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出雲大社に巨大柱が立った

 長さ17メートル、重さ4トンの巨木を100人がかりで引っ張りあげる。滑車を使い、意外にも簡単に5分ほどで巨木は直立した。もちろん、土木のプロによる周到な準備のおかげだが。3本の巨木は、鉄の輪で固定された。

 出雲大社の東神苑で、2013年11月10日、「巨木の柱立て」イベントが行われた。ぼくが、13年前に思い描いたシーンが、ついに目の前で実現されたのだった。

 話は、2000年4月にさかのぼる。その日、家族で銀座へ食事に出かけた。帰りに、JR有楽町駅の高架ホームで電車を待っていたら、目の前のビルにある電光掲示板に島根からのニュースが流れた。

 「出雲大社で、3本の巨大な柱跡を発掘。古代の高層神殿を裏付けか」

 いにしえに天を仰ぐ神殿があったという出雲の伝承は、やっぱり本当だったのか。ぼくは、高ぶる気持ちを抑えられなかった。

 出雲大社の宮司を代々務める千家家には、古い時代の本殿の平面図が伝わっている。それは、鉄の輪で3本の巨大杉を締めて一本の柱とし、それを9本立てた上に神殿があったことを示している。

 神殿は何度か倒壊し再建された。最高で、16丈(約48メートル)だったとされる。しかし、長いあいだ、「単なる伝承に過ぎない」と取り合わない学者もたくさんいた。

 巨大柱跡発掘のニュースで、ぼくが連想したのは信州諏訪の御柱祭だった。あの祭では、山から巨木を切り出し、川で流し、里で曳いて諏訪大社境内の四隅に立てる。

 古代の出雲でも、おなじようなことが行われていたのではないか。

 その年の秋、当時の島根県佐田町で教育長をしていた友人・岩崎知久君が、会議に出るため東京に出張して来た。杯を酌み交わしながらぼくが語ったのが、巨大柱をめぐる諏訪と出雲の結びつきだった。

 古事記によると、有名な「国譲り」の際、大国主命の息子神・タケミナカタはそれに反対してタケミカズチに追われ信州へ逃れたとされる。

 諏訪側の伝承では、タケミナカタが諏訪地方を「征服」し諏訪大社の祭神となっていまに至る。タケミナカタは、故郷出雲での神殿建立の記憶を諏訪で再現させ、それが神事となってつづけられてきたのではないか。ぼくの空想ではあるが、出雲で巨大柱跡が見つかったことで、ひょっとしたら、という思いだった。

 岩崎君は、島根の子どもたちに神話と伝承を教える体験学習として、出雲版のミニ御柱祭を発案し、ぼくには諏訪側の情報を集めるようメールで頼んできた。諏訪へ出張したおり取材したが、諏訪大社の神事には出雲とつながるものは残されていなかった。だが、千数百年もの歳月のなかで消滅したことも考えられる。

 岩崎君は、関係する3市町に働きかけ、話はかなり進んでいた。しかし、平成の大合併騒ぎでいったん立ち消えになった。

 それから10年余りを経て、企画は新制・出雲市佐田町の地で復活した。奇しくも、『出雲国風土記』(733年完成)には、出雲大社の宮材を造る山として佐田町にある吉栗山の名が記されている。2013年夏、その山から長さ6メートルの杉を切り出し、佐田地域の子どもたちが神戸川までの約600メートルを曳いて運び出すイベントが行われた。

 その一方で、出雲にはぼくとおなじことを考えたひとがいた。現在、地元紙・山陰中央新報の出雲総局長をしている河野徹夫さんだ。岩崎君の紹介でご本人に会うと、出雲大社での巨大柱跡発掘当時は出雲総局の報道部長で、「杉はどこから来たのか」など関連情報を報道したそうだ。

 その後異動したが、6年前に総局長として出雲にもどった。諏訪のように出雲でも「柱立て」をやりたいと、出雲大社や地元経済団体などに熱心に働きかけた。ある意味では奇抜なイベントのため紆余曲折があり、企画書を何度か書き直した。「出雲国風土記『高層神殿』追体験事業」と位置づけ、賛同者を増やしていった。土木関係業者の協力も不可欠で、地元有力企業・中筋組が社を挙げ無償で参加した。

 柱立て本番では、多くの参拝客が見守るなか、出雲大社宮司、島根県知事や佐田町窪田小学校の子どもたちなどがロープを引っ張った。あいにくの雨模様だったが、事業としては大きな意味があった。

 ぼくが最前列で見ていると、フジ系列山陰中央テレビのマイクを向けられたので、諏訪の話を引き合いに率直な感想を述べた。

 巨木を立てる試算で3本を固定する金輪は60キロもの重さになり、本当に金輪で締めていたのか、など新たな疑問も関係者のあいだでは生まれたという。

 巨大杉の選定から神苑に柱を立てるまでのプロセスは、諏訪の御柱祭とそっくりだったが、学術的に出雲と諏訪を結びつけることがむずかしいのは、河野さんも承知している。「出雲での事業は、諏訪の規模の百分の一、千分の一かもしれないが、追体験事業を将来につなげたい」。今後、子どもたちによる杉の植樹なども計画しているという。

 事業は、出雲大社の約60年に一度の大遷宮に合わせて行われた。「今回参加した子どもたちが、60年後に、あのとき柱を立てたと思い出してくれれば」

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