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2014年3月

Uターン半年をふり返れば

 「もう2~3年暮らしているみたいな気がするわ」。Jターンの形でぼくに付いてきてくれた長野市出身のかみさんは、順応性がある。新婚でインドへ赴任し修羅場をくぐったせいか、たくましい。出雲へUターンして、2014年3月28日でちょうど半年となる。

 42年ぶりに帰って来て、一番驚いたのは、たばこを吸う人がやたらに多いことだった。20軒ある町内会は月に一度の常会で集会所に集まる。町内会デビューした夜、座布団の2枚にひとつずつ灰皿が置かれているのを見て、何だこりゃ、と思った。

 そういう席には、久しく出たことがなかった。東京あたりで宴会をするとき、席に灰皿を見かけなくなったのはいつごろからだったか。

 日本たばこ産業によると、2013年の成人男性の平均喫煙率は32.2%だった。 ピーク時1966年の 83.7%と比べ、45年間で51ポイント減少したことになる。

 日本の喫煙率は国際比較でもかなり不名誉な上位のほうだが、首都圏で生活しているかぎり、どうして全国平均がまだそんなに高いのか分からなかった。その理由が、出雲へ帰って理解できた。田舎は水と空気がおいしいというイメージがいまでもあるかもしれない。でも、かように、出雲の集会所の空気はおいしくない。

 大陸からのPM2.5汚染もやっかいだ。日本海を渡ってこっちにもやって来るのだからたまらない。いま夫婦で通っている歯科の女医さんは、花粉症のうえにPM2.5アレルギーでぐしゅぐしゅだ。

 「北京は問題ですが、日本では、中国からのPM2.5 よりは受動喫煙の方がはるかに問題であると言えます」と警告するウェブサイトがあった。

 PM2.5はたばこのフィルターを介さずに周囲に広がる副流煙に多いという。町内会の常会に出ると、北京にいるのと同じような“海外旅行気分”が味わえることになる。

 もっと怖いのは、もちろん、原発事故による放射能汚染だ。わが家から直線で15.5kmの所に島根原発があり、万一重大事故が起きれば住めなくなる恐れが強い。

 じゃ、地元のひとはみんな原発に絶対反対かと言えば、そうでもない。うちの親や町内のひとは、「ないで済めばそれに越したことはないが、発電コストや地球環境への影響も考えなきゃ」と言う。ここには、反原発イデオロギーとはちょっとちがうバランス感覚が働いている。

 地方には似つかわしくないものとして、悪しき官僚主義があるのにもびっくりした。母(84)が倒れ、妹が奔走してある施設に緊急入所させた。その後ぼくたちがUターンし、身元引受人を妹から引き継いだのだが、書類が10枚もあった。利用者である母の住所氏名を書き、その下に身元引受人の住所、氏名を書く。「同上」はだめだといい、1枚1枚記入しなきゃいけなかった。

 少々頭にきて、施設スタッフに聞いた。「こんな官僚主義そのものの書式を考えたのは、役人あがりのひとでしょ」。ビンゴだった。出雲市役所に勤めていたひとが、経営母体の会社の役員という。

 もちろん、そんな馬鹿げた手続きがそこらじゅうであるわけじゃない。母は少し回復し施設を替わったが、今度は入所申込書に記入しただけで、身元引受人の書類などはいっさいない。それはそれで、いいのかな、と少し不安になった。何かトラブルが起きたとき、責任の所在などどうなるんだろう。

 出雲ではどんなテレビ局があるかよく知らなかった。いまではケーブルテレビが普及していて、テレビ東京以外の在京キー局系列の番組がほぼすべて観られる。ぼくが子どものころテレビに関しては関西文化圏で、『松竹新喜劇』や『吉本新喜劇』を流していた。そういう番組がほとんどなく、いまや東京文化圏の周縁にいる感じがする。

 首都圏では想像できない出雲独特のリズムみたいなものもある。あるスーパーのフードコートで、かみさんがうどん定食のチケットを買った。メインの鶏飯が美味しそうだから選んだのだが、中年の女性店員は「鶏飯は売り切れました」とあっさり言う。出てきたのは、うどんと白いご飯、きんぴらごぼうの小鉢、それに漬け物だった。「これじゃ、うどんをおかずにご飯を食べてるだけじゃない」

 東京ならクレームがつき、「チケットを払い戻せ」となるだろう。その前に、チケット自販機に「鶏飯売り切れました」と張り紙を出すところだ。でも、出雲のパートのおばさんは、そんなこと、うどんのつゆほども考えていないようだった(~_~;)。

