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『アンネの日記』を破るいやーな事件

 うちの娘に初めてできた外国人のお友だちは、イスラエル人のダーナという肌の透き通るほど白い美少女だった。わが家がドイツのボンで暮らしはじめた、ふた昔前のことだ。

 息子(6)はアメリカンスクールの小学部に転入し、娘(5)はその幼稚園部に入り、外交官の娘ダーナと知り合った。うちの娘はまだ英語などまったく分からなかったが、なぜかダーナと気があい、自宅を行き来して遊ぶようになった。「どうやってコミュニケーション取ってるのかしら」とかみさんが不思議がっていた。

 わが家族が住むマンションの隣の世帯には、イスラエル大使館の警護官をしている一家がいた。マンションはカギの字型の建物で、わが家のベランダから隣の部屋のなかまでよく見えた。ある夕方、キッパーと呼ばれる丸い帽子をかぶった人たちが隣家にたくさん集まり、何か儀式をしていた。あとで聞くと、有名なユダヤ教の『過ぎ越しの祭』をしていたのだった。

 ぼくたちは、国際色豊かなボンでいろんな国の人たちと穏やかに暮らしていた。イスラエルなどから来たユダヤの人たちも、そのなかに自然に交じっていた。

 ナチス・ドイツによるユダヤ人迫害を子どもの視点で描いた『アンネの日記』や関連書籍300冊以上が、2014年2月、東京都内などの図書館や書店で破られた。そのニュースを聞いて、何ともいやーな気持ちになった。

 ぼくは、ボンに住んで以来、アンネの写真を見るたびにダーナを連想するようになっていた。すごく似ているというほどではないが、いたいけでしかも芯がしっかりしていそうな面影が重なるように思うのだ。もちろん、おなじユダヤの少女だからということが一番の理由だが。

 この事件を聞いてすぐ、自分なりの犯人像を描いてみた。まず浮かんだのは、深く考えもせずナチズムに感化された日本人青年の単独犯だ。友だちもなく世間から孤立した跳ね上がり分子をイメージした。

 週刊新潮3月6日号で、上智大学名誉教授の福島章氏は「ナチズムやネオナチの思想に傾倒している者の犯行」とみて、「40~50代の単独犯」と考えていた。この号では、日本版ネオナチ『国家社会主義日本労働者党』にも取材している。山田一成代表は「私の仲間や周辺でやったという話はまったく聞いていません」と答えている。

 党のウェブサイトを開くと、「わが党では一刻一秒でも早く民主党政権の崩壊を待ち望んでいる」という語句がある。つまり、いつ更新したのか分からないほど古い。党員は約20人だそうだが、最近はほとんど活動実態はないのではないか。ぼくが知っているネオナチの特徴としても、こんな書籍破り捨て事件を起こすとはちょっと考えにくかった。

 別の犯人像として、事件によって誰が得をするかという視点からも考えてみた。すると、「日本は、安倍政権のもと右傾化している」と批判する個人または組織が浮かぶような気がした。「ほら、こんな陰湿な事件まで起こった。だから右傾化してると言ったでしょ」と。そういう勢力による、自作自演の可能性は捨てきれないと思った。

 週刊新潮の翌3月13日号では、数学者でお茶の水女子大学名誉教授の藤原正彦氏が、エッセイでこの問題を取り上げた。藤原氏もアメリカ生活でのユダヤ人のとさまざまな体験を綴り、「今回の事件が、先進国中で我が国ほど反ユダヤ主義の薄い国は珍しい、という誇るべき国柄を傷つけかねない」と心配している。

 そして「今回の事件は日本では極めて起こりにくいものだ。日本の右傾化を世界に印象づけ、安倍首相をヒットラーになぞらえたい人々が内外にいることも、邪推であろうが気になってしまう」と結んでいる。「内外に」というところがポイントだろう。

 週刊新潮の本文記事には、政府関係者のコメントとして、「この時期に事件が発覚したのは、安倍政権にとって最悪かもしれない。海外の諜報機関の謀略じゃないかと勘ぐりたくもなります」とある。

 折しも3月24日から、アンネの祖国オランダで核サミットが開かれ、安倍首相も参加する。「席上、中国や韓国が切り裂き事件を歪曲して“悪用”する恐れがある」という匿名政治部記者の談話も、週刊新潮は紹介している。

 警視庁は杉並署に捜査本部を設置し本庁捜査一課中心の60人態勢で犯人を追っている。被害にあった図書館の防犯カメラはほとんどあてにならず、図書館のホームページにアクセスしたすべての履歴、いわゆるビッグデータを解析している最中だそうだ。

 日本テレビは、今日3月13日朝、「豊島区南池袋にある書店で、先月22日、店内に無断でビラを貼ったとして建造物侵入の疑いで逮捕された30代の無職の男が、図書館で書籍を破ったことについて認める供述をはじめていることがわかった」と報じた。

 これが本ボシで背後関係のない単独犯なら、日本当局にとっては無難な決着となる。仮に、「内外」の「内」による犯行だった場合、安倍政権はどう処理するのだろう。仮に「外」つまり某国の仕業となれば、外交上、極めてむずかしい立場になる。現今の国際情勢を考えると、証拠を提示し名指し批判できるかどうか。後のふたつのケースでは、「日本当局による逆謀略だ」と騒ぎ立てるのではないか。

 ダーナは、きっと美人に育っているだろう。日本でこんなことが起きてごめんね。

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