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2014年4月

地方紙はガンバッテいる

 日本のどこかの地方へ出張したり旅行したりしたとき、必ず地元紙を買うかホテルのロビーに備えてあるのを読む。視点をできるだけたくさん持つためだ。

 海外へ行っても、英語またはドイツ語の新聞があれば、買って読む。日本へ持ち帰って資料とすることも少なくない。たかが新聞だが、そこでしか手に入らない情報がある。

 ドイツ・ミュンヘンでは、スタンドで極右新聞を何種類も売っている。目を疑うような内容で、日本にはそもそもそんな新聞は出回っていないが、ドイツにはそれだけ超保守的な一面がある。日本の左派知識人はそういう事情を知りもしないで、ドイツを「ナチスの過去を清算したリベラルな先進国」として持ち上げてきたのだから、ある意味お笑い草だ。

 日本にはなぜか、世界で唯一、何百万部も発行している大きな新聞社がいくつもある。活字メディアがどうしたこうしたというときは、たいてい、そうした大新聞のことが取り上げられる。その陰で、各地にはそれなりの影響力を持つ地方紙がある。

 週刊誌も東京で発行されているから、地方のことはほとんど取り上げない。しかし、週刊ポストの2014年4月18日号は、珍しく地方紙特集をした。その主見出しがなんとなく笑っちゃう。

 「がんばれ、負けるな!地方新聞」

 そして、「あなたたちこそ、この国の新聞ジャーナリズムの希望である」とつづく。思いっきり持ち上げられた地方紙の記者のみなさんは、こそばゆいかもしれない。だが、もともと、週刊誌と地方紙は親和力がある。週刊誌は、いかに大マスコミつまり全国紙やテレビキー局とちがう分野や角度の記事を書くかが勝負で、その点では地方紙もおなじだからだ。

 だからというか、週刊ポストの書き出し(リード)もこうだ。「安倍政権にべったりのこの国の大新聞報道に失望するのはまだ早い。我が国には47都道府県それぞれの『現場』に根ざした地方紙が残っている」

 ぼくは読売新聞の出身だが、東京本社に所属していた割には海外勤務が主で、悪名高い日本の中央省庁の記者クラブにはほとんどいたことがない。だからはっきり言えることがある。記者クラブ発の記事はくだらない。日本で言う意味での記者クラブなど海外にはないし、おなじ内容を横並びで報道することもほとんどない。

 インドとドイツで特派員をしていたとき、「さすがにこの大ニュースは全紙載せるだろう」と思っても、平気で無視する新聞があった。ドイツの一般紙ヴェルトの記者がぼくのオフィスに遊びにきたとき、その理由を聞いてみた。彼は、逆に、ぼくから日本の新聞事情を聞いて驚いていた。「そういう横並びみたいな発想はぼくらにはないね。オリジナリティのない新聞なんてすぐにつぶれるから」

 最近、仕事の必要から日本のメディア史の本をいくつか読んでいる。新聞の横並びというのは、少なくとも明治時代からあったようだ。

 さて、週刊ポストは、計11の地方紙の活躍ぶりを紹介している。そのひとつが、島根県松江市に本社がある山陰中央新報だ。昨秋、出雲へUターンしたぼくも地元情報を仕込むために購読している。特集にあるリストによると、発行部数は17万部で県内シェアは66.2%だという。カバーエリアは島根、鳥取両県にまたがる。

 週刊ポストは、その山陰中央新報が、竹島問題でひとり気を吐いている点を高く評価している。国が及び腰で全国紙も一部をのぞき強い主張はしないからだ。今年1月6日の紙面では、日本外務省が、1947年6月、竹島の領有権をアメリカに対して主張した文書が、いま、アメリカ国立公文書館で公開されていることを「スクープ」したと紹介した。

 公開されている文書について「スクープ」というのもヘンかもしれないが、ともかく、山陰中央新報は、竹島周辺で島根県の漁民が漁をしていた証拠などの発掘記事をよく載せている。ポストの特集で知ったのだが、あるひとりの名物記者がガンバッテいるのだそうだ。その記者の同僚のコメントがいい。「“国がやらないなら”“全国紙が取り上げないなら”俺がやってやるという気概が感じられます」

