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捕鯨を断固支持するオーストラリア人だっている

 東京でこのあいだ息子が紹介してくれたひとのなかに、国際基督教大学(ICU)の女子学生がいた。島根県から来たことを話すと、「石見銀山跡に行ってみたいです」と言っていた。女の子ならまず出雲大社で縁結び祈願じゃないの、と突っ込みたくなるところをぐっと押さえて、ユネスコの世界遺産(文化遺産)登録のPR効果を感じた。

 とはいえ、これまでに訪れた20以上の国・地域で、あそこは世界遺産だからとわざわざ行ってみたことろはほとんどない。

 ドイツのテューリンゲン州にあるヴァルトブルク城は、1999年、文化遺産に登録されたが、ぼくが訪れたのはそれより数年前だった。むしろ、遺産に登録されたというニュースを聞いて、ああそうか、と思った記憶がある。いわゆるゲーテ街道沿いにあるアイゼナハ郊外の山上に漆黒の城が築かれており、車でずっと登っていった。

 手元のガイドブックをみると、1067年、テューリンゲン伯ルードヴィヒ・デア・シュプリンガーが山頂を見て「待て汝、我が城となれ」と叫び建築を命じたことに由来するという。ドイツ語の待つという動詞はwarten、城はBurgだからWartburgという城名になったらしい。これは『出雲国風土記』などによくある地名由来譚の一例だろう。

 遺産のなかで一番印象に残っているのは、宗教改革の創始者マルティン・ルターが聖書をドイツ語に翻訳したとされる部屋のことだ。ルターが悪魔にインク瓶を投げつけたときにできたという伝説で有名なインクの染みもあるものの、それはどうでもいいと思った。ルターはヘブライ語の旧約聖書と古典ギリシア語の新約聖書を世俗的なドイツ語に訳したのだが、「とんでもない」と教会から迫害され、城に隠れて翻訳作業を行った。それが悪魔伝説につながったのだろう。

 ぼくが注目したのは、ルターの執筆机の下に置かれた円筒形の足置きだった。それはマッコウクジラの背骨だというのだ。ルターが生きた15~16世紀、ヨーロッパ人も鯨を捕っていたことの証左だ。

 現代にいたり、欧米やオーストラリアでは捕鯨反対派が大勢力となっている。2014年3月末、反捕鯨国オーストラリアが、日本による南極海での調査捕鯨は国際捕鯨取締条約に違反するとして中止を求めていた訴訟で、オランダ・ハーグの国際司法裁判所は、日本の調査捕鯨は「研究目的ではない」とし今後は実施しないよう命じた。これは確定判決で、日本は南極海での調査捕鯨中止に追い込まれた。

 だが、かつては、欧米人だって大量に鯨を殺していた。日本人は大切な水産資源として文字通り頭から骨皮しっぽまで大切に消費するが、昔の欧米人はただ鯨油を手に入れるためだけに殺していた。ペリーの黒船が日本の沖にやってきたときだって、捕鯨船の母港を日本の本土に確保するのが目的だったとされる。

 反捕鯨団体『シー・シェパード』の荒っぽい行動が有名だが、オーストラリア人のある映像ジャーナリストが、日本の捕鯨の文化と歴史を国際社会になんとか伝えようと奮闘しているそうだ。

 4月12日の産経ニュースwestによると、その人は和歌山市在住のサイモン・ワーン和歌山大学特任助教(57)という。「江戸時代から連綿と続く和歌山県太地町の捕鯨の歴史を伝えれば、世界の認識は変わるはず」とアピールしている。

 ワーンさんは、2007年から08年にかけて、アメリカの人気番組『ホエール・ウォーズ(鯨戦争)』の取材チームに加わり、南極海での日本の調査捕鯨活動を5週間撮影した。妨害しようと捕鯨船に乗り込んだシー・シェパードのメンバーにワーンさんらが話を聞くと、捕鯨船の日本人船員はメンバーの話にも耳を傾け、環境問題などをテーマにした日本のアニメ映画『もののけ姫』のDVDを手渡すなど、対話の姿勢を見せた。だが、そうした情報は番組ではいっさい触れられなかった。

 番組は米テレビ界の最優秀作品に与えられるエミー賞にもノミネートされたが、「見せたいものだけを編集して放送する」局の姿勢に、ワーンさんは疑問を抱いた。

 08年の秋、日本の捕鯨について詳しく知りたいと太地町を訪れ、江戸時代初期に生み出された複数の船で鯨を網に追い込み銛(もり)を投げて仕留める古式捕鯨、それを代々受け継いできた伝統技術やチームワークに感銘を受けた。

 だが、当の日本人が捕鯨の歴史や背景を知らないことに驚き、「太地の真実のストーリーを伝える」ため、捕鯨の研究を進めながら、和歌山大学観光学部で教えているという。

 今年1月には、米ソールズベリー大学の学生9人を太地町へ招き、捕鯨の歴史や鯨を供養する文化を説明した。その数日後、キャロライン・ケネディ駐日米大使が鯨の一種イルカの追い込み漁を批判するコメントをツイッターでつぶやき、論議を招いた。ワーンさんは、「ケネディ大使も一度、太地町を訪れてみてほしい」と訴えているという。

 日本は、いわゆる歴史認識や捕鯨の問題で国際社会から偏見にさらされている。それを解きほぐすには、ワーンさんを採用した和歌山大学のように、“海外の目と頭”を受け入れ、それを通じて地道に対外発信していくほかない。

 捕鯨の事情や歴史・文化をよく知りもしないで反対を叫ぶ欧米人も、ヴァルトブルク城に行ってルターの足置きの意味を認識し、鯨と人間の歴史を偏見なく考えてもらいたい。

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