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特別な時間、感動的な時間

 ロンドンの聖マリア病院の正面で、報道陣が待ちつづけている。カメラマンたちは脚立の上に乗ったまま、トイレに行くこともできない。もし、席を外しているあいだに「そのとき」が来たら取り返しがきかない、と。

 ニュースでその光景を観て、ベルリン特派員をしていたころに取材したトラバントのパレードを思い出した。トラバントというのは旧東ドイツの国産車で、俗に「車体は段ボール製」とも言われていた。どことなくノスタルジックな趣があるうえ、車体の改造が簡単だ。ドイツが統一されて生産中止となった後でも、ドイツ内外にファンがたくさんいた。

 そのファンサークルが、各自加工した愛車を持ち寄り大パレードをするというので、地方都市まで取材助手を連れて行った。炎天下、車列が来るのを3時間近くも待ちつづけた。助手に「新聞記者というのは、待つのが本業みたいなもんだよ」と言いながら。

 イギリスもこの2013年の夏は猛暑で、特に「その日」は7年ぶりの暑い1日だったという。炎天下での張り込みはきつい。キャサリン妃は、22日月曜日に陣痛がはじまり翌日夕方に男児を出産した。報道陣は、1日半、31年前にウィリアム王子が生まれたのと同じ病院前で、交代はしただろうが、ずっと待ちつづけていたわけだ。

 若いロイヤルカップルがどういう言葉で喜びを言い表すか、興味があった。キャサリン妃は、ブルーの地に白い水玉が入ったカジュアルなワンピースで正門前に現れた。王子は淡いブルーのワイシャツでノーネクタイだった。

 赤ん坊を抱いた妃は“very special time”という表現で幸福感を表した。日本のマスメディアは一斉に「とても特別な時間です」と訳して伝えた。まったくまちがえようのない、明確な言葉だった。

 それでも、24日の読売新聞夕刊コラム『よみうり寸評』は、「とても感動的な時間です」と書いた。辞書をみる限り specialに感動的という意味はないが、寸評の訳は、それはそれで妃の心情をうまく表している。

 ちなみに、王子は“We could not be happier.”という言葉を口にした。「これ以上の幸せはありません」とでもなるだろうか。

 ロンドンの報道陣は「いつそのときが訪れるか」という問題と同時に、「バッキンガム宮殿がどのような手段で出産のニュースを発表するか」に注目していたそうだ。

 宮殿は、結局、新旧2通りの方法を使った。まず、「ニュースリリース」という現代的な発表形式を取り、それが瞬時に「フラッシュ」として世界中に流れた。宮殿はさらに、病院から宮殿へ自動車で運ばれてきた「書簡」で正式に出産の報告を受けた。

 車で書簡を受け取る伝統的な方法だけに限ると、パパラッチなどが車を追いかけて危険なためだったという。

 バッキンガム宮殿前でも、報道陣に加え数百人の人びとが待ち構えていた。ニューヨーク・タイムズ・グローバル版は、「非ロイヤルな人生から脱出しようとする囚人のようにゲート前に人びとが押しかけていた」と伝えている。

 カナダから観光に来ていたデニーズ・ケイヴさん(49)は「私たちはベビーが生まれるまでここで待っているつもりです」と語った。横で夫のウェイニーさん(51)は「私たち、だって?」とあきれていた。「ビールのコップを手にテレビで観ればいいんだよ」

 宮殿の触れ役が伝統にしたがった服装で現れ、大声で声明文を読むと大歓声が上がった。

 空軍に勤務している王子は、2週間の育児休暇を取っている。退院日を迎えたロイヤルカップルは、王子の運転する車で、親子3人でケンジントン宮殿へ向かった。王子が赤ん坊を入れたバスケットを無造作に後部座席に置いて走り去った。なんとも庶民的なシーンだった。

 世界で最も有名なイクメンとして、日本社会にもいい影響を与えてくれるかもしれない。

 報道陣と一般市民の新たな関心事は、ベビーの名前だった。ウィリアム王子の時は1週間後に発表され、それまで人びとはやきもきした。今回は、翌日には命名された。

 「ジョージ・アレクサンダー・ルイ」

 王位継承順位第3位だけに、何とも伝統的な名前となった。イギリスに姓名判断のようなものはなく、意味と響きの良い言葉を選ぶのがふつうだそうだ。

 ぼくは、息子に名前をつける時、姓名判断はまったく気にしなかった。画数がどうのというのは漢字文化圏だからこそのものだ。でも、本場中国には名前の画数などを気にする文化はないらしい。数字に意味を持たせることはどの国にもあるようだが。

 外国人にも覚えやすく発音のしやすい国際的な名前で、しかも日本語としてエスプリの効いたものにしようとした。

 息子は「優士」と名づけた。「ゆうし」と読む。文字通り「優しく、優れたサムライ」になるようにと。息子の名前の意味を外国人に聞かれた時には、いつもそう答えることにしていた。ゆうしは勇士、勇姿につながる。

 米国生まれの英国人作家、ライオネル・シュライヴァー氏はこんなコラムを書いていた。「私のような皮肉屋にとって、ケンブリッジの王子の誕生は最悪のテーマだ」。そのコラムの見出しは「ロイヤルベビーに誰が異議を唱えられるだろう?」だった。

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