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2014年11月

遺骨とシロアリとロボット

 北朝鮮について、「遺骨ビジネス」という言葉があるそうだ。 北朝鮮は、朝鮮戦争で戦死したアメリカ兵の遺骨を収集してアメリカに返還し、収集費用として1柱当たり100万円から200万円の謝礼を受け取っている。

 北朝鮮の領土に眠る日本人戦没者など北朝鮮からの未帰還遺骨は、誰が数えたか知らないが、2万1600柱とされる。日朝間に国交がないこともあり、これまで遺骨収集は行なわれてこなかった。

 2014年7月初旬以降、日朝間では、拉致被害者の帰国や遺骨の返還をめぐり駆け引きが行われている。日本人遺骨についてもアメリカ人の場合と同額を日本側に請求すれば、最低でも200億円から400億円の巨大ビジネスになる。外貨不足の北朝鮮にとって、この稼ぎはおいしい。

 それはともかく、この話は、アメリカ人も日本人も遺骨にこだわっていることを示している。死生観や宗教にまつわることだから軽々しく論評するようなことではないが、遺骨にこだわる考え方は、ぼくには分かるようで分からないところがある。

 遺骨を祖国に持ち帰って埋葬すれば死者の霊が慰められると信ずる宗教心からだろう。遺骨はすべて川に流して墓も持たないヒンドゥー教徒なら、遺骨ビジネスは成立しない。

 遺骨と同じように、髪の毛にこだわる考え方もある。戦地で亡くなった場合など、遺骨を持ち帰ることは無理でもせめて遺髪をと遺族に届けることが行われていた。

 産経新聞によると、現代でも切実なケースがある。1998年11月24日、三重県伊勢市で当時24歳の女性雑誌記者が、突然、消息を絶った。それから丸16年に当たる日、両親や知人らが伊勢市内のショッピングセンターで情報提供を呼び掛けるチラシを配布した。女性記者の母親(65)は、「どういう形でも、髪の毛一本でもいいから娘の何かを見つけてあげたい」と訴えたという。「髪の毛一本でも」という言葉は、娘の無事を祈りつつ、それがだめならせめて遺髪でも手に入れて供養したいという親の心情を象徴している。

 人間はときに遺骨や遺髪にこだわるが、元気なひとの髪の毛1本にこだわることはない。

 ところで、ミツバチが1匹いて、刺されたら困るからと叩きつぶし「命を奪ってしまった」と少し後ろめたい気持ちになったことはないだろうか。だが、1匹のミツバチは1個の独立した生命体と言えるか、という問題をぼくは以前から考えていた。

 ミツバチのうちメスの幼虫は主に花粉と蜂蜜を食べて育ち、働きバチとなる。働きバチの頭部から分泌されるローヤルゼリーだけで育てられたメスは、交尾産卵能力を持つ女王バチとなる。オスは巣の中では働きバチに餌をもらう以外は特に何もしない。オスは女王バチと交尾するため、晴天の日を選んで外に飛び立つ。オスバチは空中を集団で飛行し、その群れの中へ女王バチが飛び込んできて交尾を行う。オスバチは交尾の際に腹部が破壊されるため交尾のあと死に、女王バチは巣に帰還し産卵をはじめる。交尾できなかったオスも巣に戻るが、繁殖期が終わると働きバチに巣を追い出されるなどして死に絶える。

 ミツバチは、個体としては生きて行けない。ぼくたちが見かける1匹のミツバチは、集団ではじめて生命を維持している昆虫の“パーツ”でしかない。その個体が絶対になくてはならないものではない。髪の毛かせいぜい盲腸のようなものと言えるのではないか。

 ミツバチについて、以前からそんなことを考えていたら、シロアリ退治の会社のひとが書いたあるエッセイを読んで、シロアリも同じような生態だと知った。

 近ごろの建物は高気密、高断熱性を重視する作りになっており、床下に作業員が入れない物件も多く、カメラを搭載したロボットが潜っていって被害調査する。駆除用の薬剤散布も装置のホースをロボットが床下に持ち込んで行う。

 だが、エッセイのポイントは、そういうシロアリとロボットとの月並みな関係にあるのではなかった。

 2013年に開かれた「第31回日本ロボット学会学術講演会」で、シロアリの生態にヒントを得たロボット開発についての発表が行われたそうだ。

 ハチは集団で高度な能力を発揮することから「社会性昆虫」と呼ばれるが、シロアリも同じように集団で支え合って生きているのだという。その生態メカニズムをロボット設計に生かせないかと、八戸工業大学の研究者は考えたというから発想が斬新だ。

 たとえば、南米など乾燥地帯に生息するオオキノコシロアリは、土、糞、唾液を材料にして地上に巨大なアリ塚を作って繁殖する。そういうシロアリをよく観察すると、シロアリAの行動に刺激されてシロアリBやC、Dなどの行動が誘発され、アリ塚構築というひとつの目的に向ってたくさんのシロアリが参加し、作業そのものが加速される。

