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2013年8月

残暑にレッドテープ、よけい体温があがる

 「レッドテープ(red tape)」という英語の言葉がある。辞書によると、「非効率なお役所仕事」のことだ。語源は、1730年代に公文書を結んでいた赤い布のテープから来ているそうだ。特に18世紀のイギリスでは、法律文書などを結ぶのに使い、19世紀になると「お役所仕事」の意味で使われるようになってきた。

 ただでさえ残暑で頭に血が上る季節に、この言葉を思い出した。いま取りかかっている仕事で、『伊豫大洲の古代文化』という書物を探していた。

 まず、ヤフーで検索してみたが、ヒットしなかった。次に、新刊は無理でもひょっとして古本で売りに出てはいないか、アマゾンで調べてみた。そこにもない。

 次に、わが家から2kmほどのW図書館の検索サイトに当たってみたが、やはりない。仕事でよく使う都心の日比谷図書館にあったらいいな、と思いながらサーチしたがだめだ。

 相当、貴重な本ということになる。それじゃあ仕方がない。出向くにはちょっと不便だが国立国会図書館にならさすがにあるだろう。ここでなかった本は、これまでになかった。日本国内で刊行される出版物は、すべて国立国会図書館に納本するよう法律で決まっている。ほぼすべてを網羅した国内最大の図書館だ。

 しかし、その検索サイトでも引っかからなかった。もう存在しないのか。でも、その本のことにちょっとだけ触れたある大学教授の学術本には参考文献として載っているのだから、どこかにはあるはずだ。そこには、幸運にも、ぼくがぜひ原文を読みたい個所が挙げられていた。76、77、81、89ページにあるそうだ。

 国立国会図書館サーチという蔵書検索サイトには[□すべての連携先を検索する]というチェックボックスがある。そこにチェックを入れて再検索すると、1件ヒットした。

 1930年5月に「梁瀬神陵奉讃會編  梁瀬神陵奉讃會 」という何と読めばいいのかわからない奉賛会から出されていることがわかった。

 ここまで調べて、地元のW図書館に自転車で行った。司書カウンターにいたTさんに調べた本を取り寄せて欲しいと申し出た。

 Tさんは「国立国会図書館から取り寄せることはできまずが、戦前の書物はここで閲覧するだけでコピーを取ることはできないはずですよ」という。馬鹿げた話だと内心は思いながらも、最悪の場合はわずか4ページだからノートにメモすればいい、と覚悟した。

 「国立国会図書館の蔵書にその本はないようですね」。Tさんは冷たかった。

 「たしか、[□すべての連携先を検索する]にチェックを入れたらヒットしたんですけど」と押すと、その通りやってくれた。すると書名が現れたが、Tさんは「この本、どこかの図書館にあるはずですけど、どこかわかりませんね」

 しかたがないので、いったん帰宅し、もう一度検索したら、国立国会図書館サーチのサイトの画面の右端に[CiNii Books]というリンクボタンがある。これ何だろうと思ってクリックして開いた画面のずっと下の方に、例の本の蔵書先として京都大学経済学部図書室と高知大学総合情報センター (図書館) 中央館の名前が出てきた。

 これで本がある場所は分かった。念のため、両方の図書館にファックスで書名とページ名を伝え、ファックスまたは郵送、データ添付のいずれかで送って欲しい旨を連絡した。もちろん、必要なコストは払うと書き添えた。メールアドレスが公表されていれば手間もあまりかからないのに、わざわざファックスを使わざるを得ない。

 20~30分後には両大学からファックスで返事が来た。京大からは、「最寄りの図書館経由で複写を送る」と言ってきた。こちらのメールアドレスも書いているのに、わざわざパソコンで書いた返事を印刷してファックスして来たわけだ。その手間と電話代は税金から出ている。

 夕方だったので今度はウォーキングがてら、もう一度W図書館へ行った。Tさんに京大からのファックスを見せ、「複写を受け取って連絡して欲しい」と言うと、「手続きがわからないから係長に聞いてきます」と頼りない。結局、「電話で京大図書館に問い合わせて電話します」という。