 週刊ポストは、地方紙の課題や問題点にはふれていないが、欠点もあるにはある。地方紙は、当然ながら全国や海外に取材網を持ってはいないから、記事の多くは通信社が配信する原稿をそのまま使う。

 山陰中央新報は、竹島問題では日本メディアの最右翼になるわけで、実際、韓国では右翼新聞だと思われているようだ。それもあり、加盟している左派・共同通信の記事を使うとちぐはぐ感はぬぐえない。4月5日には、「小学校社会の教科書に全ての出版社が竹島と尖閣諸島をめぐる問題を記述することになった」と伝え、その理由として、「愛国心育成を重視する安倍政権への配慮と同時に、(保守派からの圧力で?)経営面で苦境に追い込まれたくない出版社側の事情も透けて見える」と報道した。

 こういう書き方をする共同は、安倍政権を気にくわないと思っていることが、それこそ「透けて見える」わけだが(~_~;)。

 竹島を抱える山陰中央新報は、尖閣諸島を抱える琉球新聞と、合同企画『環(めぐ)りの海』を62回にわたって連載し、2013年度の新聞協会賞を受けたそうだ。やるじゃん。

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卯月のころ、出雲風LOHASの日々

 母の実家が改築をして、お披露目会に招待された。施設にいる母と息子家族と暮らしている叔母を愛車でピックアップし、予定より早くついた。母の兄妹もちょうどやって来た。

 離れを全面改築したと聞いていたが、母屋の玄関とその奥もリニューアルし洋間ができていた。この家には、いとこ夫婦と息子さんが住んでいる。

 ひととおり見て回り、他界した伯父、伯母の仏前に線香をあげてから、木の香も新しい洋間でお昼をごちそうになった。ふんだんに玉子を使った太巻きや、日本海の幸を惜しげもなく乗せたチラシ寿司などが並んだ。珍しかったのは、松露だった。野鳥や植物の知識で有名なプロであるいとこが、自分で栽培しているという。

 松露は、アカマツ、クロマツなどの下で生息する指の先ほどの丸いキノコで、ニュージーランドでは食用菌として栽培されているそうだ。日本でも本州、四国、九州で見つかるが、栽培しているひとは滅多にいないだろう。その貴重な松露をおすましでいただいた。

 母の兄妹はかなりの年になったが、気持ちだけは元気で、よく食べよくしゃべっていた。ひととおり食べたころ、ぼくとかみさんは、いとこに「せっかく田舎生活するなら山菜も楽しまなきゃ」と、採集に連れ出された。

 出雲にUターンする前に住んでいた東京郊外に、山菜を新潟新幹線でわざわざ採りに行く奇特な友だちがいて、ワラビや、コシアブラ、ネマガリタケ(姫竹)などを、季節になるとどっさりもらって食べていた。

 でも、考えてみれば、郷里で山菜採りをした記憶はほとんどない。今日は、その道のプロの案内だから、スマホのメモ帳を開いて一つひとつ記録を取りながら歩いた。

 いとこの家は山裾にあり、周囲は山菜の宝庫だ。小さいころ母に連れられて遊びに来て、いとこたちと山を駆けめぐり川で水浴びをした記憶がよみがえった。

 最初にいとこが採り方を教えてくれたのがユキノシタだった。雪の下と書くらしく、文字通り地面に這うようにハート型の斑入りの葉を広げている。4月中旬のこの季節は、山菜があれもこれも食べごろといい、ユキノシタもむしろ大きめのほうがうまいらしい。

 こんなのも食べるの、と驚いたのがビワの葉だった。長さ15~20センチくらいの若芽を摘んだ。ヤブツバキの花は、ガクをはずして花を縦に二等分し外側に衣をつけて天ぷらにすると、見た目もきれいで美味いそうだ。

 お茶でも知られるクコ、葉っぱの真ん中に花があるハナイカダ(花筏)も食べられるという。信州育ちのかみさんは、山菜、野草の名前をけっこう知っていて、いとこから「検定合格」と褒められた。

 意外性という点では、ツクシの育ったスギナやカラスノエンドウも食用になるという。わが家の周囲にもたくさん生えているが、あまりにも雑草っぽくて知識がなければ食べる気にはならない。

 「出雲のほうは昔から、飢饉などで食物に困ったことがほとんどないから、山菜文化はあまり発達していない。その点では東北などのほうがよく食べられている」。いとこの説明に納得する。シャク、リョウブなど聞いたことのない植物も採集した。

