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あるタイ人女性の民間外交

 「寅年生まれです」。タイ人女性の口からそんな言葉が聞かれるとは思わなかった。タイでも十二支は日本とおなじという。中国文化がそこまで届いているとは。

 すると、今年51歳か。

 「はい。そう見えませんか?」
 「いや、まだ40代半ばという感じですよ」
 「そう? それはとってもうれしいわ」

 フルネームを聞くと、カタカナではとても表記しにくい。もっとも、タイではふつうニックネームで呼び合うのだそうだ。その頭文字をとってPさんとしておく。

 Pさんは、タイ北部に生まれた。9人きょうだいの4番目で、7歳のとき里子に出された。だから、下の弟3人とはまだ会ったことがないという。

 とても貧しく、26歳のとき、ひとりで日本へ仕事を求めてやって来た。タイで日本の就労ビザがすぐ取れるわけもなく、マレーシア、韓国、シンガポールと渡り歩き、香港で日本に2週間滞在できる観光ビザをようやく手にした。

 まず、大阪へ入った。香港のある情報で、大阪の「ボス」のところへ行くように言われた。仕事はスナックでのアルバイトだった。観光ビザしか持っていないから、もし入管当局にばれたら強制送還される。ひやひやしながら客の接待をした。

 そこで知り合った「パパ」と半同棲生活を2か月間送った。パパには妻子がいたが、あまり気にしなかった。

 その後、茨城県に移った。ここでも表向きはスナックのフロアレディだったが、実際には体を張る仕事をさせられた。

 「泊まりが3万円で、そのうち2万円をピンハネされたから手取りは1万円だった。それでも、タイでは考えられない高給だった。休憩の場合は2万円で、手取りは5000円だった。相手はほとんど同じひとだったからよかった」

 タイの貧しい家庭に生まれた女性は、その種の仕事をすることがそう珍しくない。家族を養うためと割り切って行う場合が多い。

 ある日本人駐在員がバンコクのその手の店に行き女の子を連れ出すと、その子は自分の家に連れて行って両親に紹介した。両親に歓待されたその駐在員は気後れし食事をごちそうになっただけで引き揚げた、というエピソードがある。性文化のちがいか、あっけらかんとしたところがある。

 茨城では入管による不法滞在者の一斉手入れがあるらしいという情報が流れ、Pさんは東京近郊まで逃げ、風呂もない古ぼけたアパートに転がり込んだ。

 やがて、ある日本人男性と知り合い結婚し娘を産んだ。28歳のときだった。結婚によって日本での永住権を取り、入管におびえる日々から解放された。

 でも、きびしい生活をつづけるうちに夫婦仲は悪くなってきた。そろそろ離婚しようかと思っていたある日、買い物に行ったスーパーで、日本人の男性を自転車ではねてしまった。

 「大丈夫ですか? すぐ病院に行った方が…」
 「いや、大丈夫」

 Pさんは念のため自宅の電話番号を教えた。それからしばらくして、はねた男性から電話がかかって来て2回会った。

 「私はもうすぐ離婚するつもりだから」などとプライベートなことを話すと、相手もおなじような境遇だった。3回目に会ったときに、男性が「結婚しようか」と言ってくれた。

 Pさんは最初の夫とはどうにか別れ、娘を連れてその男性と再婚して今に至る。

 ぼくも、インド・ニューデリーに駐在しているとき、6、7回、タイを訪れたことがある。Pさんは、いい意味でタイ女性の典型だ。貧しくても微笑みを忘れず、誰にでも親切にする。特に、気に入った相手だと男でも女でも積極的に行動し友だちになる。

 Pさんは、数年前、あるところでうちのかみさんと知り合った。家がたまたま近かったこともあり、Pさんは、よくわが家にやって来た。そして、ぼくも気に入ってくれた。

 近所にタイ家庭料理店ができた。早速チェックを入れて美味しいことを確かめたPさんは、ぼくたち夫婦をその店に誘ってくれた。

 料理店のオーナーシェフは日本人女性だが、味は本格派だった。9年ほど前、バンコクに行き、まずタイ語学校に4か月通って基礎を習い、タイ政府が主導するタイ料理学校で学んだ。

 Pさんは、料理をどんどんタイ語で注文した。「パパイヤのサラダ」はキュウリ、ニンジンを細切りにし、生のインゲン、トマト、干しエビ、ピーナツと一緒にナンプラベースのドレッシングで和えたものだ。

 見た目はカラフルで軽い感じだが、青唐辛子がしっかり入っていて、さすがのPさんも「辛い。これは辛い!」と、顔をしかめながら食べた。

 それでも、祖国の料理を友人夫婦に振る舞うのがうれしくてたまらない、といった感じだ。タイを“微笑みの国”という。ここにも民間外交官がいる。

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コメント

こんにちは。楽しく読ませてもらいました。このブログを今後も参考にさせてもらいます。ありがとうございました。

投稿: 萌音 | 2014年2月15日 (土) 13時12分

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