 それから何日経っても電話は来なかった。こちらからかけると「よくわからないので、もう一度京大に電話してみます」。ほんとにお役所仕事だ。

 高知大学のほうは、「複写料と郵送料計225円を現金書留で送っていただければ、自宅へ郵送します」とあったので、こっちが手っ取り早い。郵便局へ行き、現金封筒を20円で買い、コインと手紙を入れて窓口へ出すと、郵送料が510円かかった! 1万円以内の現金送料(特殊扱い)が420円、それに第一種定型郵便代が90円だという。コインだから重さがあるためだった。

 いまどき、こんなことをしている民間会社があるだろうか。図書館も手紙を印刷してファックスするくらいなら、さっさと該当ページを送った方がよほど手間とコストがかからない。せめて、コストを切手で送ればいいようにして欲しい。そうすれば、こちらからの送料は80円ですむ。

 国立大学法人をふくめお役所というのは、無理矢理仕事を作り出して、“みなさまの血税”を無駄遣いしているとしか思えない。

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毎月、只で味わう男のお楽しみ

 個人情報がだだ漏れだから個人情報保護法ができたのだろうが、個人情報保護法があるから個人情報が高く売れ、結果として個人情報がだだ漏れになるのではないか。

 どうも、ニワトリと卵のようでよくわからない。

 いつのころからか、毎月1回、東京のG社が制作、発行するカタログが送られてくるようになった。エロスの世界を描く春画やDVDなどに特化していて、カラー写真をふんだんに使い、とてもビジュアルにまとめられている。中身を見るかぎり対象は中高年だ。

 送る相手は、「中高年」「男性」らしいから、そういう条件に絞った個人情報のリストを手に入れているのだろう。自分の個人情報が金で売り買いされていることを想像すると、ちょっと怖い感じもする。

 郵送されてくるカタログのメインはタブロイド版だが、別に、のりで封をした封筒が入っていることもある。封筒には思わせぶりな文句が印刷されている。「特別(秘)映像特集 60歳以上の方のみご開封ください。*ご興味のない方は開封せず、このまま破棄してください」

 週刊誌の袋とじとおなじようなそそり方だ。「60歳以上」でもないが、「ご興味」がないわけでもないので、つい開封することになる。

 この2013年夏に送られてきたものをのぞくと、「夏バテなんて吹き飛ばせ! 日頃の感謝を込めて、大放出の(特)情報 大感謝特集」と銘打って、「入手困難・希少DVDを限定販売」と、またまた思わせぶりな大活字が踊っている。

 その商品群のタイトルもそそる。『巨乳人妻 熱海温泉不倫旅行』。33歳という全裸の女性が野外で全裸の男性に秘部を愛撫されているシーンが、ばっちり映っている。『親友の母』というDVDはどうやらシリーズもので、ヘアヌード姿のお母さんに少年が寄り添っている。これらは20枚セットで8000円と安い。

 『私の妻を抱いてみないか? とある熟年夫婦の刺激ある性生活』というそれこそ刺激的な作品には、こんな商品コピーがついている。「夜の夫婦生活が淡泊なものになっている事に不満を持つ妻・かおり。そんな妻の欲求不満を解消させたいと願う正造は、居候の身である若い男・誠をけしかけ、かおりを抱かせるのであった。」

 カタログには、こんなDVDが何十枚と載せられている。なぜ「60歳以上」限定なのかはさっぱりわからない。男性週刊誌のグラビアがたいてい若いモデルさんを使っているのに対し、このカタログにある商品のモデルは若くて30代、ときには60歳以上とも思える“超熟女”も登場する。その辺が中高年向けというわけか。

 感心するのは、商品コピーの簡潔できちんとまとめられた文章だ。

 2013年晩夏号のメインであるタブロイド版は春画の特集だった。「半世紀振りに発見された幻の名品を高精細復刻 紀州徳川家の秘宝」。監修として、学習院大学教授の実名があげられている。

 コピーはこうだ。「昭和の初期にその一部が紹介されたのみで、その後所在不明とされていた勝川春章の幻の名品が、このほどついに発見されました。絹本に肉筆で細密に描き込まれた筆致、彩色の保存のよさ、まさしく春画史上、いや浮世絵史上屈指の名品といえるでしょう。…」