 かみさんが、本格的にケーキを焼きたいと言い、実家の電子レンジでは無理なので、大型オーブンレンジを買いに量販店へ行った。最新式のスチームも使えるものなどいろんなメーカーの製品が並んでいる。若い男性店員に機能のちがいを聞いたが、商品知識はほとんどないのに愕然とした。

 ヤマダ電機の「LABI 1 日本総本店池袋」を引き合いに出すまでもないだろう。ぼくたちの知っている家電量販店は、商品知識をたたき込む新人教育のすごさを感じさせる。知識を武器に店員同士で売り上げを競う戦場のような空気がある。

 出雲では、ゆったりとのんびりとなあなあで時間が流れていく。その分というか、高齢者には優しい社会で、介護用品なども大都会では考えられないほどそろっている。

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こんなひとに会いたい、という思いがかなった

 青黒い日本海に雪が舞っていた。高台から見ると、短い防波堤に囲まれた小さな港にはわずか3隻の漁船が停泊しているだけだった。

 出雲平野の真ん中にあるわが家から車で35分走り、島根半島の低い峠を越えたところに、地合(ちごう)町があった。景色は一変しまるで別世界で、かみさんは「旅行に来たみたい」と言った。出雲市の東端にあり松江市に隣接する。

 出雲へUターンしてもうすぐ半年になる。家のメンテナンスなどをしてくれている大工さんが、これまで2回、サザエやアワビを届けてくれた。地合町の漁師の家の改築を請け負った関係で、安く手に入るのだと言った。

 どうせ出雲で暮らすのなら、美味くて安い海産物を食べたい。大工さんに漁師さんの連絡先を聞くと、すぐに携帯電話で漁師佐藤さんにかけてくれた。ぼくは、あさって午前に行きますからサザエを売ってください、と頼んだ。

 かみさんにハンドルを任せ、聞いた住所番地をカーナビに入力して出発した。眼病に霊験あらたかとされる一畑薬師の山裾を通って峠へ向かう。対向車とすれちがいもできない細い道を通り抜け、やっと海側に出た。カーナビは目標に近づくと案内をやめてしまい、適当な家のチャイムを押して「神社隣の佐藤さん宅」を尋ねた。

 2軒で聞いて、ようやく神社の鳥居が見える位置までたどり着いた。大工さんが話していた通り、佐藤さん宅は断崖にへばりつくような集落のなかにあった。愛車は崖上の道路に停め、コンクリートの急な石段を歩いて訪ねるしかない。

 よくこんな所に家を建てたなと思いながら玄関で声をかけると、佐藤さん夫婦が待ちかねてくれていた。挨拶の言葉を交わすなかで、奥さんはぼくと同じ地区の出身とわかった。つまり、同じ小学校の卒業生だ。生まれ年を聞くと、ぼくと一緒だった。学年は1クラスだったから同級生ということになる。だが、奥さんの顔をよくよく見ても思い出せない。向こうもぼくを覚えていないという。何しろ、卒業してからもう48年も経つ。

 まずは浜へ、と佐藤さん夫婦が乗る軽トラの後を愛車でついて行った。ゆるやかな下り道を大回りし、漁港についた。サザエはひとかかえほどの青い樹脂コンテナに入れて海に沈めてあった。夫婦はロープを引っ張ってそれを引き揚げ、カバーを開いてくれた。

 かみさんとふたりで食べるだけだから、そうたくさんはいらない。「刺身にできる大きめのを4個と壺焼き用のを10個ください」。余れば煮サザエにしておけば日持ちする。「2個、おまけしときます」。地合町で漁師をしているひとは11人だけだそうだ。定置網漁のときは人手がいるので、他地区から応援のひとを呼ぶのだという。

 奥さんは、漁港に建つ漁協の小さな建物にサザエを運んで重さを量った。浜値だからスーパーで買うより2割は安いかなと思い1600円くらいだろうと思った。「それじゃ、全部で900円になります」。えっ!? 思わずかみさんと顔を見合わせた。

 ご主人は、別の場所で海につけてあったコンテナからナマコを持って来て「これはサービスです」とぼくに渡してくれた。手頃な大きさのが5つも入っている。これだけの鮮度のものは出雲のスーパーでもなかなか手に入らないし、買えば1匹で200円はするはずだ。いくら同級生とはいえ・・・。かみさんが、申し訳なさそうに1000円札を出しおつりの100円玉を受け取った。

