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膝地獄の悲鳴も消えて ヨガ教室

 ある日の午後、体がだるくてしようがない。ソファーに横になったまま起き上がれず、トイレに立つにも大変だ。こんなことが一度だけあったな。

 インドにいた1988年6月、肝炎に罹った。また、肝炎か。でも、なんだかちがうな。

 その日の午前、ヨガ教室に行き、1時間みっちり体を動かしてきた。これで3回目で、かなりハードな体の動かしかたもした。その反動で体がだるいのだろう。

 午後から翌日の夜まで、食事も少しだけ口にした程度でほとんどなにもできなかった。 だるさが取れると、体が軽くなった。首の骨などこりがひどくて、首を回してもこりこりという音さえしなかったのに、いま回すと音がして頸骨が伸びたように感じた。

 翌週、いつもの時間にヨガ教室へ行って、H先生にだるさの話しをすると、ちょっと驚いていた。「もう、好転反応が出たんですか。ふつうは週1のコースで2~3か月はかかるのに。でも、それで一皮むけたように体が良くなっていきますからね」

 好転反応は、ふつう、スポーツをしてるひとは早くでるそうだ。過去数か月間、ジョギングをしているから、体が早く反応したのだろうか。

 先生によると、現代のヨガは、その方法や目的によって細分化されているという。ぼくたちが習っているのは、骨盤などの歪みを治す「修正ヨガ」と呼ばれるものだそうだ。

 よくテレビでは、フローリングに一人用のマットを敷いて、その上でさまざまなポーズを取るヨガ風景を観る。でも、ぼくたちが習っているのは、ちょっとちがう。

 基本形として「猫のポーズ」とか「魚のポーズ」などがあるが、先生はそういう用語をほとんど使わない。

 肩こり、腰痛を治すのが主な目的で、まず、骨盤を前後に動かすことから習う。両手を上に上げるときも、腕の筋肉で上げるのではなく、肋骨と鎖骨を意識して上げる。

 H先生は「もうすぐ年金がもらえるのよ」と喜んでいるおばあちゃんだ。30年以上、ヨガを指導しているそうで、体は柔らかく均整がとれている。小柄で短めの髪だから、印象としては『なごり雪』でおなじみのフォーク歌手イルカさんだ。

 「床に上向きに横になって。全身をリラックスさせて胸だけをそらせます。背骨の一つ一つをひとつずつ伸ばしていく感覚を持って、頭のてっぺんが床につくように胸をぐぐぐっとそらします」

 「そうです。そうです。最初はなかなかできないひとが多いのに、うまいですね」

 おばあちゃん先生は、褒めて生徒のやる気を引き出すのがうまい。

 先生がヨガをはじめたのは、もう40年も前のことらしい。そのころは、若い女性や主婦がふつうにヨガを習う時代ではなかった。どちからと言えば、ヒッピーなどインド文化をかじった若者がやるイメージがあった。

 なんでも、H先生の師匠というのがすごかったらしい。弟子には歌舞伎の板東玉三郎さんもいたそうだ。『義経千本櫻』の静御前などを演じさせれば、当代一の色っぽさをかもし出す。内外のたくさんの賞を受賞している、日本一の女形役者だ。

 「忙しいので、師匠が楽屋などへ出張教室に出向いていたんです。私もついて行ったことがあって、華やかな歌舞伎の舞台裏では、こんな厳しい稽古に加えヨガまで取り込んでいるんだと感激しました」

 「玉三郎さんは、やっぱり天才でしたね。師匠がちょっと教えただけで、完璧にそれができる。ヨガのおかげで、芸域がずいぶん広がったんじゃないかな」

 異色のお弟子さんとしては、宝塚歌劇団の有名な振り付け師もいた。「ここの教室でも、毎回、言っていますが、腕は腕の筋肉で持ち上げてもきれいに上がらない。やっぱり、肋骨、鎖骨を意識して伸ばすんです。そう!反対の手と比べてごらんなさい。長さが明らかにちがうでしょ。それが、歌舞伎やバレエなどの踊りでも活きるんです」

 師匠は11年前に亡くなったが、46歳のとき、当時の皇太子(いまの天皇)にスキーを教えた指導者について習ったら、一日でマスターした。「あと30歳くらい若かったら、オリンピッ選手になれたのに」と言われたという。

 ぼくの教室仲間には30歳代のナースもいる。H先生に言わせれば、上半身が柔らかすぎる。体で大切なのは全身のバランスで、上半身と下半身のアンバランスは、時に重い症状を招くという。そのナースは肩こり、偏頭痛がひどく、過労で吐くこともあるそうだ。

 おばあちゃん先生は、基本中の基本として「立ちかた」も教えてくれる。股関節と足の親指の付け根で立つのだ。すると、ちょっと押されたくらいでは体は揺れない。インド発祥のヨガは、武道や能、狂言、日本舞踊などにもつながっている。

 ぼくは、かみさんをヨガ教室に誘い込んだ。ひとりが床に寝て膝を立て、もうひとりがその上に仰向けになって背をそり返し足を伸ばす技がある。背中に膝頭が食い込んで、ひとによっては悲鳴をあげる。通称「膝地獄」という。

 かみさんは、最初、ひいひい言っていたが、それでも挑戦をつづけたら背から肩甲骨あたりの張りがとれ、調子がよくなった。

 なぜか、ぼくは最初から「膝地獄」をしてもらうと気持ちが良く、先生が不思議がっていたが。

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