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2014年9月

セ・リーグのMVPはあの選手に

 セ・リーグのペナントレースも大詰めを迎えている。わが巨人軍は、リーグ3連覇を達成する。むふふ。いま噂となっているのが、じゃあ、MVPは誰かということだ。

 MVPは、プロ野球担当記者らの投票で決まるが、今シーズンは断トツの選手がいない。まあ、12勝をあげチーム勝ち頭の菅野智之投手あたりに決まるのだろうが、それじゃ、あまり面白くない。

 本当は、文句なしの候補は、原辰徳監督だと思う。チーム打率がリーグ最下位の巨人を優勝させた采配は見事だった。特に、優勝へのマジックナンバーを8とした2014年9月17日の広島戦は冴えていた。期待の沢村拓一投手が1回にいきなり4点を取られて、暗雲が立ち込めるゲームとなった。だが、2回、代打アンダーソンのセンター前ヒットで追いついた。3回には、広島の田中広輔選手がソロ本塁打を放ち、またしてもリードされた。

 6回には、代打の矢野謙次選手が2塁打を打って追いつき、フィルダースチョイスで勝ち越した。さらに逆転されたが、8回、代打大田泰示選手が2ランで再逆転し、結局、それが決勝打となった。

 常にリードを許す展開で、原監督が送り出した3人の代打がいずれも結果を出した。それはたまたまではないだろう。優勝へのカウントダウンに入った時の勢いに加え、監督が選手の調子をみて思い切って送り出したその決断が素晴らしかった。

 でも、選手兼任でもない原監督がMVPに選出される目はない。もう一度、頭をひねると、そう、いるじゃないか。

 足のスペシャリスト鈴木尚広選手だ。スター軍団のなかで、誰がごひいきの選手かと聞かれれば、ぼくは迷うことなく鈴木と答えるだろう。先発することはほとんどなく、登場するのはいつも終盤のここぞというところだ。どうしても1点が欲しいときに、切り札の代走として1塁ベースに立つ。

 ただ足が速いのと走塁術はちがう。昔、陸上100メートルの選手が代走要因としてプロ野球に転向したが、結果は出せなかった。ヨーイドンで走る陸上競技とはちがい、野球のランナーはバッテリーなどとの駆け引きをしなければならない。

 相手投手がクイックモーションで速球を投げ、捕手が盗塁を予測して2塁に投げれば、まずアウトになる。走塁術は、投手のモーションを盗み、バッテリーの隙を突くことにほかならない。

 鈴木選手の「磨き抜かれた走塁術とスライディング術は、他球団の選手も認める球界ナンバー1のテクニック」とされるのは、それだけの実績があるからだ。

 4月29日のヤクルト戦では、プロ通算200盗塁を達成した。プロ野球史上72人目で巨人では5人目だった。盗塁数だけをみると5人目だが、この記録のすごいのは、200盗塁のうち半分以上の105個が代走で記録したところだ。プロ通算18年目だが、規定打席に到達したことは1度もないまま200盗塁を達成したというのも、史上初めてだったそうだ。

 代走で出て、スタンドの期待を一身に集め、見事に盗塁を決める。ベースに立ち、はにかんで真っ白い歯をみせる。その瞬間がたまらない。ゴルフの石川遼君が、かつて「はにかみ王子」と呼ばれたが、ぼくに言わせれば、元祖はにかみ王子は鈴木選手だ。

 巨人に入った当初から、いまの役どころだったわけじゃない。俊足好打の外野手として、将来を嘱望されていた。だが、何回かけがをして、レギュラーにはなれなかった悲劇の選手でもある。

 代走を成功させたあと、打席に立ってヒットを打つこともある。塁に出ると、もう巨人でもベテランに入る選手だが、ほんとにうれしそうに白い歯をみせる。あれが、またたまらない。ぼくのなかでは「抱かれたい男ナンバー1」だ。そっちの気はないけれど。

 あの鈴木選手の魅力をもっと伝えてくれる野球ジャーナリストはいないものかと、常々思っていたら、いたいた。鷲田康という1957年埼玉県生まれの大ベテラン記者が、鈴木選手のことを“陰のMVP”だと書いてくれた。

 鈴木のことを原監督は「他に代役の利かない選手」と褒め、こう語ったという。「代走で盗塁を決めるということは、皆さんが想像している以上にタフなこと。相手バッテリーも含めた誰もが走ると思って、いつも以上に警戒している中で、そのミッションを成し遂げる。想像以上のプレッシャーに耐える力と、そのための準備がなければ、ああいう記録は作れない」