 毎月毎月、よくもこれほどたくさんのエロス商品が作られているものだ。これだけカラー写真を使えば、カタログの制作コストもかなりかかっているだろう。

 カタログ作りの舞台裏に興味をひかれ、直接G社に電話してみた。

 中年スケベのおじさんたちが集まった職場なのだろうと勝手に想像していた。それはあっさり裏切られた。

 電話に出たのは、アルバイトらしき若い女性だった。ブログでカタログのことを紹介したい旨を伝えると、「それじゃ、担当者に代わります」と電話を回してくれた。

 担当者という人物も若い女性だった! 一番知りたかった商品コピーの執筆者についてまず尋ねると、「専属デザイナーふたりが書いています」と言う。毎月の商品の数は膨大だ。テーマはエロスに限られており、コピーの表現を書き分けるのもむずかしそうだ。だから少なくとも数人のライターを抱えていると踏んでいたのだが。

 ふたりで毎月、カタログ全ページのデザインをしコピーも書いているわけだ。てんてこ舞いの作業だろう。

 次に知りたかったのは、どうみても素人の中高年カップルがよく登場することだ。「作品によってプロのAV俳優さんもいますし、素人の方もいます」と言う。よくあれだけの数の素人を確保できるもんだ。「作品を作るのは別の会社で、うちはカタログを制作するだけですから」

 この手の商品はふんだんにあり、数をそろえるのはそう大変じゃないという。発行部数は、案の定「非公開」だった。

 カタログは、たしかによく出来ている。でも、ぼくに言わせれば致命的な問題がある。

 あまりによく出来ているため、カタログを眺めるだけで十分で、商品を買う気にならないのだ。個人情報のだだ漏れも、ときには悪くない。

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吸うひとよ マナー守れよ わが街で

 還暦を前に、一念発起してジョギングをはじめた。2012年の師走のことだ。前にウォーキングをしていたときに買ったサウナスーツと専用インナーを着込む。ボクシングの協栄ジムが開発したプロ用で、ペットボトルを入れるホルダーつきの優れものだ。

 その上にハーフコートを羽織って首にはタオルを巻き、ニット帽をかぶって自宅を出る。

 最初は50mも走れば息が切れそうだったが、それでも毎日挑戦しているうち、だんだん距離を稼げるようになった。

 スピードじゃなくて脂肪燃焼が目的なんだから、と自分に言い聞かせ、チンタラチンタラ進んでいるうちに、40分間くらい走るのは平気になった。

 走っているあいだに仕事がらみのひらめきがあったりする。そうでもないときは、ポケットラジオを聴きながら手足を動かす。

 ジョギングの効果を高めるため発汗を促すL-カルニチンを摂取するといい、とネットで知った。日本国内でも売っているが、アメリカから個人輸入したほうが安上がりらしい。200日分が送料込みで約5000円だから決して高くはない。

 ほどなく届いた包みを開くと、説明書きがついていた。

 「エネルギー生産と代謝の活性化を促進するサプリメントです」とある。「L-カルニチンは、食物をエネルギーに変換する代謝機能を有しています」

 なんだかおなじ内容の繰り返しだが、「細胞の代謝を活性化する成分の減少は老化の主原因」で、「L-カルニチンはこの老化を防止する働きがあります」という。

 つまり、このサプリメントは代謝を促し、脂肪の燃焼を助け、アンチエイジングに効果があるということらしい。

 これを摂取してジョグすると、確かにものすごく汗をかく。家に帰っても床にぽたぽた落ちるので、浴室へ直行することになる。体重は、1か月約2kgのペースで確実に落ちはじめた。

 毎夕、ゆっくり走っていると、道路端のゴミが目につく。特にたばこの吸い殻がひどい。ぼくらの市も、千代田区などにつづき条例で歩きたばこ、ポイ捨てが禁止されたのに、状況は前とほとんど変わらない。

 サッカー日本代表のイタリア人監督ザッケローニさんは、日本の印象として「美しい国で街もきれいだ」と褒めてくれたが、その言葉は面はゆい。

 たしかに、以前、出張で訪れた南イタリアのナポリなどに比べれば、ずっときれいかもしれない。でも、国全体が洋風庭園か公園のように整然としているドイツのことを思えば、銀座など一部をのぞき、日本の街は“巨大な灰皿”となっている。

