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たぶんに政治的なノーベル平和賞

 2014年ノーベル平和賞に決まったパキスタン出身のマララ・ユスフザイさん=英バーミンガム在住=は、「この受賞は終わりではなく、始まりに過ぎない」とし、改めて女子教育の普及に向けた決意を語った。まだ17歳であり、史上最年少のノーベル賞受賞者となるが、その前途はあまりにも多難だ。

 ぼくは、ニューデリー特派員をしていた3年間のあいだに、13回も西隣のパキスタンに入った。パキスタンのアフガニスタン国境に接する北西辺境州には、アフガン難民が多数逃れてきてキャンプで暮らしていた。

 難民のなかには、アフガンの7つの反政府ゲリラ組織があって、ぼくら西側のジャーナリストは、主に彼らの動向を取材するのだった。アフガニスタンに侵攻したソ連軍が、首都カブールだけ統治するナジブラ共産政権を支えていた。ゲリラ各派は、パキスタン領内に出撃基地を構え、アフガニスタンへ入っては、ソ連軍・ナジブラ政権軍と戦っていた。ゲリラ7組織に、アメリカをはじめとする西側諸国が武器弾薬などを与えていた。

 ソ連とアメリカは、にらみ合うだけで、一発の銃弾もミサイルも互いに撃つことはない「冷戦」を展開していた。アフガニスタンでは、銃弾・砲弾の飛び交う「熱戦」がくり広げられていた。日本で暮らす大半のひとが“平和ぼけ”しているあいだにも、日本は西側諸国の一員として、アフガン熱戦の半ば当事者の立場にあった。

 ゲリラ7組織の指導者は親日的で、時間さえ合えば取材に応じてくれた。ぼくは結果として指導者7人全員に単独インタヴューすることができたが、それぞれの思想には微妙な差があった。

 一番強硬だったのは、イスラム党ヘクマティヤル派のヘクマティヤル党首だった。カブール大学工学部時代にイスラム原理主義グループを結成し、スカートをはいた女性に向って機関銃をぶっ放したという伝説の持ち主だった。ゲリラ7派のなかで最大の勢力を保っていたから、アメリカから来る軍事援助も最大だといわれていた。

 スカートに向って銃を撃つのを、彼らは当然と考えていた。肌はもちろん髪であれ顔であれ、夫以外の男に見せるのはイスラム女性としてふしだらだというのだ。

 今回、ノーベル平和賞がマララさんに与えられるのは「西側の価値観によるものだ」と、パキスタンのイスラム原理主義組織は非難する。だが、ほんの20数年前まで、西側は、組織こそちがうがイスラム原理主義者を政治的、軍事的理由で支援していたのだ。

 ソ連邦が崩壊して冷戦が終わり、さらに、9.11テロに象徴される新たな脅威としてイスラム過激派が台頭したことにより、世界の構図はすっかり変わってしまった。そういうなかでの今回の平和賞決定であり、たぶんに政治的なものがうかがわれる。

 受賞者のマララさんは、2012年、パキスタン・スワート渓谷で2007年ごろから勢力を伸ばした新興イスラム武装勢力「パキスタン・タリバン運動(TTP)」に銃撃され、瀕死の重傷を負った。その指導者ファズルラの影響下、スワート渓谷だけで2008年までに400におよぶ学校が爆破され、学校教育が禁じられたという。

 ぼくたちが、パキスタンやアフガニスタンを飛び回っていたころには、まだ、TTPの影も形もなかった。いま世界最大の難題のひとつとなった中東の過激派「イスラム国」も当時は存在しなかったのに、いつのまにか大勢力になった。

 マララさんへの平和賞で思い出したが、ぼくはカブールに滞在しているとき、連載を書いた。その最終回が「因習、差別と闘う女性」というタイトルだった。

 <アフガン婦人中央協会のダドマーフ理事長は、ブレザーとスカートにブーツをはいていた。・・・ゲートから一歩外に出ると、「チャドリ」姿の女性が気にかかる。頭から足元まですっぽりと布で覆われ、顔の所だけ網の目になっている。チャドリをかぶるのは、地方出身か年配の人たちという。

 そのチャドリを脱ぎ、男性と一緒に仕事をしたアフガン女性の第1号とされる人がいた。各地の婦人組織を束ねる全アフガニスタン婦人協会(会員・公称15万人)のマスーマ・ワルダク会長(59)だ。

 「女性解放の運動は、すでに1919年、アマヌラー王政下で始まった。女性を抑圧する政権もあったが、少なくとも59年には、女学校や女性専門病院で、チャドリをかぶる必要はなくなった。今、カブール大学の約6割を占める女子学生が、どれだけファッショナブルな服装をしているかは、ご存じでしょう」

 ワルダク会長は、さらにこう述べた。「78年の4月革命以降、女性の社会的地位についての意識が、男女ともに大きく変わったことは否定できません」

 ダドマーフ理事長は「イスラム原理主義指導者らは『女は家に戻れ、チャドリをかぶれ』と言う。カブールでも古い習慣を強いるなら、女性は闘う」と言った。デリーにいる亡命アフガン知識人の男性もこんなことを言っていた。「西側は原理主義派主体のゲリラ勢力を支援している。だが、もし彼らがカブールの政権を取ったらどうなる。時計の針を30年も50年も逆回しすることになるんですよ>

 そのアフガニスタンもパキスタンも、原理主義派タリバンが勢力を伸ばした。
 マララさんは、時計の針を逆回しする強大で狂信的な勢力と闘わなければならない。

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