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出雲本店の先客万来を夢見て

 『国立本店』という旗が、通り沿いにぶら下がっていた。別に政府が経営しているわけじゃない。東西に長い東京都のほぼ中央に位置する国立市の、JR国立駅から西へ徒歩約7分のところにその店はあった。

 この街でいま期間限定の「自由人」をしている息子(26)が、電話口やフェイスブックで国立本店の名前をしょっちゅう出していた。Uターンした出雲から、かみさんを伴い東京へ出張した折り、息子の案内でついにやって来た。

 名前を聞いても息子の説明を聞いても、何の店かよく分からなかった。いや、実際に店内へ入ってもまだよく分からない。約20平方メートルの店内に、ふたつのテーブルと10人ほど座れる椅子があった。

 壁際には、縦5段、横8列合わせて40に区画された本棚があり、区画のそれぞれにネームプレートが張られている。店番の永見薫さんに聞くと、これは「本の団地」なのだという。各区画を利用希望者が3000円で借り上げ、自宅の蔵書の中からこれぞという本を持参して陳列する。店を訪れたひとは、年間1000円の会費を払い本を借りて帰ることができる。図書館とも書店とも貸本屋ともちょっとちがう、会員制の書籍共有スペースと言える。貸し出し期間は4週間という。

 それぞれの区画は、絵本あり哲学的な本ありと入居者の個性、好みがにじんでいる。愛書家の息子にはたまらない空間かもしれない。

 でも、斬新なのはそれだけじゃなかった。管理人というか司書というか「店番」になるためには、テナント料や光熱費などの分担金として四半期ごとに9000円を払わなければならないそうだ。1年間で3万6000円の出費となる。ボランティアには無償と有償の2種類があるが、国立本店の場合はそのどちらとも異なり、世にもまれな「お金を払って働く奇特なボランティア」だ。

 そういうボランティアが約30人いて、日替わりで店番をしている。永見さんは不動産鑑定士のオフィスで働くのが本業で、休みの日に埼玉県新座市から電車でわざわざ店番をするためにやって来るそうだ。火曜日をのぞく午後1時から6時までオープンしている。

 テーブルの上には常連さんが差し入れたお菓子があり、永見さんが聞き慣れないお茶を出してくれた。この日、店に来たのは教育系の大学に通う女子やゲームアプリのデザイナーの女性などだった。女子学生は卒業後の進路を思案しており、アプリ・デザイナーは近く転職する予定という。自然と就活の話題になった。

 ぼくは大学を卒業して2年間、いまでいうフリーターをしたあと新聞記者になった。その立ち止まって考えた時間が、あとで活きた。大学を出て社会を知る間もなく教師になる日本の教員制度には疑問を持っている。そういう個人的体験からの話をした。

 国立本店は、本の団地として以上に、ふれあいの場として貴重かもしれない。永見さんは、この店を「コミュニティ・スペースまたはオルタナティヴ・スペース」だと説明してくれた。ここに至るまでには運営方法の試行錯誤があり、「千客万来になったのは今年に入ってからです」

 後日、ネットで検索すると、「美術史的には、1969年および70年にマンハッタンのグリーン街98番地と112番地に登場した非営利目的の小ホールが最初の『オルタナティヴ・スペース』とみなされている」という説明があった。既成の社会的な型にはまらない自由な交流の場とでも言えばいいのか。静岡市清水区にもあるそうだ。

 ぼくたち夫婦のような“旅人”にとっては、飲み物とお菓子のおまけつきで地元のひとたちと会話を楽しめる、とてもおしゃれな空間だった。お金を払ってまで働くボランティアが30人も確保できるのは、東京ならではかもしれない。逆に、コミュニティの希薄な大都会だからこそ、永見さんのように「いろんなひとを知るのが楽しいから」という人材がいるのだろうか。携帯の番号やアドレスを交換するひとも多い。フェイスブックなどに書くひともいる。非常時に、ここでの縁(えにし)が威力を発揮するかもしれない。

 コミュニティと言えば、旅客船『セウォル号』沈没事故が起きた韓国のことを思い出した。経済協力開発機構(OECD)の2013年版「より良い生活の指標」で、韓国は「コミュニティ・ポイント」が加盟36か国のうち下から3番目に低いわずか1.2ポイントだった。船長や乗組員がさっさと逃げ出し世界を唖然とさせただけじゃなく、被害者家族の「代表」まで実は贋者で選挙での知名度アップを狙うおじさんだったとバレた。そういう国家・メディア・国民性のでたらめぶりの社会背景には、共同体の崩壊があるのではないか。

 ちなみに、日本のコミュニティ・ポイントは24位で一見低そうに思える。でも、トップのアイスランドから3.0ポイント差の6.0ポイントで、韓国とは比べるまでもない。日本では、90%が「必要なときには頼れるひとがいる」と考えているが、韓国ではOECD最低レベルの77%にとどまっている。

 たとえば出雲にも、国立本店のようなスペースがあれば、よりディープな旅を求める観光客などにとっても魅力的かもしれない。空き店舗は探すまでもなくあるから、テナント料など払わなくてもいいだろう。「縁結び」は、男女間にかぎらず出雲のキーワードだ。

 ところで、なぜ国立本店という不思議な名前になったのか、永見さんも知らなかった。

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