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沖縄の桃太郎

 沖縄県では、米軍基地のありかたをめぐって論争がつづいている。2014年11月16日には県知事選が行われる予定で、一段と熱気を帯びているようだ。

 ジャーナリスト櫻井よしこさんは、沖縄で開かれたある催しに出席した体験を、週刊新潮の連載コラム『日本ルネッサンス』に書いている。櫻井さんが沖縄入りする前日の9月20日、普天間飛行場が移設される予定の辺野古の浜で、「止めよう新基地建設!9・20県民大行動」というデモが開かれた。

 翌日には、地元・琉球新報が1面トップで大々的にデモの模様を報じた。ページの半分以上を占めるデモの写真には、こぶしを振り上げて叫ぶ人たちの姿が写っており、そのなかに赤地に白文字で「全学連」と大書した旗が翻っていたという。

 櫻井さんは、こうつづっている。「この紙面に、或る種の感慨を抱くのは、私だけではあるまい」「全学連は過去の遺物のように思えるが、沖縄ではまだ人々の期待を集め得る存在なのか」

 全学連って、まだ生き残っていたのか。ぼくが大学に入ったのは1972年で、そのころのキャンパスにはいわゆる70年安保闘争の名残りがあった。1か月の全学ストライキで講義が開かれない日々も経験した。しかし、日米安全保障条約が改定される1970年に向け学生運動が燃え上がったあとのことで、ぼくらはのちに「白け世代」と呼ばれた。

 一部の過激な学生がいくら条約改定反対を叫んでも、政治は粛々と進んでいった。学生運動は大学の改革なども訴え、ある部分は改革されたが、運動に情熱を注いでいた学生たちの多くは挫折感を味わった。一部の者は退学し、一部の者は休学した。ぼくは現役で入学し1974年に3回生となってある専門課程に進んだが、そのコースのぼくを除く全員が休学からの復学組で年上だったのには驚いた。

 そのなかのひとりだったある女子学生は、70年安保のデモで機動隊になぐられ頭に大きな傷を負っているという噂だった。本人に確かめなくても、その言動からいかにもありそうな話ではあった。いっしょに酒を飲みにいったこともあるが、政治や学生運動の話ははばかる雰囲気があった。

 そのころでさえ、ゼンガクレンという言葉は死語に近かった。それが、丸40年も経ったいまになって沖縄でデモに参加しているというのだ。

 ウィキペディアによると、正式名称は全日本学生自治会総連合といい、戦後間もない1948年に結成された。学生自治会の連合組織で、分裂を繰り返し、現在では5つの団体が「全学連」を名乗って、それぞれが自らの正当性を主張しているそうだ。

 ウェブサイトを漁っていると「全学連関闘ブログ」というのがあった。「全学連 関西の闘争」の略だという。「9・20県民大行動」についての記事もあったあった。

 <9・20沖縄 5500人で集会が打ち抜かれました。ビラまきもして3000枚がものの30分程でまけました。階級的労働運動派・革命派ががっつり登場しました>

 いまどき、階級的とか革命派とかいう言葉を使っているとは。櫻井さんならずとも、ある種の感慨を抱く。そのブログには、<それに先立って、平安神宮前で街頭宣伝をしました!多くの署名・カンパをいただきました!ありがとうございました!頂いたカンパで派遣に行けます!>とあった。

 <派遣に行けます>というのは日本語としておかしいが、これらの学生はちゃんと大学へ通っていないのだろうか。たとえば、70年安保の昔から、自活する学生は生活費や学費をバイトで稼ぐのに忙しく、学生運動などしている暇はなかった。運動家はたいてい親のすねをかじって騒いでいた。いまのゼンガクレンもそうなのかもしれない。

 ブログには<琉球独立論や県外移設(他県移設は断固支持し、本土と分断する路線)を振りかざす腐敗分子を打倒しつくす>とある。沖縄の独立にも基地の県外移設にも反対しているように読めるが、では彼らは何を目指しているかがよくわからない。

 学生運動が華やかなりしころ精神科医の土居健郎が執筆し、1971年に刊行して大ベストセラーになった『「甘え」の構造』という本がある。そのなかで著者は「現代の戦闘的青年が桃太郎に似ているように思われてならない」と書いている。「彼らにとって両親は桃太郎におけるじいさんばあさんのごときものである。彼らは両親から保護と愛情は受けていても、大人になることについてはなんら指導を受けていない。・・・彼らにもまた自分のエネルギーをぶつけるために鬼征伐が必要になる」

 現代のゼンガクレン諸君が「鬼」として選んだのが、沖縄の米軍基地反対運動だった。琉球新報と沖縄タイムスは、辺野古移転反対で路線が一致しており、ゼンガクレンも彼らの味方ということなのだろう。

 だが、櫻井さんは、それを「論理破綻」と切り捨てている。琉球新報などは「これ以上の基地はいらない」としているが、辺野古に基地が移転されれば、普天間飛行場などをふくめ最終的には5000㌶もの土地が沖縄県民に返却される。もし、沖縄から米軍基地がなくなれば、中国の脅威が増し沖縄も強奪される恐れがある。基地を抱えるデメリットがあることも確かだが、沖縄の地政学的位置を考えれば、辺野古移転が妥当ではないか。

 少なくとも、鬼退治ごっこをしているゼンガクレンはお呼びじゃない。

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