 特に今年は、鈴木選手の足で勝った試合が目立った、と鷲田さんは書いている。

 「たとえば、7月15日のヤクルト戦の延長12回2死二塁から橋本到の右前安打で生還した走塁がそうだった。もちろんヤクルト外野陣は前進守備。一塁の武内晋一のグラブを弾いた打球を右翼手の雄平が素早く拾って本塁に送球し、タイミングはアウトだった。

 しかし鈴木は捕手の中村悠平のタッチの角度を計算して、首と身体をひねって左手だけでベースを払うスライディングでサヨナラをもぎ取った」

 翌朝のスポーツ紙では「神の手スライディング」と絶賛された。

 もちろん、そのシーンはぼくもテレビで見届けた。だからたまらないのですよ、鈴木選手!やっぱり、MVPあげようじゃないの。

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第5権力と第4権力メディアの戦争

 日本メディア界の「関ヶ原の合戦」では、とりあえずの勝負がついた。ポイントとされた毎日新聞も、おそまきながら反朝日軍に寝返った。

 朝日新聞が、ついに音を上げたのは2014年9月11日夜だった。木村伊量社長が緊急記者会見を行い、「吉田調書」と「慰安婦」問題をめぐる報道、「池上彰コラム一時掲載拒否」の3大失態を謝罪するとともに、5月20日朝刊で報じた吉田調書をめぐる「所長命令に違反 原発撤退」との記事を取り消すと発表した。

 “東軍”の一番槍は産経であり、主力は読売だった。毎日がその側についたのは、おそらく戦後初めてのことであり、まさに「9.11」の歴史的な出来事となった。

 翌朝4時前に目が覚めたぼくは、コンビニまでウォーキングがてら歩いて行き、朝刊各紙を買って帰った。産経や読売はもちろん、ほぼすべての新聞が1面トップで朝日の謝罪を伝え、木村社長が頭を下げる屈辱の写真を使っていた。

 夕刊フジ電子版によると、午後7時半から東京・築地の朝日東京本社で行われた会見では、本社前に警察官約20人と警察車両数台が配備されるものものしい雰囲気に包まれた。会見場までのスペースで、報道機関が報道機関を2重にチェックする異例の事態で、不審者を完全にシャットアウトした。

 朝日が、8月5日朝刊で、慰安婦問題の「点検」特集を掲載して以来、右翼の街宣車が押しかけるなど、朝日本社一帯は騒然とした空気がつづいていた。

 日本テレビ系NNNが12~13日に行った世論調査によると、吉田調書と慰安婦問題の報道をめぐる朝日の対応について、「評価する」と答えた人は6.4%にとどまり、「訂正・謝罪は評価するが遅すぎる」が63.6%に達した。「評価しない」は23.3%だった。また、「朝日は信頼を回復することができると思うか」という問いに対しては、「思う」が21.5%しかなく、「思わない」が60.4%に上った。

 生粋の朝日シンパは別として、朝日を擁護できる要素はなく、世論は突き放した。態度が注目されていた毎日は、吉田調書と慰安婦の報道が「日本の立場や外交に深刻な影響をもたらした」と切り捨てた。趨勢をみて共倒れを避ける決断をしたのだろう。

 朝日の木村社長は、会見で、吉田調書の誤報は「意図的ではない」とし慰安婦検証結果の内容自体は「自信がある」と強弁するなど、はぐらかしに終始した。このため、「朝日は本当に反省しているのか」とますます疑念がつのり、他のメディアの見方はいっそう厳しくなっている。

 一連の朝日騒動をめぐる新聞雑誌の記事のなかで一番シャープだったのは、作家の百田尚樹さんが週刊新潮9月11日号に語り下ろしたものだった。百田さんはそのなかで、木村社長を旧ソ連のゴルバチョフ元大統領になぞらえた。ゴルバは書記長として権力を握ると改革ペレストロイカに着手し、情報公開グラスノスチまで行ってパンドラの箱を開けた。それによってソ連邦は崩壊し、米ソ冷戦も終わった。