 「お茶でも飲んでいきませんか?」。それじゃあと佐藤さん宅に行き、こたつにあたった。奥さんはコーヒーを煎れ、近所からもらったという伊勢の赤福を出してくれた。そして棚から、小学校の同級生で開いた還暦祝いの写真を取り出した。去年の正月のだ。ぼくも幹事役のひとから電話をもらったが、正月に出雲へ帰省する予定はなく断った。

 すぐに名前を思い出す友だちがいるし、まったく記憶にない顔もある。同じホテルで四十二の厄年払いを行ったときの写真もついていた。こっちのほうはぼくも参加したからよく覚えている。18年の歳月は大きい。みんな年を取ったな。でも、恩師の高橋先生はちっとも変っていない。もう87歳くらいだそうですよ、と奥さんが言う。写真のほかに名簿もあった。ぼくの名前も載っていたが、住所は厄年のときのマンションのままだった。

 ご主人(65)は、いかにも海の男らしく日に焼け、とても気さくだった。7,8月は甘鯛漁で忙しいが、冬は海が荒れて漁はむずかしく、長年、日本酒を作る杜氏の仕事で鳥取県や広島県へ出稼ぎに行っていたそうだ。

 東京の料理店でもいけすの活サザエは口にできる。でも、大工さんにもらって食べたのはどこか味がちがった。その理由をご主人の言葉で納得した。「コンテナに入れているだけじゃ痩せて味も落ちますから、アラメを餌にやってます」。アラメはコンブに近い海藻のことだ。海にしばらく浸けておくことでサザエの体内の砂が排斥され、じゃりじゃり感がなくなるという。「アワビも食欲旺盛でアラメの太い茎も食べ尽くしますよ」

 農家から嫁いできた奥さんは、「最初はまったくちがう仕事でとまどったが、40年近くやってますから慣れましたよ」と言う。漁には夫婦で船に乗るそうだ。赤福を食べながらふたりのやりとりを聞いていると、いかにも長年連れ添った夫婦だ。夫唱婦随とはこういうことをいうのだろう。いや、婦唱夫随かもしれない。

 出雲に帰ったらこんなひとに会いたい、という思いがかなったように感じた。

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『アンネの日記』を破るいやーな事件

 うちの娘に初めてできた外国人のお友だちは、イスラエル人のダーナという肌の透き通るほど白い美少女だった。わが家がドイツのボンで暮らしはじめた、ふた昔前のことだ。

 息子(6)はアメリカンスクールの小学部に転入し、娘(5)はその幼稚園部に入り、外交官の娘ダーナと知り合った。うちの娘はまだ英語などまったく分からなかったが、なぜかダーナと気があい、自宅を行き来して遊ぶようになった。「どうやってコミュニケーション取ってるのかしら」とかみさんが不思議がっていた。

 わが家族が住むマンションの隣の世帯には、イスラエル大使館の警護官をしている一家がいた。マンションはカギの字型の建物で、わが家のベランダから隣の部屋のなかまでよく見えた。ある夕方、キッパーと呼ばれる丸い帽子をかぶった人たちが隣家にたくさん集まり、何か儀式をしていた。あとで聞くと、有名なユダヤ教の『過ぎ越しの祭』をしていたのだった。

 ぼくたちは、国際色豊かなボンでいろんな国の人たちと穏やかに暮らしていた。イスラエルなどから来たユダヤの人たちも、そのなかに自然に交じっていた。

 ナチス・ドイツによるユダヤ人迫害を子どもの視点で描いた『アンネの日記』や関連書籍300冊以上が、2014年2月、東京都内などの図書館や書店で破られた。そのニュースを聞いて、何ともいやーな気持ちになった。

 ぼくは、ボンに住んで以来、アンネの写真を見るたびにダーナを連想するようになっていた。すごく似ているというほどではないが、いたいけでしかも芯がしっかりしていそうな面影が重なるように思うのだ。もちろん、おなじユダヤの少女だからということが一番の理由だが。

 この事件を聞いてすぐ、自分なりの犯人像を描いてみた。まず浮かんだのは、深く考えもせずナチズムに感化された日本人青年の単独犯だ。友だちもなく世間から孤立した跳ね上がり分子をイメージした。