 ジョギングのコースを走り終えてクールダウンしながら、わが家へ近づく。家の前は通勤通学路になっていて、吸い殻、たばこの空き箱、ガムなどが落ちている。それを一つひとつ拾って持参の袋に入れていると、怪訝な顔をして通り過ぎるひとも少なくない。

 日本はいつからこんなにマナーが悪くなったのか。ぼくが走るようになって初めてそれを痛感するだけなのか。

 1998年にフランスで行われたサッカーW杯では、日本人サポーターたちが、ゲームが終わったあとスタンドのゴミを拾ってきれいにし、世界から賞賛された。残念ながら、あの精神が祖国で本格的に根づくことはなかった。

 道交法で駐車違反の取り締まりがきびしくなり、わが家の周辺でもしょっちゅうパトロールに回っている。どうせやるなら、同時に、歩きたばこ、ポイ捨ての“犯人”も取り締まって欲しい。

 反則金の代わりに、街に落ちている吸い殻やゴミを100点以上集めて交番に持って行かなければならない、という規則を作れば、自分がそれまでやって来たことを反省するのではないか。自分の吸い殻をこっそり持って行く輩もいるだろうが。

 ―― 吸うひとも 吸わないひとも 心地よい世の中へ ――

 JT(日本たばこ産業)はこんなテレビCMを流している。ぼくにもJTの社員をしている3人の友人がいて、彼らはさすがにいつも携帯灰皿を持っていた。

 条例でも効果がないいまの状況を考えると、斬新な規制を考えざるを得ない。たとえば、「IC機能つき喫煙カード」を開発し、過去○か月以内に歩きたばこ、ポイ捨てで摘発されたひとは、コンビニであれ自販機であれたばこを買えないようにしたらどうか。

 日本政府は、大がかりにクールジャパン・キャンペーンを行っている。アニメや漫画、テレビゲーム、日本食などを呼び水に、外国人観光客を誘致し、国際社会で日本のイメージアップを図るのは結構なことだ。それに加えて、クリーンジャパン・キャンペーンも展開して欲しい。

 そうすれば、ザッケローニさんらにも恥ずかしくない美しい国になる。

 さて、ジョギング効果で、3か月後には体重が約6kg落とせた。問題はそれからだ。人間、目標を一応達成してモチベーションが下がると、現状維持もむずかしい。

 猛暑になって走るのも歩くのも気が重い。じりじりとリバウンドが来たから、たばこでも吸って食欲を落とそうか(~_~;)。

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あるタイ人女性の民間外交

 「寅年生まれです」。タイ人女性の口からそんな言葉が聞かれるとは思わなかった。タイでも十二支は日本とおなじという。中国文化がそこまで届いているとは。

 すると、今年51歳か。

 「はい。そう見えませんか?」
 「いや、まだ40代半ばという感じですよ」
 「そう? それはとってもうれしいわ」

 フルネームを聞くと、カタカナではとても表記しにくい。もっとも、タイではふつうニックネームで呼び合うのだそうだ。その頭文字をとってPさんとしておく。

 Pさんは、タイ北部に生まれた。9人きょうだいの4番目で、7歳のとき里子に出された。だから、下の弟3人とはまだ会ったことがないという。

 とても貧しく、26歳のとき、ひとりで日本へ仕事を求めてやって来た。タイで日本の就労ビザがすぐ取れるわけもなく、マレーシア、韓国、シンガポールと渡り歩き、香港で日本に2週間滞在できる観光ビザをようやく手にした。

 まず、大阪へ入った。香港のある情報で、大阪の「ボス」のところへ行くように言われた。仕事はスナックでのアルバイトだった。観光ビザしか持っていないから、もし入管当局にばれたら強制送還される。ひやひやしながら客の接待をした。

 そこで知り合った「パパ」と半同棲生活を2か月間送った。パパには妻子がいたが、あまり気にしなかった。

 その後、茨城県に移った。ここでも表向きはスナックのフロアレディだったが、実際には体を張る仕事をさせられた。

 「泊まりが3万円で、そのうち2万円をピンハネされたから手取りは1万円だった。それでも、タイでは考えられない高給だった。休憩の場合は2万円で、手取りは5000円だった。相手はほとんど同じひとだったからよかった」

