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キサちゃんは、歴史上の重要な生き証人だった

 「松の内」というのは、ふつう、七草粥を食べる1月7日までだそうだから、もうお正月はとっくに終わったが、初詣の話題をもう1本ぶっ放してみたい。

 昨秋、出雲へUターンするための引っ越し準備中に出てきた新聞記事スクラップにあった話だ。日付は2013年1月30日、つまりほぼ1年前ということになる。

 日本史家の磯田道史さんが、『古今をちこち』というタイトルでコラムを連載していた。書き出しはこうだ。

 「正月の初詣はどこに行こうかと考え、良いことを思いついた。『そうだ。浜松には日本史上最強のパワースポットがあるじゃないか』」

 筆者は、どうやら静岡県浜松市に住んでいるらしい。そのコラムに登場するのが、浜松城の前身、引間城の城主・飯尾豊前守の娘キサだ。磯田さんは文中で「キサちゃん」と軽い調子で呼んでいる。

 これは、ぼくが読売新聞にいたころ、同僚や他社のマスコミ人に呼ばれていたのと同じだ。マスコミでは、いい年をしてちゃんづけするのが習わしみたいになっていた。いま中央公論新社の社長をしているコバちゃんや読売本社の大幹部になったオダちゃんなどさらに親しい記者仲間は、ぼくのことを「キーちゃん」と呼んでいた。

 この話を京都のある女流詩人に話したら、けたけたと大笑いされた。京都では、精神的にアブナイ人を「きーやん」と呼ぶそうで、「キーちゃんなんて、とんでもない呼び方やわぁ」となった。

 さて、キサちゃんが「日本史上最強のパワースポット」とどうつながるか。磯田さんの家から400メートルほど北へ行ったところに、50メートル四方の小さな神社があるという。

 「恐るべき霊力をもった場所らしく、ここにやってきた男二人に天下を獲らせた。日本中をさがしても、こんな霊地はない」

 話は460年前にさかのぼる。キサちゃんが生きていた時代のことで、この殿様の姫は後の豊臣秀吉の無名時代のことをよく覚えていた。それをキサちゃんの孫が聞き書きし『太閤素生記』という本にまとめた。「闇に消えるはずであった秀吉の無名時代の様子が後世に伝わった」

 NHKの大河ドラマ『軍師官兵衛』の第1回で、信長と木下藤吉郎(秀吉)が出会うシーンがあった。かみさんと雑談しながら観ていたので確信はないが、たしか、藤吉郎がなんとか信長に仕え武士になりたいと、小汚い格好をして木の上で待ちぶせする設定だった。

 でも、『太閤素生記』によると、最初に仕えたのはキサちゃんの父・飯尾豊前守の家臣・松下だったそうだ。ある日、松下が、浜松の町はずれ「曳馬ノ川辺」で拾った「異形なる」顔をした少年を城に連れてきた。白い木綿の着物は垢だらけで「猿かと思えば人。人かと思えば猿」といった感じだった。

 「国はどこ。何者か」と尋ねると「尾張から来た」と答え、「幼少の者が遠路なにしに来た」と重ねて聞くと「奉公望み」と言った。つまり、武家に就職することを希望していた。

 松下は、猿顔の少年を宴会の見世物にしようと考えて連れてきた。『太閤素生記』には、キサちゃんが語った初めて「猿」と出会ったときの様子が活写されているという。

 松下は、「御覧あれ」とキサちゃんたち飯尾家の一同に「猿」を披露した。「皮の付いた栗を取り出して与え、口で皮をむき喰う口元が猿にそっくり」と、みな大笑いした。

 猿は一同に気に入られ、体を洗い古い小袖と袴を身につけさせると小綺麗になった。猿はそのとき16歳だった。父の遺産・永楽銭1000枚の一部をもらい尾張清州で木綿着を作り針を仕入れて、それを売りながら浜松まで来たと語った。

 草履取りからはじめ、松下の側近に抜擢されると「なに一つ主人の心にかなわぬことがない」完璧な勤めぶりだった。そこで、出納管理を任されたが、できるが故に他の小姓がねたみいじめた。コラムによると、松下は慈悲のある人で、「おまえはよそ者だから無実の罪を言いかけられるのだ。不憫だが本国に帰れ」と永楽銭300枚を与えて暇を出した。猿ことのちの秀吉は、16歳から18歳まで3年間を浜松で過ごした。

 しばらくして引間城は落城し、われらがキサちゃんはかろうじて逃げおおせる。代わって引間城本丸に入ってきたのが徳川家康だった。その本丸跡が、いま「50メートル四方の小さな神社」になっているようだ。

 「家康はこの狭苦しい空間に一年ほど寝起きして城を拡張。城の名前を変え、浜松城とした」。ここを根城に遠江一帯を支配下におさめ、1582年に武田氏が滅び信長が本能寺で殺されると、ここから出陣して一挙に甲斐、信濃へ領土を拡大、やがて秀吉が築いた天下を奪った。

 秀吉と家康、ふたりの天下人を生んだ引間城本丸の所番地は、浜松市中区元城町111の2、神社の名前は浜松東照宮というそうだ。

 「初詣客は少ない。しかし、ここにこっそり参って成功した浜松の社長を私は何人も知っている」と、コラムは結ばれている。行ってみよ~かなぁ~。

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