 週刊新潮3月6日号で、上智大学名誉教授の福島章氏は「ナチズムやネオナチの思想に傾倒している者の犯行」とみて、「40~50代の単独犯」と考えていた。この号では、日本版ネオナチ『国家社会主義日本労働者党』にも取材している。山田一成代表は「私の仲間や周辺でやったという話はまったく聞いていません」と答えている。

 党のウェブサイトを開くと、「わが党では一刻一秒でも早く民主党政権の崩壊を待ち望んでいる」という語句がある。つまり、いつ更新したのか分からないほど古い。党員は約20人だそうだが、最近はほとんど活動実態はないのではないか。ぼくが知っているネオナチの特徴としても、こんな書籍破り捨て事件を起こすとはちょっと考えにくかった。

 別の犯人像として、事件によって誰が得をするかという視点からも考えてみた。すると、「日本は、安倍政権のもと右傾化している」と批判する個人または組織が浮かぶような気がした。「ほら、こんな陰湿な事件まで起こった。だから右傾化してると言ったでしょ」と。そういう勢力による、自作自演の可能性は捨てきれないと思った。

 週刊新潮の翌3月13日号では、数学者でお茶の水女子大学名誉教授の藤原正彦氏が、エッセイでこの問題を取り上げた。藤原氏もアメリカ生活でのユダヤ人のとさまざまな体験を綴り、「今回の事件が、先進国中で我が国ほど反ユダヤ主義の薄い国は珍しい、という誇るべき国柄を傷つけかねない」と心配している。

 そして「今回の事件は日本では極めて起こりにくいものだ。日本の右傾化を世界に印象づけ、安倍首相をヒットラーになぞらえたい人々が内外にいることも、邪推であろうが気になってしまう」と結んでいる。「内外に」というところがポイントだろう。

 週刊新潮の本文記事には、政府関係者のコメントとして、「この時期に事件が発覚したのは、安倍政権にとって最悪かもしれない。海外の諜報機関の謀略じゃないかと勘ぐりたくもなります」とある。

 折しも3月24日から、アンネの祖国オランダで核サミットが開かれ、安倍首相も参加する。「席上、中国や韓国が切り裂き事件を歪曲して“悪用”する恐れがある」という匿名政治部記者の談話も、週刊新潮は紹介している。

 警視庁は杉並署に捜査本部を設置し本庁捜査一課中心の60人態勢で犯人を追っている。被害にあった図書館の防犯カメラはほとんどあてにならず、図書館のホームページにアクセスしたすべての履歴、いわゆるビッグデータを解析している最中だそうだ。

 日本テレビは、今日3月13日朝、「豊島区南池袋にある書店で、先月22日、店内に無断でビラを貼ったとして建造物侵入の疑いで逮捕された30代の無職の男が、図書館で書籍を破ったことについて認める供述をはじめていることがわかった」と報じた。

 これが本ボシで背後関係のない単独犯なら、日本当局にとっては無難な決着となる。仮に、「内外」の「内」による犯行だった場合、安倍政権はどう処理するのだろう。仮に「外」つまり某国の仕業となれば、外交上、極めてむずかしい立場になる。現今の国際情勢を考えると、証拠を提示し名指し批判できるかどうか。後のふたつのケースでは、「日本当局による逆謀略だ」と騒ぎ立てるのではないか。

 ダーナは、きっと美人に育っているだろう。日本でこんなことが起きてごめんね。

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アンテナは角度のちがうものが2,3本は要る

 羽生結弦選手が表彰台で金メダルをかけてもらい、真ん中に掲揚される日の丸をみつめながら君が代を歌う。日本にとってソチ五輪のハイライトであり、テレビ画面の前で感動を新たにしたひとも多かっただろう。未明のことで、ぼくは寝ていたが。

 その感動の裏で、変なことが起きていたそうだ。月刊誌WLL2014年4月号によると、この君が代シーンを、日本の民放では日本テレビ(読売系)とフジテレビ(フジ産経グループ)は流したが、テレビ朝日、TBS(毎日系)は流さなかったという。

 前日の男子フィギュア決勝直後、羽生選手は日の丸をまとってリンクをウィイニング滑走した。読売や日経などはその写真を大きく載せたが、朝日と毎日は日の丸が映った写真を一面で使わなかったという。特に、朝日は社会面やスポーツ面などすべてのページで、日の丸シーンを使わなかった。たまたまではなく、ロンドン五輪でもおなじだったそうだ。