 タイの貧しい家庭に生まれた女性は、その種の仕事をすることがそう珍しくない。家族を養うためと割り切って行う場合が多い。

 ある日本人駐在員がバンコクのその手の店に行き女の子を連れ出すと、その子は自分の家に連れて行って両親に紹介した。両親に歓待されたその駐在員は気後れし食事をごちそうになっただけで引き揚げた、というエピソードがある。性文化のちがいか、あっけらかんとしたところがある。

 茨城では入管による不法滞在者の一斉手入れがあるらしいという情報が流れ、Pさんは東京近郊まで逃げ、風呂もない古ぼけたアパートに転がり込んだ。

 やがて、ある日本人男性と知り合い結婚し娘を産んだ。28歳のときだった。結婚によって日本での永住権を取り、入管におびえる日々から解放された。

 でも、きびしい生活をつづけるうちに夫婦仲は悪くなってきた。そろそろ離婚しようかと思っていたある日、買い物に行ったスーパーで、日本人の男性を自転車ではねてしまった。

 「大丈夫ですか? すぐ病院に行った方が…」
 「いや、大丈夫」

 Pさんは念のため自宅の電話番号を教えた。それからしばらくして、はねた男性から電話がかかって来て2回会った。

 「私はもうすぐ離婚するつもりだから」などとプライベートなことを話すと、相手もおなじような境遇だった。3回目に会ったときに、男性が「結婚しようか」と言ってくれた。

 Pさんは最初の夫とはどうにか別れ、娘を連れてその男性と再婚して今に至る。

 ぼくも、インド・ニューデリーに駐在しているとき、6、7回、タイを訪れたことがある。Pさんは、いい意味でタイ女性の典型だ。貧しくても微笑みを忘れず、誰にでも親切にする。特に、気に入った相手だと男でも女でも積極的に行動し友だちになる。

 Pさんは、数年前、あるところでうちのかみさんと知り合った。家がたまたま近かったこともあり、Pさんは、よくわが家にやって来た。そして、ぼくも気に入ってくれた。

 近所にタイ家庭料理店ができた。早速チェックを入れて美味しいことを確かめたPさんは、ぼくたち夫婦をその店に誘ってくれた。

 料理店のオーナーシェフは日本人女性だが、味は本格派だった。9年ほど前、バンコクに行き、まずタイ語学校に4か月通って基礎を習い、タイ政府が主導するタイ料理学校で学んだ。

 Pさんは、料理をどんどんタイ語で注文した。「パパイヤのサラダ」はキュウリ、ニンジンを細切りにし、生のインゲン、トマト、干しエビ、ピーナツと一緒にナンプラベースのドレッシングで和えたものだ。

 見た目はカラフルで軽い感じだが、青唐辛子がしっかり入っていて、さすがのPさんも「辛い。これは辛い!」と、顔をしかめながら食べた。

 それでも、祖国の料理を友人夫婦に振る舞うのがうれしくてたまらない、といった感じだ。タイを“微笑みの国”という。ここにも民間外交官がいる。

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特別な時間、感動的な時間

 ロンドンの聖マリア病院の正面で、報道陣が待ちつづけている。カメラマンたちは脚立の上に乗ったまま、トイレに行くこともできない。もし、席を外しているあいだに「そのとき」が来たら取り返しがきかない、と。

 ニュースでその光景を観て、ベルリン特派員をしていたころに取材したトラバントのパレードを思い出した。トラバントというのは旧東ドイツの国産車で、俗に「車体は段ボール製」とも言われていた。どことなくノスタルジックな趣があるうえ、車体の改造が簡単だ。ドイツが統一されて生産中止となった後でも、ドイツ内外にファンがたくさんいた。

 そのファンサークルが、各自加工した愛車を持ち寄り大パレードをするというので、地方都市まで取材助手を連れて行った。炎天下、車列が来るのを3時間近くも待ちつづけた。助手に「新聞記者というのは、待つのが本業みたいなもんだよ」と言いながら。