 ビニール袋にどっさり入れて持ち帰った。その夕方、家に出入りしている大工さんから電話があり「いまタケノコを掘ったから持ってくよ」。今季2度目だ。

 天ぷらを揚げながら食べるよう卓上コンロを出した。かみさんが手早く衣を作り、ぼくが一つひとつ植物名を確認して揚げ、味や食感をメモしていく。どれも、いとこが推薦してくれたものだから、ちょっとした野性味と独特の風味がある。

 「料理民宿で“春の山菜てんぷら揚げたてコース”って売り出したら、都会のひとが喜びそうだね」。厚みがあり柔らかくて特に美味なのがビワの若葉だった。ヤブツバキも甘い香りがあって上品だ。このレベルだと高級料亭で結構な値段をつけられそうに思える。スギナは筋っぽいかと思ったら、柔らかくてなかなかいける。

 堀りたてのタケノコもかみさんの実家から送ってもらったフキノトウも揚げて、端からぱくついた。出雲にもフキノトウは生えているがほとんど誰も見向きもしないし、信州産のほうが大きくて風味が強い。ぼくの大好物だ。

 それにしても、天ぷらを発明した日本人の偉大さを改めて感じた。かつて、外国人が知っている日本食は「スシ」「テンプラ」と相場が決まっていたが、いま、世界の普及率ではスシが圧倒している。天ぷらも追い上げて欲しい。

 ペットのウサギRANAにも生の山菜をいろいろ与えてみた。スギナは食べたがヨモギにはそっぽを向いた。ヨーロッパ種のウサギなのに、大好物は稲穂とシクラメンの花だ。どっちも飛びついて食べる。稲は、近所で稲刈りをしたあとの株から伸びた二番穂を、昨秋、かみさんが刈って大量に保存している。

 翌日の夕食は、いとこの指示通り、ハナウド、ヤブカンゾウなどをおひたしにして食べた。それぞれ味と食感が微妙にちがうが、なるほどこれはおひたしに合うと感心した。

 山菜料理の白眉はノビル入り油味噌だった。かみさんにとって信州の“おふくろの味”だという。ご飯がすすみすぎるのが怖い。いとこはこの調理法を知っているだろうか。

 「なんか、テレビの『0円生活』みたい」とかみさんが言う。これぞ、ロハスでしょ。

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大震災が起きて、出雲はどうなったか

 風が吹けば桶屋がもうかる。大震災が起きて出雲がもうかる。被災したひとたちにはほんとに申し訳ないが、どうやらそれは事実らしい。

 東日本大震災以降、ひとりで生きていることになんとなく不安になり結婚を望むひとが多くなった、とさまざまなメディアが伝えた。そんなもんかなぁと思っていたが、ブライダル産業もどうやら盛況だそうで、それに関しては結構なことだろう。

 そして、婚活、いや縁結びと言えば、なんと言っても出雲となる。出雲大社(島根県出雲市大社町)はもちろんのこと、スサノオノミコトとクシナダヒメの“愛の巣”ともいえる八重垣神社(松江市)なども、いまや縁結びのパワースポットとして全国からひとが押し寄せている。

 島根県は、2010~2013年度の4年間にわたって展開した観光キャンペーン『神々の国しまねプロジェクト』の成果を誇らしげに発表した。プロジェクトでは、首都圏などで「しまね」「出雲」を売り込む人海戦術などを官民あげて行ったそうだ。

 努力は報われる。4年間で島根を訪れるひとをのべ500万人増やそうと目論んでいたが、じっさいに来てくれたのはその倍以上の1170万人だったという!

 キャンペーンは漠然と企画されたわけじゃなかった。2012年が古事記編纂1300年に当たるため、出雲大社周辺で『神話博しまね』を開催した。ぼくは、まだ、出雲へUターンする前だったが、かみさんと帰省したおりに行ってみた。田舎でやることだから、せいぜい県内や近隣県のひとが来るだけじゃないか、と侮っていた。だが、どうしてどうして、臨時駐車場には石川や熊本、千葉ナンバーなどの車もあり、かなり広範囲にわたってキャンペーンが効いていた。