 そうしたシロアリの集団機能をロボットで再現し、でこぼこだったり穴があいていたりする不整地の土地で、車輪型ロボットの走破性を改善することを目指して研究を進めているそうだ。

 イメージとしては「無数のロボット群が目的地に到達するために、穴を埋め、段差を整地して進む光景」という。何か、楽しくはないだろうか。ロボット群というよりロボット軍と呼びたくなってくる。漫画に出てきそうな光景を、生身の研究者が真剣に研究しているところがいい。きっと、それは実用化されるだろう。

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フェイスブックは、おじさんのツールで結構

 日本の子どもたちのあいだで、スマートフォンの利用が急速に広まっているらしい。テレビに出ていた元刑事によると、女子中学生がスマホの出会い系サイトで悪い奴と知り合い、覚醒剤中毒にさせられ売春を強要される事件まで起きているという。

 子どもにスマホをせがまれた親は、その危険性も正しい使い方も知らないまま買い与え、気づいたときには家庭崩壊が待っている。

 ITが急速に発展するなか、スマホは先端を走る文明の利器だ。しかし、便利なものほど落とし穴があるという真実を、女子中学生のシャブ中事件は物語っている。

 ぼくはスマホデビューして1年半ほどになるが、これほど便利なものはそうはない。手のひらサイズのコンピューターであり、電話、写メ機能はもちろん、ニュースやメールのチェック、検索、音声録音などで重宝している。オジサンだからゲームをしたことはないが。

 なかでも使いはじめて良かったと思うのは、いわゆるSNSの機能だ。出雲へUターンして東京にいる子どもたちと“遠距離家族”になったが、フェイスブックのおかげで、近くに住んでいたときよりよほど詳しくお互いの近況がわかる。

 自分の子どもたちだけでなく、その友だちや甥姪の全員とも「友達」としてつながっている。だから、地元出雲の親戚が何をしているかは知らなくても、海外をふくめた「友達」の動向を詳しくつかむことができる。文明の利器がもたらす功罪の功だ。

 たとえば、日本海の幸に恵まれた出雲に住んでいると、知人からアワビやサザエをもらうことがある。それをスマホでまず撮影をする。フェイスブックで公開することが前提の画像だから、構図や光線に凝り、気合いを入れてシャッターボタンを押す。そして、載せる文面を考える。読んでくれるひとに「美味そうっ!」と思わせるには、画像と文章両方の工夫がいる。

 フェイスブックにはまるひとが多い秘密は、「いいね」の機能だろう。「いいね」をたくさんもらうと、今度は何をアップロードしようかと意欲がわく。“ちょっとウケル快感”とでも呼べばいいのか。少し古い記事でもさかのぼって「いいね」をつけることができるから、フェイスブックは時空を超えてウケルことができる。

 フェイスブックに登録はしたが、実際には活用していない友人知人は結構いる。ぼくの周囲にいるひとたちは中高年がほとんどで、ITの利器を使いこなせない面々が少なくない。でも、いったん覚えればそう複雑な操作をする必要はない。操作法以上のハードルは、文章力のほうかもしれない。いい画像が撮れても、それにつける文章が短くうまくまとめられないとおっくうになってしまうのだろう。

 東京都国立市に住んでいる息子(27)は、この1年で「友達」の数が約30人から500人になったという。この前、こんな投稿をしていた。

 <ネパール人の友人から突然、「ティカ(眉間に付ける赤丸)ハ日本語デ何テ言イマスカ」とあやうい日本語できかれ、『そもそも日本にそれを付ける風習なんてないわい!』と心の中で思ったのです。

 が、その場で「ティカ 眉間」と検索した結果、「ティカ」のほかに「ビンディ」という言い方があることはわかりました。あたりまえですが、日本語では「赤丸」というほかありません。

 「ビンディとも言うらしいよ」と伝えると「ビンディ? ナンデスカ」と。「知らんのかい!」。ネパールの人が知らないなら、とくに知識のない日本人はもっと知らないってば、とまた心の中でつぶやくのです。

 ヒンディー語での書き方も載っていたため、見せてあげるとメモしていました。ネパール人に、現地の言葉をヒンディー語で紹介しているヒンディー語のわからない日本人、という意味不明な構図ができあがった瞬間です>

 ビンディというのは、インド文化圏の女性が額の中央につけている赤の点のことだ。仏陀の白毫、シヴァ神の第3の目を模したものだと聞いたことがあるが、ウィキペディア日本語版をみるかぎりそれらとの「直接の関係は薄い」とされている。でも、ぼくのインド体験から言って、無関係とは思えない。最上位カーストの僧職なども額に赤い印をつけている。「原則として既婚で、なおかつ夫が存命中のヒンドゥー教徒の女性がつけるものである」というウィキペディアの説明は、たぶん合っているが。

