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神の存在より宇宙人の存在を信じる、と。

 インド亜大陸の各国を飛行機で移動することが、ニューデリー特派員時代は日常茶飯事だった。機内でCAがひとりずつ入国カードを手渡してくれる。氏名や国籍はもちろんのこと、「宗教」「母親の旧姓」などを書く欄もある。

 旧姓はともかく宗教を何とすればいいのか、慣れないころはちょっと迷った。主観的にはほとんど「無神論者atheist」に近いが、あるベテランの日本人外交官から「この地域では無神論や無宗教という観念はないから、仏教徒と書いておいたほうが無難ですよ」と教えられた。

 神道信者という言葉もないではないが、海外ではほとんど知られていない。仏教がどんな教えか知らなくても、そういう名の宗教があることは、まあたいていの人は知っている。ヒンドゥー教、イスラム教、シーク教、ジャイナ教などインド亜大陸は宗教の坩堝だった。宗教がらみの争いも絶えない。

 そういう経験から、世界は宗教であふれていると思っていたらそうではないようだ。このブログでも前に触れたが、EU全加盟国で行われた2010年の世論調査では、キリスト教の神を信じる人はほぼ半数だった。アメリカでは90%以上が神を信じているとされ、ヨーロッパでのキリスト教離れは想像以上だ。

 敬虔なキリスト教徒は、日曜日に教会のミサへ行く。そこで司祭や牧師の説教を聞き、心の支えとし、人生の導きとするひともいる。教会へは行かなくてもキリスト教の神を信じているひとはたくさんいるだろう。でもいまや、ヨーロッパでキリスト教の神そのものを信じないひとが半数にのぼるとなると、そういうひとたちの心のありようはどうなっているのか気にかかる。

 そのテーマについて現地取材をしたこともないし関連書を読んだこともないので、確かなことは言えないが、たぶん無神論者になるのだろう。実際、アメリカ人記者が、チェコ共和国国民の約4割は無神論者だという記事を書いていた記憶がある。

 すると、そのひとが亡くなってもキリスト教式の葬儀は行わず、無宗教式、たとえば音楽葬みたいなことをするのだろうか。先祖の霊を弔う行事は多くの宗教に共通するが、仏教の法事に当たるものとかは一切ないのだろうか。

 「ヨーロッパすなわちキリスト教文化圏」と日本の教科書には書いてあっても、もはや「キリスト教&イスラム教&無神論文化圏」らしい。

 これは海外だけの話ではない。日本でも、葬式をせず火葬だけして埋骨する「直送」が大都市圏を中心に増えている。日本の仏教や神道では、死亡→通夜→葬儀・告別式→火葬→納骨あるいは死亡→通夜→火葬→葬儀・告別式→納骨というプロセスが一般的だった。直葬ではそういう手続きを省略する。

 ぼくたち夫婦が出雲へUターンするまで住んでいた東京近郊の街では、警察署の庁舎が移転した跡地に立派な葬祭会館ができた。でも、いつ前を通っても人が出入りしている気配があまり感じられない。広い駐車場に停まっている車は数台というときも少なくなかった。

 噂によると、超高齢時代を当て込みさぞ需要が増えるだろうと多額の投資をしたが、直葬が増え、本格的な葬儀・告別式をする遺族が算盤ではじいたほどはいないのだという。

 直葬についての正確な統計はまだないらしい。専門家の推定としてネットに載っている数字をみると、2008年の時点で東京都下の20~30%、地方の5~10%が直葬だ。傾向として、増えることはあっても減ることはないらしい。

 直葬の費用は、あるネット広告によると、17万3000円となっている。本来は生活困窮者や天涯孤独者のためにやむなく行われていたが、現代では一般に広まりつつある。

 なぜ直葬が増えているのだろう。あくまで仮説として次のようなものがあげられている。

 1.平均寿命が伸び、社会的儀礼としての葬式の必要性が薄れた。
 これはちょっと意味が分かりにくい。若者や壮年のひとが死ねば遺族の悲しみも大きく、遺族をなぐさめ死を受け入れやすくするために葬儀が必要だが、いわゆる大往生なら悲しみも比較的少ない、とでも解釈したらいいのだろうか。
 2.格差社会が進み、生活困窮者そのものが増えている。
 3.宗教、とりわけ仏教離れが目立つ。
 宗教観、死生観が急激にかわりつつあるのだろう。
 4.葬式を金銭や時間、手間の点で「ムダ」と考える人が増えている

 ぼくの父(91)は施設に入っていて、朝晩、個室のベッドに腰掛け、わが家の故人3人、つまり父を育ててくれた義理の両親(ぼくの義祖父義祖母)とパーキンソン病で亡くなかった娘(ぼくの姉)の戒名と般若心経を唱えているそうだ。母(84)もすでに臨済宗の戒名を授けてもらっている。両親については、無宗教式も直葬もできないわけだ。

 ぼくは子どもたちに無宗教の音楽葬をしてくれるよう頼んでいて、チャイコフスキーの『悲愴』を2種類用意してある。それに献花でもあれば喜んで旅立つ。

 個人的には、「2012年のイギリスの世論調査で、神の存在より宇宙人の存在を信じる人のほうが多かった」というニューヨーク・タイムズの記事に興味を覚える。

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