 たしかに、木村社長がやったのは、歴代の朝日トップが目をそらしてきた慰安婦報道問題での大きな決断だった。だが、社長の賭けははずれたのではないか。検証記事を載せれば世論も他メディアも納得すると計算していたふしがあるが、反朝日のマグマは彼の想像以上にたまっていた。

 朝日を追い込んだ理由は3つあると思う。慰安婦報道での誤りを一部とはいえ認めたことで、かえって読者の反発を買い販売店が悲鳴をあげた。他のメディアの集中砲火もあった。そして、一番こたえたのが、社内からの反発だっただろう。

 9月14日のBusiness Journalによると、8月後半くらいから毎日のように社内では部長会が開かれ、その内容を部長が各部単位で記者たちに説明する臨時部会がたびたび開かれていた。そこではカンカンガクガクの議論が行われ、上層部に対するかなり厳しい意見も出ていた。また、大人しい朝日の記者にしては珍しく、100~200人ほどの記者が連名で労働組合を通じて上層部へ意見書を提出する事態になった。

 さらに、ジャーナリスト池上彰さんが朝日を批判したコラム寄稿を、いったんボツにしたことが発覚すると、現役記者30人以上が批判のツイートを発し、それがすぐに他のネットメディアで報道され、朝日は大炎上した。

 マスメディアは、立法・行政・司法の国家3権力に対し、第4の権力と言われてきた。そのなかでも、一番の第4権力を誇って来たのが朝日だった。

 今回、朝日を炎上させた「マッチ」は、ソーシャルメディアをふくむ第5の権力であるITネット世論だった。ネットの特徴は、4つの権力内部にいる人間でも謀反情報を発する側に回れるゲリラ性にある。まさに、9.11ではそのメカニズムが働いた。

 しかし、この騒動は、国際社会からみれば、しょせんコップの中の嵐にすぎない。仮に朝日城の本丸が落城しても、毎日が言う「日本の立場や外交」をどう建て直すか、という課題は残る。

 「朝日が自社のカネで世界に名誉回復措置をとれ」という声はあるが、まだ開き直っている朝日に任せていては見通しが立たないのも事実だ。第5権力が威力を発揮するのは、これからが本番かもしれない。

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私的C級グルメ旅~広島市編~

 B級グルメという言葉が生まれたのは1985年というから、もう30年になる。だが、B-1グランプリで優勝した品をいくつか試しても、あまり美味いと感じたことがない。

 高くて美味いA級グルメには、やはり勝てない。いまB級グルメと呼んでいるものは、縁日の屋台で食べるのとおなじで、「風情」「雰囲気」が加わらなければ舌が満足しない。B-1グランプリが大変な人出になるのは、雰囲気で食べたいからだろう。

 個人的には、C級グルメを探求している。この晩夏、広島市へ行く用事があり、どうせなら、まず昼飯にご当地にしかないものを食べてみようと、ネットで検索した。

 すると、広島と言えば「汁なし坦々面」というのが相場とわかった。いまどきのことだから、汁なし坦々面の店のランキングがずらっと出てきた。1番の店はちょっとはずして、2番人気店の詳細をみると、「きさく」という店名だった。きさが食べるのだからきさくはきさくなイメージでいいだろう、と安易にその店にすることにした。

 さて、運転はいつものようにお抱えのかみさんに任せ、カーナビに店の電話番号を入力すると、所要時間が2時間27分、到着予定時刻は午前11時34分と表示された。人気店だから、正午を回ると混むだろう。ちょうどいい時間だ。

 「きさく」は、住宅街の角にあった。店のイメージカラーは臙脂で、ずばり「汁なし坦々面」の看板がかかっている。「まぜればまぜるほどおいしいよー! 汁なし坦々面530円、大盛り600円 *冷たいのもあります」と、外壁にどーんと表示されている。や、安い!東京あたりで坦々面などの人気店と言えば、900円以上はする。そこが地方のご当地限定C級グルメのいいところだ。

 店はちょっと暗く、早くも順番待ちの人が何人か立っていた。カウンターのみで15席しかない。どこが行列の最後かわからない。まごついていると、誰かが自販機で食券を買うのだと教えてくれた。

 夕食は、広島B級グルメ(?)のお好み焼きを食べる予定なので、大盛りは避けふつう盛り2枚にした。少し落ち着くと、店内のどの辺りで立っていればいいか、なんとなくわかった。

 カウンターで食べていた太めの青年が、席を立って、店内のコーナーにある大きな炊飯ジャーのところに来た。そこに置いてあるご飯茶碗に好きなだけライスを盛って、席に帰る。どうやら、ご飯は食べ放題のようだ。それで500円。や、安い!