 ところで、昭和女子大学の保田隆明准教授(39)は、経済情報サイト「ザイ・オンライン」に寄稿したコラムでこんなことを書いている。<女子学生が「え?だって、Facebookってオジサンがやるものでしょ?」などと話しているのを耳にして、「私(アラフォー男)の背中をズギューンと射抜いた」ほどのショックを受けた>

 いまの女子学生は、主にLINEを使うのだという。でも保田先生は、学生が学んだことを放課後に書き込む場として、すぐ発言が流れてしまうLINEではなく、日時ごとに管理できるFacebookの「グループ」を活用しているそうだ。

 ぼくは女子学生とは逆に、LINEは主に無料の通話またはメール用に使い、フェイスブックをメインとしている。そうです、へんなオジサンです、から。

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ノーベル賞を日本人が取って韓国人がとれない理由

 2014年のノーベル物理学賞を3人の日本人研究者が「青色発光ダイオード」で受賞した。そのニュースに、久しぶりの明るい話題だなと思ったのは、ぼくだけではないだろう。

 韓国人は悔しがっているだろうなあ、とも思った。ネットニュースでは、いつものように韓国からの声が紹介されていた。「なんで、韓国人にはノーベル賞が取れないんだ」。日本人が受賞するたびに聞かれる反響で、韓国人自身は、教育制度や研究環境に問題があるとみる人たちが多いようだ。韓国の研究者がどんな環境で仕事をしているかは知らないが、たとえば、スポーツ分野から想像することはできる。

 そのいい例がフィギュアスケートだ。2010年のバンクーバーオリンピックで、キム・ヨナはパーフェクトな演技をして金メダルを取った。韓国が生んだ天才スケーターであることはまちがいないが、問題はあとにつづく選手がさっぱりいないことだ。日本の男女フィギュアではメダルを取れそうな選手が何人もいて若手ホープも多いが、韓国ではキム・ヨナが突出していて層の厚さはまったくない。

 高校野球でもおなじらしい。日本で野球部のある高校は4000以上もあるのに、韓国ではわずか50数校だという。かの隣国では、才能のありそうな子どもを集めてがんがん鍛え、その他の子どものことはかまわない。何事も、一点豪華主義というか極端なエリート教育であり、底辺の広がりがない。

 韓国人でノーベル賞を取ったのは、2000年の金大中大統領ただひとりで、平和賞を受賞した。北朝鮮に対して「太陽政策」と呼ばれた宥和・関与政策を志向し、2000年6月に平壌で金正日との南北首脳会談を実現させ、6.15南北共同宣言を締結した。この南北首脳会談などが評価されての受賞だった。

 ただ、太陽政策は金大中の任期中に宥和政策としては機能したが、南北関係はその後いまにいたるまで冷却化しており、平和賞に値する業績があったとは言いがたい。しかも、南北会談実現のため、金大中は、会談の直前に現代グループが北朝鮮へ5億ドルを違法に送金するのを容認したとされる。現代グループはこれにより、北朝鮮における事業の利権を得た。「首脳会談の実現は送金の見返りだった」という見方があり、ノーベル賞受賞に疑問を投げかけた。これも、いかにも韓国らしいエピソードではある。

 韓国人が科学分野でのノーベル賞をもらえない、というかそのレベルに達していないのは、スポーツと同じで、科学の教育や研究環境も底辺の広がり、層の厚さを重視していないからだろうと思っていた。

 しかし、月刊誌WiLLの2014年12月号に載っていた科学史に詳しい医師・西岡昌紀さんの論文では、それだけではない意外な指摘が行われていた。

 まず、東洋の国としては突出して、なぜ日本人はこれほどノーベル賞が取れるのかが論じられている。その理由は日本語とくに漢字にあるという。「漢字を使ったことが明治以来、いや実は江戸時代以来、日本人が非西欧の国々のなかに在って唯一、西欧に並ぶ水準の科学を自国の文化として持ちえた理由である」

 西岡さんは、「物理学や数学で日本人が当たり前のように使っている日本語の単語」をあげている。質量、運動量、電荷、磁束、原子、分子、電子、微分、積分、行列、固有値・・・。「別に物理学者でなくても、こういう物理学の概念を表す単語を、日本人は母国語である日本語で理解し、語ることができる。そして、それらを中学生や高校生に日本語で語り、教えることができる」

 明治ではなくすでに江戸時代から、「日本人は科学の基礎となる抽象概念を日本語によって編み出し、科学の基礎としての言語を発展させていた」。だからこそ、「明治以後の急速な科学技術の発展は可能だった」とする。