 イギリスもこの2013年の夏は猛暑で、特に「その日」は7年ぶりの暑い1日だったという。炎天下での張り込みはきつい。キャサリン妃は、22日月曜日に陣痛がはじまり翌日夕方に男児を出産した。報道陣は、1日半、31年前にウィリアム王子が生まれたのと同じ病院前で、交代はしただろうが、ずっと待ちつづけていたわけだ。

 若いロイヤルカップルがどういう言葉で喜びを言い表すか、興味があった。キャサリン妃は、ブルーの地に白い水玉が入ったカジュアルなワンピースで正門前に現れた。王子は淡いブルーのワイシャツでノーネクタイだった。

 赤ん坊を抱いた妃は“very special time”という表現で幸福感を表した。日本のマスメディアは一斉に「とても特別な時間です」と訳して伝えた。まったくまちがえようのない、明確な言葉だった。

 それでも、24日の読売新聞夕刊コラム『よみうり寸評』は、「とても感動的な時間です」と書いた。辞書をみる限り specialに感動的という意味はないが、寸評の訳は、それはそれで妃の心情をうまく表している。

 ちなみに、王子は“We could not be happier.”という言葉を口にした。「これ以上の幸せはありません」とでもなるだろうか。

 ロンドンの報道陣は「いつそのときが訪れるか」という問題と同時に、「バッキンガム宮殿がどのような手段で出産のニュースを発表するか」に注目していたそうだ。

 宮殿は、結局、新旧2通りの方法を使った。まず、「ニュースリリース」という現代的な発表形式を取り、それが瞬時に「フラッシュ」として世界中に流れた。宮殿はさらに、病院から宮殿へ自動車で運ばれてきた「書簡」で正式に出産の報告を受けた。

 車で書簡を受け取る伝統的な方法だけに限ると、パパラッチなどが車を追いかけて危険なためだったという。

 バッキンガム宮殿前でも、報道陣に加え数百人の人びとが待ち構えていた。ニューヨーク・タイムズ・グローバル版は、「非ロイヤルな人生から脱出しようとする囚人のようにゲート前に人びとが押しかけていた」と伝えている。

 カナダから観光に来ていたデニーズ・ケイヴさん(49)は「私たちはベビーが生まれるまでここで待っているつもりです」と語った。横で夫のウェイニーさん(51)は「私たち、だって?」とあきれていた。「ビールのコップを手にテレビで観ればいいんだよ」

 宮殿の触れ役が伝統にしたがった服装で現れ、大声で声明文を読むと大歓声が上がった。

 空軍に勤務している王子は、2週間の育児休暇を取っている。退院日を迎えたロイヤルカップルは、王子の運転する車で、親子3人でケンジントン宮殿へ向かった。王子が赤ん坊を入れたバスケットを無造作に後部座席に置いて走り去った。なんとも庶民的なシーンだった。

 世界で最も有名なイクメンとして、日本社会にもいい影響を与えてくれるかもしれない。

 報道陣と一般市民の新たな関心事は、ベビーの名前だった。ウィリアム王子の時は1週間後に発表され、それまで人びとはやきもきした。今回は、翌日には命名された。

 「ジョージ・アレクサンダー・ルイ」

 王位継承順位第3位だけに、何とも伝統的な名前となった。イギリスに姓名判断のようなものはなく、意味と響きの良い言葉を選ぶのがふつうだそうだ。

 ぼくは、息子に名前をつける時、姓名判断はまったく気にしなかった。画数がどうのというのは漢字文化圏だからこそのものだ。でも、本場中国には名前の画数などを気にする文化はないらしい。数字に意味を持たせることはどの国にもあるようだが。

 外国人にも覚えやすく発音のしやすい国際的な名前で、しかも日本語としてエスプリの効いたものにしようとした。

 息子は「優士」と名づけた。「ゆうし」と読む。文字通り「優しく、優れたサムライ」になるようにと。息子の名前の意味を外国人に聞かれた時には、いつもそう答えることにしていた。ゆうしは勇士、勇姿につながる。

 米国生まれの英国人作家、ライオネル・シュライヴァー氏はこんなコラムを書いていた。「私のような皮肉屋にとって、ケンブリッジの王子の誕生は最悪のテーマだ」。そのコラムの見出しは「ロイヤルベビーに誰が異議を唱えられるだろう?」だった。

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