 心配なのは、愛車のBちゃんだった。専用駐車場はないらしく、店近くに路上駐車しておいたので、チェックされていないか、いったん外へ出て確認した。

 15分くらい待って、カウンターの隅の席がふたつ空いた。やっとC級グルメにありつける。もっとも、C級グルメなどと呼ぶと、店長は怒るかもしれないが。

 食券を店員に渡しカウンターをみると、蘊蓄を書いた紙がある。中華の辛口料理で有名な四川の系統らしく、「四川七味」についての説明がある。酸、辛、痺れ、苦、甘、香、塩の7つだそうだ。四川料理はさらに「麻(マー)」つまり山椒の辛さが加わるという。この麻は、和食にはない独特の味とされている。

 汁なし坦々面の食べ方としては、30回以上ぐちゃぐちゃに混ぜる「鬼まぜ」という作法があるそうだ。その説明書きには「おしい!広島県」というキャッチコピーが書かれている。あとで知ったのだが、これは県の公式キャッチコピーで、「おいしい」の一歩手前を表すそうだ。その謙虚さは、「日本で47番目に有名な県」とかいう島根県の自虐コピーにもあるように、中国地方の控えめな地域性がにじみ出ている。

 やっと出てきた坦々面は、思ったよりずっと量が少ない。これなら大盛りにしておけばよかったな、と思いながら、鬼まぜとやらに挑戦した。スープはなく麺の上にスパイスがこってりかけられているから、よくまぜなきゃならないのは当然だった。

 一口食べると、味が濃い。これだけで食べるのはちょっときつい。店内を見渡すと、20代、30代が多く、中高年は数えるほどしかいない。やはり、血圧を気にするような年代向きの食事ではないようだ。

 この味の濃さなら、ライスが合う。自分でコーナーから盛ってきて、坦々面をおかずにしてご飯を食べた。食券を渡したとき、店員さんが「辛いの大丈夫ですか?」と聞いてきたが、たしかに、人によっては無理かもしれなかった。頼めばマイルド味もあった。

 でも、かみさんもぼくも、インドで激辛には慣れている。これ以上辛かったら味もわからないな、という感じで食べていった。

 カウンターの中をみると、何を入れるのかわからないポリバケツが何個かと、長年使ったあとがない古ぼけたミキサーや段ボールなどがテーブルの上に雑然と、ほこりをかぶって積まれている。保健所の衛生基準を満たしそうにない。

 これだけ清潔感に欠ける飲食店も珍しいが、それも隠し味なのだろう。やがて正午を過ぎ、お客さんは次々とやってくる。

 「なんで、きさくなの?」と聞いたら、店員さんは「適当なネーミングです」と言った。

 毎週食べるようなものではないだろうが、ある日突然食べたくなる。そんな味だった。もっとも、かみさんの口には合わなかったそうだが。

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ついに、毎日も参戦か 対朝日メディア戦争

 日本のメディア界は、いま、「関ヶ原」のただ中だ。1600年の合戦では、小早川秀秋が、戦闘中、東軍に寝返り、徳川家康に勝利をもたらす契機を作った。メディア界の小早川となりそうなのが、毎日新聞だ。

 合戦の火ぶたが切られたのは、2014年8月5日だった。朝日新聞が、いわゆる従軍慰安婦報道での「一部誤り」を、最初の虚報からじつに32年も経ってやっと「取り消し」たのがきっかけだった。

 この日を境として、対朝日戦争に、批判の急先鋒だった産経をはじめ、読売、週刊文春、週刊新潮、週間ポスト、SAPIO、WiLL、正論、日本テレビ、フジテレビなど多数が参戦した。虚報をくり返し、日本と日本人の名誉を傷つけ、日韓関係をめちゃくちゃにした朝日が叩かれるのは当然だ。

 その戦いの中で、“朝日の亜流”とも言われる毎日がどんな態度をとるかは、戦いの帰趨を占う大きな鍵とみられてきた。

 日本メディア史の専門家によると、戦前は、毎日と朝日が「2大紙」とされていた。満州事変が起きると、毎日はだれに強要されたわけでもなく、部数を増やすため国民の戦意を煽る大キャンペーンを張った。当初、朝日は静観していたが、その姿勢を在郷軍人会など右翼勢力は「軟弱」だと非難し不買運動をはじめた。朝日はそれに耐えられず、軍国主義を煽る紙面を打ち出して毎日に対抗した。他のメディアも負けじと無批判の戦争報道に血眼になり、日本を後戻りのできないところへ追い込んだ。