 島根県教育委員会が主催する文化事業かと思ったら、観光振興課が仕組んだ観光客誘致が目的のイベントだった。ヘンにお勉強臭くないのが良かったかもしれない。

 そして、強烈なインパクトをもたらしたのが2013年春からいまもつづく出雲大社の本殿遷座祭、いわゆる『60年に一度の大遷宮』だ。大遷宮で神様の住む社を新しくすると御利益もいちだんとパワーアップする、という言い伝えがまことしやかに広められた。

 出雲大社の主祭神・大国主命は、あまり知られていないがヘビの神さまだ。というか、この列島をヤマト王朝が支配する前に崇められていた神々はほぼすべてヘビまたは竜の化身だった。

 ぼくの私見だが、神社は木造建築だから一定期間後に建て替えなければならないとしても、建物を新調する遷宮の宗教的な意味はヘビの脱皮から来ているんじゃないかと思う。

 そもそもなぜ、古代日本でヘビが神と崇められたか。脱皮して成長する姿に超自然的な霊力をみたから、という民俗学者もいる。

 さて、結婚願望の女の子たちが出雲ブームの引き金を引いたかどうかは知らないが、出雲大社門前町の神門通りや境内には、これまでにみたこともないほどの善男善女があふれた。その陰では、首都圏のメディアに働きかけたり、女性をターゲットにした旅行商品をふやしてもらったりするなど、みんなで知恵と汗を絞ったそうだ。たしかに、ここ数年、テレビの全国放送でも出雲がらみの番組が格段にふえた。

 ぼくがみるところ、出雲人は押しが弱く引っ込み思案で創意工夫もあまり得意じゃないが、やればできるじゃないか。60余万人しか人口のいない島根県で、4年間のべ1170万人の観光客増加というのはやっぱりすごい。大遷宮だけで経済効果は約300億円というニュースもあった。

 ただ、出雲観光最大の目玉である出雲大社のお膝元では、それほどお金が落ちていない。一番お金を使うのは土産物ではなく宿泊と飲食だが、大社町には観光ホテルがなく老舗旅館が数軒あるだけだ。大半の観光客は玉造温泉などへ流れたとされる。ある大社町民が嘆いていた。「温泉を掘り当てホテル、旅館をぼんぼん建てればお金が落ちるじゃないか、とボーリングしたんですけど、結局、お湯は出なかったね」

 大震災は、宗教心とはおよそ関係ない現象も生んだらしい。仕事でちょっと読みたい記事があって週刊『FLASH』2014年4月15日号を買った。そこに「日米韓中の不倫徹底比較」という特集があった。離婚問題アドバイザーとかいう人物がこんなコメントを寄せている。

 「震災以降、『世の中何が起こるかわからない』という空気が流れました。そこで、一人身の女性が『誰かにすがりたい』という気持ちから不倫に走るケースをよく見ました」

 大震災が起きると独身女は不倫に走る――という三段論法の法則は面白い。不倫女は、奥さんと別れて自分といっしょになって欲しいと思っているが、それを切り出すと男が怒り出すんじゃないかとためらってしまう。アドバイザー氏は語る。「結果、女性がいいように男の人に遊ばれてしまうという現状があるようです」

 また、薄給で激務の「ブラック企業」に勤める若い女性も、常に不安と隣り合わせで不倫に走るケースが増えているそうだ。

 いつの時代も不倫はろくな結果をまねかない。出雲へ来てまじめに婚活したほうが身のためだよ。

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神の存在より宇宙人の存在を信じる、と。

 インド亜大陸の各国を飛行機で移動することが、ニューデリー特派員時代は日常茶飯事だった。機内でCAがひとりずつ入国カードを手渡してくれる。氏名や国籍はもちろんのこと、「宗教」「母親の旧姓」などを書く欄もある。

 旧姓はともかく宗教を何とすればいいのか、慣れないころはちょっと迷った。主観的にはほとんど「無神論者atheist」に近いが、あるベテランの日本人外交官から「この地域では無神論や無宗教という観念はないから、仏教徒と書いておいたほうが無難ですよ」と教えられた。

 神道信者という言葉もないではないが、海外ではほとんど知られていない。仏教がどんな教えか知らなくても、そういう名の宗教があることは、まあたいていの人は知っている。ヒンドゥー教、イスラム教、シーク教、ジャイナ教などインド亜大陸は宗教の坩堝だった。宗教がらみの争いも絶えない。

