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こんなひとに会いたい、という思いがかなった

 青黒い日本海に雪が舞っていた。高台から見ると、短い防波堤に囲まれた小さな港にはわずか3隻の漁船が停泊しているだけだった。

 出雲平野の真ん中にあるわが家から車で35分走り、島根半島の低い峠を越えたところに、地合(ちごう)町があった。景色は一変しまるで別世界で、かみさんは「旅行に来たみたい」と言った。出雲市の東端にあり松江市に隣接する。

 出雲へUターンしてもうすぐ半年になる。家のメンテナンスなどをしてくれている大工さんが、これまで2回、サザエやアワビを届けてくれた。地合町の漁師の家の改築を請け負った関係で、安く手に入るのだと言った。

 どうせ出雲で暮らすのなら、美味くて安い海産物を食べたい。大工さんに漁師さんの連絡先を聞くと、すぐに携帯電話で漁師佐藤さんにかけてくれた。ぼくは、あさって午前に行きますからサザエを売ってください、と頼んだ。

 かみさんにハンドルを任せ、聞いた住所番地をカーナビに入力して出発した。眼病に霊験あらたかとされる一畑薬師の山裾を通って峠へ向かう。対向車とすれちがいもできない細い道を通り抜け、やっと海側に出た。カーナビは目標に近づくと案内をやめてしまい、適当な家のチャイムを押して「神社隣の佐藤さん宅」を尋ねた。

 2軒で聞いて、ようやく神社の鳥居が見える位置までたどり着いた。大工さんが話していた通り、佐藤さん宅は断崖にへばりつくような集落のなかにあった。愛車は崖上の道路に停め、コンクリートの急な石段を歩いて訪ねるしかない。

 よくこんな所に家を建てたなと思いながら玄関で声をかけると、佐藤さん夫婦が待ちかねてくれていた。挨拶の言葉を交わすなかで、奥さんはぼくと同じ地区の出身とわかった。つまり、同じ小学校の卒業生だ。生まれ年を聞くと、ぼくと一緒だった。学年は1クラスだったから同級生ということになる。だが、奥さんの顔をよくよく見ても思い出せない。向こうもぼくを覚えていないという。何しろ、卒業してからもう48年も経つ。

 まずは浜へ、と佐藤さん夫婦が乗る軽トラの後を愛車でついて行った。ゆるやかな下り道を大回りし、漁港についた。サザエはひとかかえほどの青い樹脂コンテナに入れて海に沈めてあった。夫婦はロープを引っ張ってそれを引き揚げ、カバーを開いてくれた。

 かみさんとふたりで食べるだけだから、そうたくさんはいらない。「刺身にできる大きめのを4個と壺焼き用のを10個ください」。余れば煮サザエにしておけば日持ちする。「2個、おまけしときます」。地合町で漁師をしているひとは11人だけだそうだ。定置網漁のときは人手がいるので、他地区から応援のひとを呼ぶのだという。

 奥さんは、漁港に建つ漁協の小さな建物にサザエを運んで重さを量った。浜値だからスーパーで買うより2割は安いかなと思い1600円くらいだろうと思った。「それじゃ、全部で900円になります」。えっ!? 思わずかみさんと顔を見合わせた。

 ご主人は、別の場所で海につけてあったコンテナからナマコを持って来て「これはサービスです」とぼくに渡してくれた。手頃な大きさのが5つも入っている。これだけの鮮度のものは出雲のスーパーでもなかなか手に入らないし、買えば1匹で200円はするはずだ。いくら同級生とはいえ・・・。かみさんが、申し訳なさそうに1000円札を出しおつりの100円玉を受け取った。

 「お茶でも飲んでいきませんか?」。それじゃあと佐藤さん宅に行き、こたつにあたった。奥さんはコーヒーを煎れ、近所からもらったという伊勢の赤福を出してくれた。そして棚から、小学校の同級生で開いた還暦祝いの写真を取り出した。去年の正月のだ。ぼくも幹事役のひとから電話をもらったが、正月に出雲へ帰省する予定はなく断った。

 すぐに名前を思い出す友だちがいるし、まったく記憶にない顔もある。同じホテルで四十二の厄年払いを行ったときの写真もついていた。こっちのほうはぼくも参加したからよく覚えている。18年の歳月は大きい。みんな年を取ったな。でも、恩師の高橋先生はちっとも変っていない。もう87歳くらいだそうですよ、と奥さんが言う。写真のほかに名簿もあった。ぼくの名前も載っていたが、住所は厄年のときのマンションのままだった。

 ご主人(65)は、いかにも海の男らしく日に焼け、とても気さくだった。7,8月は甘鯛漁で忙しいが、冬は海が荒れて漁はむずかしく、長年、日本酒を作る杜氏の仕事で鳥取県や広島県へ出稼ぎに行っていたそうだ。

 東京の料理店でもいけすの活サザエは口にできる。でも、大工さんにもらって食べたのはどこか味がちがった。その理由をご主人の言葉で納得した。「コンテナに入れているだけじゃ痩せて味も落ちますから、アラメを餌にやってます」。アラメはコンブに近い海藻のことだ。海にしばらく浸けておくことでサザエの体内の砂が排斥され、じゃりじゃり感がなくなるという。「アワビも食欲旺盛でアラメの太い茎も食べ尽くしますよ」

 農家から嫁いできた奥さんは、「最初はまったくちがう仕事でとまどったが、40年近くやってますから慣れましたよ」と言う。漁には夫婦で船に乗るそうだ。赤福を食べながらふたりのやりとりを聞いていると、いかにも長年連れ添った夫婦だ。夫唱婦随とはこういうことをいうのだろう。いや、婦唱夫随かもしれない。

 出雲に帰ったらこんなひとに会いたい、という思いがかなったように感じた。

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