 戦後ずっと、日の丸・君が代拒否運動が左派によって行われてきた。根拠は「国旗でも国歌でもないから」とされた。1999年に国旗国歌法が公布され、正式に国旗・国歌として定められると、反対運動も自然消滅した・・・はずだった。だが、一部ではまた頭をもたげ社会は左傾化してきているのだろうか。

 それにしても、同胞の選手がオリンピックで金メダルを取ったのに、映像や紙面から国旗・国歌を“削除”するメディアなど他国にあるだろうか。ぼくは寡聞にして知らない。

 オリンピックは、サッカーW杯などとともに国威発揚の場とされ、なかでも中国や韓国はヒステリックなまでにメダルにこだわる。日本のメディア事情のようなことが万一起きれば、テレビ局や新聞社への暴動に発展するのではないか。

 メディアリテラシーという言葉がある。「メディアが伝える情報を識別・評価する能力」のことだ。「メディア教育」と呼びカリキュラムに取り入れるよう政府が指定している先進国も多い。

 たとえば朝日を購読し、ニュースはテレ朝やTBSと決めているひとは、知らず知らずのうちに左に偏った情報を脳裏に刻まれている恐れがある。逆に右の場合もありうるが、こういうのをメディアリテラシーの欠如と呼ぶ。

 オリンピック報道に限ったことではない。安倍政権が憲法解釈を見直し行使容認に動いている集団的自衛権の問題でもそうだ。朝日をはじめとする左派メディアは、反対を唱えている。

 批判の根拠のひとつとされたのが、「中韓が反対、反発しているから」というものだ。でも、これは変な理屈だ。慰安婦の像をアメリカに建立することに日本政府が異を唱えているからという理由で、韓国政府に中止を求める韓国メディアがあるだろうか。特に、共産党独裁下の中国が日米同盟の緊密化に反対するのは当たり前ではないか。

 ぼくは保守的な読売と左派メディア共同通信に加盟する山陰中央新報を購読し、さらにネット上で、内外の十数にのぼる新聞電子版無料記事をチェックしている。だから、いま世界と日本でだいたいどんな論調があるかを立体的にとらえることができる。

 実は、安倍政権の姿勢を冷静に分析し評価している有力な海外メディアも少なくない。その一例がアメリカのウォールストリートジャーナル(WSJ)だ。世界中の経済、市場関係者が熟読する新聞だから、政治的先入観をできるだけ排除した視点で書いていて信頼できる。マクロの経済や市場は、情緒などでは動いていないからだ。

 朝日などは集団的自衛権について、「世界中でのアメリカの戦争に巻き込まれる」と情緒的に反対する。だが、WSJの2月6日付け社説は、「日本には集団的自衛権が必要――アジアの民主主義に貢献」というタイトルで真逆の論陣を張っている。

 「集団的自衛権とは何か、なぜそれが重要なのだろうか。日米安保条約に基づき、米軍は日本が攻撃を受けた際に日本を支援することになっているが、その逆の義務はない」「米国に向けて発射された北朝鮮の核ミサイルが日本の上空を通過しても、迎撃ミサイルを装備している日本の軍艦は何もできず見ているしかない」「米国は過去に日本に対して、そうした問題に終止符を打つため集団的自衛権に向け取り組みを進めるよう促してきた」

 こう述べたうえで、アジアには東南アジア諸国連合(ASEAN)があるが、安全保障のための地域機構としての実効性はなく、「日本が率いる民主主義国の連合は、中国から迫り来る独裁主義に対峙する一段と有効な勢力となりうる」とする。そして、「安倍首相は、日本をアジアで主導的役割を果たすことのできる正常な国にしようとする取り組みにおいて称賛に値する」と断言する。ちょっと褒めすぎの感はあるが。

 オバマ米政権は、「もう世界の警察官はしない」と国際社会で“引きこもり”傾向にある。集団的自衛権について、朝日は「日本に関係のある国が攻撃されたとき、自衛隊が反撃に加勢する権利である」と社説で書いた。だが、逆に、日本が危機に直面したさい「アメリカを巻き込み」支援してもらうためにこそ必要だ、というほうがより現実的な話だ。

 メディアリテラシーを向上させるのは、そう難しいことではない。意識的にちがう新聞、ちがうチャンネルをのぞくよう心がければいい。いわゆる大衆は、マスメディアが何と言おうと偏向しようと、バランス感覚を持っているものだ。ユヅくんが金メダルを取ればうれしいし、日の丸をまとい、あるいは君が代を歌えば、胸が熱くなるのが自然だろう。

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