 そういう経験から、世界は宗教であふれていると思っていたらそうではないようだ。このブログでも前に触れたが、EU全加盟国で行われた2010年の世論調査では、キリスト教の神を信じる人はほぼ半数だった。アメリカでは90%以上が神を信じているとされ、ヨーロッパでのキリスト教離れは想像以上だ。

 敬虔なキリスト教徒は、日曜日に教会のミサへ行く。そこで司祭や牧師の説教を聞き、心の支えとし、人生の導きとするひともいる。教会へは行かなくてもキリスト教の神を信じているひとはたくさんいるだろう。でもいまや、ヨーロッパでキリスト教の神そのものを信じないひとが半数にのぼるとなると、そういうひとたちの心のありようはどうなっているのか気にかかる。

 そのテーマについて現地取材をしたこともないし関連書を読んだこともないので、確かなことは言えないが、たぶん無神論者になるのだろう。実際、アメリカ人記者が、チェコ共和国国民の約4割は無神論者だという記事を書いていた記憶がある。

 すると、そのひとが亡くなってもキリスト教式の葬儀は行わず、無宗教式、たとえば音楽葬みたいなことをするのだろうか。先祖の霊を弔う行事は多くの宗教に共通するが、仏教の法事に当たるものとかは一切ないのだろうか。

 「ヨーロッパすなわちキリスト教文化圏」と日本の教科書には書いてあっても、もはや「キリスト教&イスラム教&無神論文化圏」らしい。

 これは海外だけの話ではない。日本でも、葬式をせず火葬だけして埋骨する「直送」が大都市圏を中心に増えている。日本の仏教や神道では、死亡→通夜→葬儀・告別式→火葬→納骨あるいは死亡→通夜→火葬→葬儀・告別式→納骨というプロセスが一般的だった。直葬ではそういう手続きを省略する。

 ぼくたち夫婦が出雲へUターンするまで住んでいた東京近郊の街では、警察署の庁舎が移転した跡地に立派な葬祭会館ができた。でも、いつ前を通っても人が出入りしている気配があまり感じられない。広い駐車場に停まっている車は数台というときも少なくなかった。

 噂によると、超高齢時代を当て込みさぞ需要が増えるだろうと多額の投資をしたが、直葬が増え、本格的な葬儀・告別式をする遺族が算盤ではじいたほどはいないのだという。

 直葬についての正確な統計はまだないらしい。専門家の推定としてネットに載っている数字をみると、2008年の時点で東京都下の20~30%、地方の5~10%が直葬だ。傾向として、増えることはあっても減ることはないらしい。

 直葬の費用は、あるネット広告によると、17万3000円となっている。本来は生活困窮者や天涯孤独者のためにやむなく行われていたが、現代では一般に広まりつつある。

 なぜ直葬が増えているのだろう。あくまで仮説として次のようなものがあげられている。

 1.平均寿命が伸び、社会的儀礼としての葬式の必要性が薄れた。
 これはちょっと意味が分かりにくい。若者や壮年のひとが死ねば遺族の悲しみも大きく、遺族をなぐさめ死を受け入れやすくするために葬儀が必要だが、いわゆる大往生なら悲しみも比較的少ない、とでも解釈したらいいのだろうか。
 2.格差社会が進み、生活困窮者そのものが増えている。
 3.宗教、とりわけ仏教離れが目立つ。
 宗教観、死生観が急激にかわりつつあるのだろう。
 4.葬式を金銭や時間、手間の点で「ムダ」と考える人が増えている

 ぼくの父(91)は施設に入っていて、朝晩、個室のベッドに腰掛け、わが家の故人3人、つまり父を育ててくれた義理の両親(ぼくの義祖父義祖母)とパーキンソン病で亡くなかった娘(ぼくの姉)の戒名と般若心経を唱えているそうだ。母(84)もすでに臨済宗の戒名を授けてもらっている。両親については、無宗教式も直葬もできないわけだ。

 ぼくは子どもたちに無宗教の音楽葬をしてくれるよう頼んでいて、チャイコフスキーの『悲愴』を2種類用意してある。それに献花でもあれば喜んで旅立つ。

 個人的には、「2012年のイギリスの世論調査で、神の存在より宇宙人の存在を信じる人のほうが多かった」というニューヨーク・タイムズの記事に興味を覚える。

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