って行って喜び、メキシコ相手には最後に1点を返すのが精一杯でまたもため息をつく。

 サポーターは、一喜一憂が許される。というか、それが楽しみで応援している。

 問題は、監督や選手自身が一喜一憂しているようにみえることだ。勝っても負けても、来年のW杯本大会をみすえ、どっしり構えていて欲しいのだが。

 あれだけのタイトなスケジュールのなかでも、ザッケローニ監督は、主力選手を先発として使ってきた。

 決勝トーナメント進出の道が閉ざされたあとのメキシコ戦は、消化試合になってしまったから、サブの選手たちを使うのかと思った。でも監督は、本田や香川、長友らにこだわった。本田は足を引きずり、長友は足を痛めて退場した。

 それでも、試合後、ザッケローニ監督はこう言った。「チーム全体を変えるとチーム全体のアイデンティティがなくなってしまう」

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