 だが、第2次世界大戦に日本が敗れると、GHQの占領政策などによって、日本のメディアは路線を180度変えた。なかでも朝日は、マルクス主義者など左翼や旧ソ連、中国、北朝鮮を礼賛し、口先だけの平和主義、民主主義を唱えるようになった。そして左傾化した時流に乗り、ライバル毎日を追い越した。見苦しい右から左への転向だった。

 朝日の路線は時間の経過とともにエスカレートし、1980年代初めからは、「旧日本軍は朝鮮人女性らを強制連行し慰安婦にした」という虚報を繰り返すようになった。それを批判することもなく、追随してきたのが毎日をはじめとする朝日亜流メディアだった。

 だが、8月の朝日の「検証」という名の「言い訳特集」によって、流れが一気に変った。サンデー毎日が、朝日は「読者の疑問に答えます」として特集したのにその投書欄には読者の声が1本も載っていない、と揶揄する記事を載せ、「おや毎日も!」と注目を集めた。

 朝日はもうひとつ、5月に、「東日本大震災4日後の11年3月15日朝、第一原発にいた所員の9割にあたる約650人が吉田昌郎所長の待機命令に違反し、10キロ南の福島第二原発へ撤退していた」と報じていた。吉田元所長=2003年に死去=から政府が聞き取った「吉田調書」の全文を入手してスクープしたものだった。

 朝日のスクープ内容は海外メディアもすぐに報道し、日本の評判は地に落ちた。「パニックになった作業員が命令に反して原発を逃げ出したことが、記録で明らかに」(米ニューヨーク・タイムズ)「サムライ精神の英雄的見本とはほど遠く、福島原発の作業員の9割が逃げ出し、被災したプラントに残るという命令に従わなかった」(英タイムズ)「福島の『ヒーロー』、実は恐怖で逃げ出していた」(豪オーストラリアン)

 しかし、「吉田調書」全文を、8月末までに、産経、読売など他紙も手に入れ「朝日の言う命令違反などはなかった」と否定して報じた。

 毎日も、8月31日付け朝刊で、朝日の報道を名指しで否定する共同通信の配信を受け、そのまま1面と3面に掲載した。また、特に注目されるのは、毎日記者が東電の元男性社員にインタヴューして社会面に書いた署名入りの記事だ。朝日の記事について、元社員は「命がけで戦った仲間全員への侮辱で、悔しい」とし、「当時、待避先が第2原発というのは全員の共通認識だった」と語っている。

 朝日は、ふたつの点で、毎日をふくむ他メディアの集中砲火を浴びることになったのだ。

 経営難のつづく毎日は、あえて左翼路線の朝日の後塵を拝することで延命してきたいきさつがある。最近の例では、集団的自衛権容認問題でもそうだった。ただ、毎日には、確信犯の朝日とちがい、虚報をしてまで自社路線を押し通す強引さはない。それが、毎日の報道機関としてのぎりぎりの矜持であり、見方を変えれば、押しの弱さでもある。

 朝日が、今回、虚偽と認めた慰安婦がらみの「吉田証言」は、1996年に国連人権委員会に提出された「クマラスワミ報告」に、証拠として言及されている。毎日は、8月29日朝刊で、朝日の前日記事が、報告書での言及の事実に触れていないことを指摘した。

 韓国外交部が行った9月2日の定例会見で、読売記者が強制連行の証拠を求めた。毎日の記者も「(さきほどの)読売の記者は強制連行、狩りのように連れ去られたこと(があったかどうか)について質問したもの」として、ふたたび韓国政府の見解を質した。

 ただ、毎日は、戦後最大・最悪のメディア事件である慰安婦問題で、朝日と決別するかどうか、まだ最終決断はしていないように思える。

 メディア関ヶ原の合戦は、読売、産経を中心とする保守の東軍が圧倒的優位に立っている。識者によっては、朝日の敗戦=廃刊への「終わりのはじまり」とみられている。

 毎日・小早川秀秋は、寝返りのタイミングをまちがえると共倒れになるだろう。

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