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真夜中の洗濯機事件

 あれは事件だった。悪夢か。いや、やっぱり事件としかいいようがない。

 2013年6月下旬、郷里・出雲でひとり暮らししていた母(84)がついに倒れた。父(91)は施設に入っている。数日後、かみさんを伴いUターンすることを決心した。

 問題は、長年住んだ東京近郊からの撤退だ。仕事の整理をし不要な家財道具などを処分して引っ越すには、どう考えても3か月はかかる。

 かみさんは8月いっぱいで仕事を退職し、引っ越し準備に専念することになった。ぼくも、いざ引き払うとなれば処理することは山ほどある。パソコンで、「仕事の整理」「重要な書類・書籍の仕分け」「引っ越し品目」「処分品」「手続き一覧」などのリストを作り、チェックボックス欄を設けた。ひとつ終わるごとにチェックを入れていく。

 引っ越す家具類などは約80点におよんだ。書籍や書類の量は段ボール何箱になるか見当もつかない。古いタンス、がたついた書棚、壊れた電化製品など処分品も40点以上ある。手続きも、解約、住所変更など38項目あった。

 引っ越し準備の作業は、かみさんとふたりで、スケジュール闘争のようにひとつひとつこなしていった。それに合わせて、送別会、挨拶回りなどがある。

 引っ越しは3つの業者に見積もってもらい、F社に決めた。Xデーは9月27日とした。その日午前8時には、業者の作業員6人が4トントラック2台でやってくる手はずになった。見積もりでは、処分品だけで18万円かかる。ふぅーっ。

 「ほんとに、間に合うかしら」。かみさんは、片付けているのか散らかしているのかわからない家財の山を前に、何度もため息をついた。

 資源回収日の前夜、捨てる本をひもで結んで公道脇の所定の場所に置いた。軽トラで1、2台分あった。30分後に行ったときにはすっかり消えていた!古書や古紙を回収場所から盗んで業者に売る外国人グループがいることは新聞で読んでいた。油断も隙もないというか、生き馬の目を抜くというか。

 1か月にわたる引っ越し作戦のあいだ、かみさんは睡眠2~3時間で動きつづけた。Xデーの前夜、かみさんはまだ働いていたが、ぼくはソファで仮眠することにした。6点セットのコーナー型ソファも半分は処分してもらうことにしていた。

 やっと寝ついたころ、遠くからかみさんの声がする。それがだんだん大きくなっり、肩を揺すられた。目を開けると、かみさんがパニックになって何か言っている。「洗濯機が大変なのッ。とにかく起きて!」

 時計を見たら午前2時過ぎだ。洗濯機を回していたが、途中で止まってしまい水がたまったままどうしても動かないという。

 「なかのマイコンが狂っちゃったんじゃないの。プラグをコンセントからいったん抜いてみたら」「何度もやってみたけど、おなじところで止まってしまうの」

 洗濯乾燥機は買ってまだ1年くらいだ。しょうがないから起き出して脱衣所へ行った。たしかに洗濯槽は洗濯物と水が入ったまま止まっている。プラグを抜いてしばらく待ってから差し込み、【スタート】ボタンを押すと動き出す。しかし、途中で止まってしまう。

 ふつうなら、このまま朝を待って電気屋さんを呼ぶところだ。しかし、午前8時には引っ越し業者がやって来る。汚れた水が入ったままの洗濯機をトラックに積んでもらうわけにはいかない。

 眠気も吹っ飛び、じわーっとあせってくる。「マニュアルがあるだろう」「それが、もう段ボールに詰めちゃって、どこに入っているかわからないのよ」

 時計を見ると、3時前だ。あと5時間しかない。なにか方法はないか。冷静に冷静に。

 洗濯機本体のボタンや表示を左からひとつずつ確かめていった。【風呂水 洗い すすぎ】【液体洗剤自動投入 多め 少なめ】・・・そして一番右端に赤いシールが張ってある。【U11が表示される場合は排水口を掃除してください。糸くずがたまっている可能性があります】

 本体のモニターには【U11】と表示が出ている。これだッ!排水パイプを引き抜くと洗濯槽の水がどーッと流れ出た。あわてて、かみさんと脱衣所に積んであったタオルの山を床に投げつけ水を吸わせた。後から後から水は出て来る。ありったけのタオルで吸い取ってどうにか収まった。

 ふぅーっ。排水口を掃除しパイプを穴に突っ込んで【スタート】ボタンを押す。最新鋭の洗濯乾燥機は何事もなかったように快調に動き出した。

 力が抜けて床に座り込みそうになるが、心臓はまだどきどきしていて眠れそうにない。そのまま、長い夜が明け、午前8時、引っ越し屋さんがやって来た。子どもたちも手伝いに来てくれた。それから、火事場騒ぎのような時間が過ぎ、荷物を積み終えたトラックを送り出したのが午後4時だった。

 まだ、不動産業者の立ち会いがある。それは息子に頼んで、ぼくたち夫婦は愛車Bちゃんの後部座席に愛兎RANAを積み、大量の荷物とともに一路西へ向かった。途中、三重県桑名市で一泊し、睡魔と戦う計13時間のドライブの後、出雲の実家へたどり着いた。

 洗濯乾燥機は、実家にあった古い洗濯機を押しのけ、涼しい顔で所定の場所に収まった。

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