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卯月のころ、出雲風LOHASの日々

 母の実家が改築をして、お披露目会に招待された。施設にいる母と息子家族と暮らしている叔母を愛車でピックアップし、予定より早くついた。母の兄妹もちょうどやって来た。

 離れを全面改築したと聞いていたが、母屋の玄関とその奥もリニューアルし洋間ができていた。この家には、いとこ夫婦と息子さんが住んでいる。

 ひととおり見て回り、他界した伯父、伯母の仏前に線香をあげてから、木の香も新しい洋間でお昼をごちそうになった。ふんだんに玉子を使った太巻きや、日本海の幸を惜しげもなく乗せたチラシ寿司などが並んだ。珍しかったのは、松露だった。野鳥や植物の知識で有名なプロであるいとこが、自分で栽培しているという。

 松露は、アカマツ、クロマツなどの下で生息する指の先ほどの丸いキノコで、ニュージーランドでは食用菌として栽培されているそうだ。日本でも本州、四国、九州で見つかるが、栽培しているひとは滅多にいないだろう。その貴重な松露をおすましでいただいた。

 母の兄妹はかなりの年になったが、気持ちだけは元気で、よく食べよくしゃべっていた。ひととおり食べたころ、ぼくとかみさんは、いとこに「せっかく田舎生活するなら山菜も楽しまなきゃ」と、採集に連れ出された。

 出雲にUターンする前に住んでいた東京郊外に、山菜を新潟新幹線でわざわざ採りに行く奇特な友だちがいて、ワラビや、コシアブラ、ネマガリタケ(姫竹)などを、季節になるとどっさりもらって食べていた。

 でも、考えてみれば、郷里で山菜採りをした記憶はほとんどない。今日は、その道のプロの案内だから、スマホのメモ帳を開いて一つひとつ記録を取りながら歩いた。

 いとこの家は山裾にあり、周囲は山菜の宝庫だ。小さいころ母に連れられて遊びに来て、いとこたちと山を駆けめぐり川で水浴びをした記憶がよみがえった。

 最初にいとこが採り方を教えてくれたのがユキノシタだった。雪の下と書くらしく、文字通り地面に這うようにハート型の斑入りの葉を広げている。4月中旬のこの季節は、山菜があれもこれも食べごろといい、ユキノシタもむしろ大きめのほうがうまいらしい。

 こんなのも食べるの、と驚いたのがビワの葉だった。長さ15~20センチくらいの若芽を摘んだ。ヤブツバキの花は、ガクをはずして花を縦に二等分し外側に衣をつけて天ぷらにすると、見た目もきれいで美味いそうだ。

 お茶でも知られるクコ、葉っぱの真ん中に花があるハナイカダ(花筏)も食べられるという。信州育ちのかみさんは、山菜、野草の名前をけっこう知っていて、いとこから「検定合格」と褒められた。

 意外性という点では、ツクシの育ったスギナやカラスノエンドウも食用になるという。わが家の周囲にもたくさん生えているが、あまりにも雑草っぽくて知識がなければ食べる気にはならない。

 「出雲のほうは昔から、飢饉などで食物に困ったことがほとんどないから、山菜文化はあまり発達していない。その点では東北などのほうがよく食べられている」。いとこの説明に納得する。シャク、リョウブなど聞いたことのない植物も採集した。

 ビニール袋にどっさり入れて持ち帰った。その夕方、家に出入りしている大工さんから電話があり「いまタケノコを掘ったから持ってくよ」。今季2度目だ。

 天ぷらを揚げながら食べるよう卓上コンロを出した。かみさんが手早く衣を作り、ぼくが一つひとつ植物名を確認して揚げ、味や食感をメモしていく。どれも、いとこが推薦してくれたものだから、ちょっとした野性味と独特の風味がある。

 「料理民宿で“春の山菜てんぷら揚げたてコース”って売り出したら、都会のひとが喜びそうだね」。厚みがあり柔らかくて特に美味なのがビワの若葉だった。ヤブツバキも甘い香りがあって上品だ。このレベルだと高級料亭で結構な値段をつけられそうに思える。スギナは筋っぽいかと思ったら、柔らかくてなかなかいける。

 堀りたてのタケノコもかみさんの実家から送ってもらったフキノトウも揚げて、端からぱくついた。出雲にもフキノトウは生えているがほとんど誰も見向きもしないし、信州産のほうが大きくて風味が強い。ぼくの大好物だ。

 それにしても、天ぷらを発明した日本人の偉大さを改めて感じた。かつて、外国人が知っている日本食は「スシ」「テンプラ」と相場が決まっていたが、いま、世界の普及率ではスシが圧倒している。天ぷらも追い上げて欲しい。

 ペットのウサギRANAにも生の山菜をいろいろ与えてみた。スギナは食べたがヨモギにはそっぽを向いた。ヨーロッパ種のウサギなのに、大好物は稲穂とシクラメンの花だ。どっちも飛びついて食べる。稲は、近所で稲刈りをしたあとの株から伸びた二番穂を、昨秋、かみさんが刈って大量に保存している。

 翌日の夕食は、いとこの指示通り、ハナウド、ヤブカンゾウなどをおひたしにして食べた。それぞれ味と食感が微妙にちがうが、なるほどこれはおひたしに合うと感心した。

 山菜料理の白眉はノビル入り油味噌だった。かみさんにとって信州の“おふくろの味”だという。ご飯がすすみすぎるのが怖い。いとこはこの調理法を知っているだろうか。

 「なんか、テレビの『0円生活』みたい」とかみさんが言う。これぞ、ロハスでしょ。

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