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猛暑のかげろうのような民主主義

 日本でこう猛暑日がつづくと、「インドでもこんな感じでしたか?」と聞かれることがある。インドの夏は、確かに湿度は日本よりかなり低いが、温度が絶対的に高い。40数度にもなり、日差しの中に立っていると頭がくらくらしてくる。

 その上、停電もしょっちゅうでクーラーが動かないことも珍しくない。それが、モンスーンをはさんで半年以上もつづくのだから、体はぼろぼろになる。

 ぼくはニューデリーに駐在していたある年、ヒマラヤの小国ブータンへ避暑がてらに出張した。妻子は日本へ一時帰国させた。

 それから20年あまりが経つこの夏、ヒマラヤから下院選挙のニュースが届いた。

 ブータンはもともと王制だったが、2008年に、前国王の主導で議会制民主主義になった。選挙が行われるのはこれで2回目となる。与党「ブータン調和党」のもとで、2010年には7%の経済成長を達成し道路網などインフラの整備も進んだ。

 かつて、ぼくが駐インド日本大使とともにブータンに行ったときには、日本の援助でできた水力発電所を視察した。いまでは、電気の普及率は95%以上という。

 計画経済から市場主義経済に移行し、国内の失業率は、過去5年間で4.1%から2.1%にまで下がった。その陰で、独特の文化や伝統が壊され、道路の整備で若者が都市部に集中する弊害なども生まれた。首都ティンプーでの失業率は7%に達している。

 そういう国で、選挙の行方はとうなるか注目していたら、与党は惨敗し野党「国民民主党」が圧勝した。

 こうして政党が争うなかで、王制時代が良かった、とする声も小さくなかったようだ。前国王は、経済発展だけでなく伝統や文化、環境にも重点を置く「国民総幸福(GNH)」という考え方に基づいた政治を行ってきた。それは新憲法に引き継がれたが、現実には経済に重心が置かれている。

 今回選挙の投票率は66.1%とまずまずで、議会制民主主義はある程度定着してきたとは言える。だが、選挙や民主主義が人びとの幸福を必ずしも保証するものではないことを、ヒマラヤからのニュースで考えさせられる。

 この夏、民主主義がもっと強く揺さぶられている国もある。北アフリカのエジプトだ。この地域大国では、ちょうど1年前、民主選挙によってモルシ氏が大統領になった。いわゆる「アラブの春」の一環「エジプト革命」の結果だった。しかし、モルシ氏のイスラム主義路線に反発するリベラル派市民らがデモをつづけ、ついには軍が事実上のクーデターを起こしてモルシ大統領を引きずり下ろしてしまった。

 リベラル派市民は、「モルシ大統領とその政党『ムスリム同胞団』は確かに選挙で勝ったが、基本的な自由を奪った」と非難する。

 ふつう、欧米民主主義では「自由」と「民主主義」は一対で語られ、それが本質的に相反することはない。

 だが、現に、エジプトでは「民主主義」の結果、市民の「自由」が束縛された。反動として、民主的選挙で選ばれた政府を、暴徒と化したデモと軍の力が倒してしまった。

 こうした政情を目の前にした欧米の政治家や識者は、戸惑いの表情をみせている。

 ロイター通信に寄稿した米ジョージ・メイソン大学のビル・シュナイダー教授は、モルシ氏が、オバマ米大統領を上回る51.7%の得票率をあげたことを指摘した上で、こう述べる。

 「そんなモルシ氏が先週解任されたことで、米国は困った立場に追い込まれた。気に入らない人物だからといって、民主的に選ばれた大統領の解任を米政府は支持できるだろうか」

 たしかにジレンマだ。

 少数派の権利を保障し、反政府勢力も合法的存在として受け入れ、選挙で敗れた際には権力の座から退かなければならない。モルシ政権はすべてにおいて不合格であり、“民主的に選ばれた非民主政権”だった。

 英フィナンシャル・タイムズ紙はこう指摘する。「民主主義と自由が衝突するのはイスラム主義の政党があるイスラム教国だけの話だと、部外者は考えたくなる。しかし、その見方は正しくない。例えばスリランカでは今、選挙で選ばれた政権が司法の独立性と報道の自由にせっせと揺さぶりをかけている」

 エジプトでの今回の政変でデモが燃えさかる原因となったのは、ひどい物価上昇、40%を超える失業率、うだるような暑さのなかで頻発する停電、極端なガソリン不足、警察治安部隊の消滅による治安の悪化などだった。

 だが、ニューヨーク・タイムズ・グローバル版によれば、軍が表舞台に立って騒乱がひとまず収まると、ガソリン不足はすぐに解消し停電することもなくなった。警官は街に戻ってきて平穏になった。カイロ市民は、モルシ追い落としの謀略があった、とうわさしているという。

 日本では、参院選で党首や候補者が声をからしている。結構なことだが、世界では民主主義が絶対ではないことも、またたしかだ。

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