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ゴジラ、還暦おめでとう さよなら、母校

 怪獣ゴジラは、1954(昭和29)年に生まれたという。日本郵便は2014年8月1日から、「ゴジラ生誕60周年切手セット」の購入申し込み受付をはじめる、というネットニュースで知った。

 ぼくたちより1学年下ということになる。還暦記念なのかどうかは知らないが、NHKのBSプレミアムで、最近、『モスラ対ゴジラ』など古い怪獣作品をつづけて放映した。

 あまりの懐かしさに思わず録画して、毎晩1作ずつ観た。特に『三大怪獣 地球最大の決戦』には思い入れがある。忘れもしない雪の日に、ぼくの学び舎だった国富小学校の体育館で観た。

 小学校は、出雲市の旅伏山という標高421mの山の中腹にある。小学校へは3つの通学路があり、ぼくたちは雨の日も風の日も文字通り「登校」した。いま思えば、下半身を鍛えるにはよかった。

 1964(昭和39)年の5年生のとき、怪獣映画のブームが起きていた。世界最初の怪獣作品『ゴジラ』からちょうど10年後のことで、第2次ブームだったのだろう。この年の秋には東京オリンピックが開かれ、ぼくたちには忘れられない年となっている。女子バレーボール日本代表『東洋の魔女』が、強敵ソ連に3ー0で完勝し金メダルを取った。男子マラソンでは、エチオピアのアベベ選手が裸足で走り、金メダルを取った。

 当時、街には1軒だけ映画館があったが、小学校の体育館で夜に上映し、それを地元のひとたちが子ども連れで観に行くことがあった。

 ある日、担任の高砂孝雄先生が「今度、怪獣の映画を学校で昼間に上映します」と発表した。クラスで歓声があがったのは言うまでもない。休み時間は怪獣の話で持ちきりだった。モスラやゴジラ、ラドン、まだ観たことのないキングギドラのなかで誰が一番強いか。モスラとゴジラのどっちが好きか。

 指折り数えた上映日の朝、出雲には雪が20センチくらい積もった。ぼくたちは学校への道を急ぎながら心配していた。映画会社の車が雪の積もった坂で滑って登れなければ、怪獣映画を観られない。

 高砂先生は「給食を食べ終わったら、5年と6年で坂の雪かきをすることになった」と言った。ぼくたちに文句のあるはずもなかった。上級生としての誇りを感じた。

 スコップやチリトリ、竹箒で汗だくになって雪をかいた。坂は完璧にきれいになり、映画会社の車がフィルムを積んで登って来た。ぼくたちは、それを拍手で迎えた――。50年前の記憶は、ほぼそこで終わっている。

 『三大怪獣 地球最大の決戦』の録画を、夜中にひとりで観ながら、ぼくはあの日を思い出して目がにじんだ。モスラが、仲の悪いゴジラと翼竜怪獣のラドンを説得し3頭で力を合わせ、宇宙から来た頭3つのキングギドラを迎え撃つ。モスラとコミュニケーションをとるのは、南洋のインファント島でモスラといっしょに住んでいるこびとの双子(ザ・ピーナッツ)だ。

 映画のシーンはほとんど覚えていなかった。「流言飛語」とか「騒擾罪」などといったむずかしい言葉も出て来る。あのころのぼくたちは、正確な意味はわからなくても大まかなストーリーをつかみ、怪獣たちの戦いを固唾を飲んで見守っていたのだろう。

 激闘の末、最後にはキングギドラが敗北する。あのころ、上映が終わると観客は拍手をする習慣があった。きっと、ぼくたちは立ち上がって手をたたいたことだろう。

 2014年7月25日、全世界興業収入500億円突破・全世界興業収入No.1をうたい文句にしたハリウッド映画『GODZILLA』が日本で封切られた。新聞広告でそれを知ったぼくは、かみさんを誘って初日に映画館へ行った。

 冒頭では、日本のある原子力発電所が地震によって破壊され原子炉がメルトダウンした、と思わせるシーンがくそリアルに描かれる。

 だが、実際には地震ではなかった。悪魔ともコウモリと昆虫の合いの子とも思われる気味の悪い巨大生命体が放射能をエサとして育っており、いつのまにか数が増え、やがてそれがアメリカ西海岸を襲う。アメリカ軍は100万人の市民を守るため、最後の手段として核兵器で殺害しようと準備する。そこへ、われらのゴジラが登場して・・・。

 東日本大震災の原発事故や津波被害を連想させるシーンがつづくため、日本での上映が遅れたとも言われる。最新鋭のCGが駆使され、最大級のパニック映画となっている。少年のころ胸を躍らせた着ぐるみの怪獣とはリアリティが格段にちがう。

 着ぐるみ怪獣は、いま流行のゆるキャラの原点とも言えるもので、それはそれで温かみがあるが。

 国富小学校は、近い将来、近隣の3つの小学校と統合される。つまり、母校は廃校となる。一部校舎の耐震度が足らず児童の数も減っているため、やむを得ないという説明だった。

 高砂先生が病死されてから久しい。大学生のころ一度だけ、お盆前に墓掃除に行ったことがある。学び舎も無くなるが、モスラやゴジラを迎えたあの日のことは、6年間で最大の思い出としてぼくたちの心に残るだろう。

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