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アンテナは角度のちがうものが2,3本は要る

 羽生結弦選手が表彰台で金メダルをかけてもらい、真ん中に掲揚される日の丸をみつめながら君が代を歌う。日本にとってソチ五輪のハイライトであり、テレビ画面の前で感動を新たにしたひとも多かっただろう。未明のことで、ぼくは寝ていたが。

 その感動の裏で、変なことが起きていたそうだ。月刊誌WLL2014年4月号によると、この君が代シーンを、日本の民放では日本テレビ(読売系)とフジテレビ(フジ産経グループ)は流したが、テレビ朝日、TBS(毎日系)は流さなかったという。

 前日の男子フィギュア決勝直後、羽生選手は日の丸をまとってリンクをウィイニング滑走した。読売や日経などはその写真を大きく載せたが、朝日と毎日は日の丸が映った写真を一面で使わなかったという。特に、朝日は社会面やスポーツ面などすべてのページで、日の丸シーンを使わなかった。たまたまではなく、ロンドン五輪でもおなじだったそうだ。

 戦後ずっと、日の丸・君が代拒否運動が左派によって行われてきた。根拠は「国旗でも国歌でもないから」とされた。1999年に国旗国歌法が公布され、正式に国旗・国歌として定められると、反対運動も自然消滅した・・・はずだった。だが、一部ではまた頭をもたげ社会は左傾化してきているのだろうか。

 それにしても、同胞の選手がオリンピックで金メダルを取ったのに、映像や紙面から国旗・国歌を“削除”するメディアなど他国にあるだろうか。ぼくは寡聞にして知らない。

 オリンピックは、サッカーW杯などとともに国威発揚の場とされ、なかでも中国や韓国はヒステリックなまでにメダルにこだわる。日本のメディア事情のようなことが万一起きれば、テレビ局や新聞社への暴動に発展するのではないか。

 メディアリテラシーという言葉がある。「メディアが伝える情報を識別・評価する能力」のことだ。「メディア教育」と呼びカリキュラムに取り入れるよう政府が指定している先進国も多い。

 たとえば朝日を購読し、ニュースはテレ朝やTBSと決めているひとは、知らず知らずのうちに左に偏った情報を脳裏に刻まれている恐れがある。逆に右の場合もありうるが、こういうのをメディアリテラシーの欠如と呼ぶ。

 オリンピック報道に限ったことではない。安倍政権が憲法解釈を見直し行使容認に動いている集団的自衛権の問題でもそうだ。朝日をはじめとする左派メディアは、反対を唱えている。

 批判の根拠のひとつとされたのが、「中韓が反対、反発しているから」というものだ。でも、これは変な理屈だ。慰安婦の像をアメリカに建立することに日本政府が異を唱えているからという理由で、韓国政府に中止を求める韓国メディアがあるだろうか。特に、共産党独裁下の中国が日米同盟の緊密化に反対するのは当たり前ではないか。

 ぼくは保守的な読売と左派メディア共同通信に加盟する山陰中央新報を購読し、さらにネット上で、内外の十数にのぼる新聞電子版無料記事をチェックしている。だから、いま世界と日本でだいたいどんな論調があるかを立体的にとらえることができる。

 実は、安倍政権の姿勢を冷静に分析し評価している有力な海外メディアも少なくない。その一例がアメリカのウォールストリートジャーナル(WSJ)だ。世界中の経済、市場関係者が熟読する新聞だから、政治的先入観をできるだけ排除した視点で書いていて信頼できる。マクロの経済や市場は、情緒などでは動いていないからだ。

 朝日などは集団的自衛権について、「世界中でのアメリカの戦争に巻き込まれる」と情緒的に反対する。だが、WSJの2月6日付け社説は、「日本には集団的自衛権が必要――アジアの民主主義に貢献」というタイトルで真逆の論陣を張っている。

 「集団的自衛権とは何か、なぜそれが重要なのだろうか。日米安保条約に基づき、米軍は日本が攻撃を受けた際に日本を支援することになっているが、その逆の義務はない」「米国に向けて発射された北朝鮮の核ミサイルが日本の上空を通過しても、迎撃ミサイルを装備している日本の軍艦は何もできず見ているしかない」「米国は過去に日本に対して、そうした問題に終止符を打つため集団的自衛権に向け取り組みを進めるよう促してきた」

 こう述べたうえで、アジアには東南アジア諸国連合(ASEAN)があるが、安全保障のための地域機構としての実効性はなく、「日本が率いる民主主義国の連合は、中国から迫り来る独裁主義に対峙する一段と有効な勢力となりうる」とする。そして、「安倍首相は、日本をアジアで主導的役割を果たすことのできる正常な国にしようとする取り組みにおいて称賛に値する」と断言する。ちょっと褒めすぎの感はあるが。

 オバマ米政権は、「もう世界の警察官はしない」と国際社会で“引きこもり”傾向にある。集団的自衛権について、朝日は「日本に関係のある国が攻撃されたとき、自衛隊が反撃に加勢する権利である」と社説で書いた。だが、逆に、日本が危機に直面したさい「アメリカを巻き込み」支援してもらうためにこそ必要だ、というほうがより現実的な話だ。

 メディアリテラシーを向上させるのは、そう難しいことではない。意識的にちがう新聞、ちがうチャンネルをのぞくよう心がければいい。いわゆる大衆は、マスメディアが何と言おうと偏向しようと、バランス感覚を持っているものだ。ユヅくんが金メダルを取ればうれしいし、日の丸をまとい、あるいは君が代を歌えば、胸が熱くなるのが自然だろう。

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