 また、カタカナの功績もある。エネルギー、モーメント、エントロピーなど日本語に訳しにくい言葉や概念は、むりに訳さずカタカナで表記した。カナを持たない中国などではそれができずに苦労しているという。日本をのぞくアジア・アフリカの諸国では、自然科学を本格的に学ぶため、まず、英語やフランス語を習得しなければならない。

 韓国はもともと漢字文化圏であり、日本統治時代に多くの漢字の単語を日本語から受け入れた。それにもかかわらず、戦後、漢字廃止政策をとり、自国語(ハングル)で科学教育をせざるをえなくなったことが致命的な欠点になってしまったという。つまり、数学や物理学に関しては英語、フランス語のできるごく一部のエリートしか学問を深められない環境にあるわけだ。

 だが、日本も今後ノーベル賞をとりつづけられる環境にあるかと言えば、西岡さんはかなり悲観している。いわゆる「ゆとり教育」の弊害・後遺症というべきか、物理などの理科教育がおろそかにされている現実があるという。暗記科目と化している生物などのほうが受験で点数をとるには有利だから、と物理などが敬遠される傾向にあるようだ。英語の前にまずしっかりした日本語教育を、と西岡さんは力説する。ぼくもまったく同感だ。

 自分の経験を語れば、暗記科目を最初からバカにしていて数学、物理が“好物”だった。結果としては文系の人生を歩んできたが、数学、物理でのものごとを論理的に考え表現する習慣は、大いに役立っている。そのうち、ノーベル物理学賞でも狙おうかな。

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松本山雅FCがもたらした、ささやかですごい幸せ

 はいはいしかできなかったわが子がいつの間にかあんよできるようになり、目を細める。人生の幸せは、他人からみればどうということはないところにある。幸福感は主観的なものだからだ。

 松本山雅FCがサッカーのJ2から初めてJ1に昇格が決まったというニュースをみて、ふとそんなことを思った。長野県松本市の人たちはどんなに喜んでいるだろう。J3の地元チームさえない出雲にいて、うらやましくも思った。

 かみさんは長野市の生まれ育ちだから、生粋の信州人だ。ぼくも駆け出しの新聞記者をしていた5年間を長野県で暮らした。ドイツ長野県人会が発足した1995年、ぼくも準長野県人として登録された。そういうこともあって、長野県のふたつのJリーグチーム、AC長野パルセイロと松本山雅FCには前から注目していた。

 長野市と松本市はライバル心が強く、じつはけっこう仲が悪い。そのため、サッカーでも信州ダービーは燃え上がるらしい。「信州人ってそんなに熱かったかなぁ」とかみさんは言うのだが。その信州ダービーを描いた『クラシコ』という映画が製作されたというから、かなりのものだ。

 半世紀前、喫茶店『山雅』の常連客が遊びでサッカーをはじめたのが松本市のサッカーの“起源”だという。そして2002年、W杯日韓大会のキャンプを松本市の真新しい球技専用スタジアム『アルウィン』で張ったパラグアイの有名なGKチラベルトが、「なぜここにプロのクラブがないのか」と言った。それが、Jリーグ入りを目指すチーム発足のきっかけになったという。

 北信越リーグからはじまり2010年に当時のJFLへ参入し、12年にはJ2へ昇格した。今季のホームゲーム動員数はJ2平均の2倍以上の1万2000人超になった。長野県はスポーツの分野で全国に誇れるものはこれまでほとんどなく、松本山雅のJ1入りは県にとって快挙だ。かつてアルビレックス新潟と湘南ベルマーレをJ1にし「昇格請負人」と呼ばれる反町康治監督が引っ張りあげた。

 Jリーグは発足当初から地元密着型の運営を目指していた。松本山雅は誰がどうやって運営しているのか。クラブそのものの運営はだいたい想像できるが、地元のボランティアやサポーターがどんなことをしているか興味があった。

 それをうかがい知ることができるブログがみつかった。J2大分トリニータを熱烈支持する若い夫婦のサポーターが、2014年10月に『アルウィン』で行われたゲームの応援に6泊7日で行ったときの長編旅行記だ。そこから一部編集してポイントを紹介する。

 大分から空路で羽田に飛び、新宿から高速バスで松本市入りした。<大分を出て9時間半。やっぱり信州松本は遠い。疲れた(笑)>< 完全なアウェーにも関わらず気持ちは「わくわく」。なにせ「信州」とか「そば」とか「松本」とかいう文字が目に入るだけで「憧れの地」にやってきたという思いが強い>

 <松本城を後にして先ほど借りた自転車を返して話をしていると、突然「トリサポさん?」と聞かれた>。「第一回松本検定マスタークラス合格 松本の達人」という名刺を渡してきたそのひとは、大分トリニータのことにもずいぶん詳しかった。

 松本山雅サポーターの集まる居酒屋へ行った。店の外にある「山雅伝言版」には「行こうぜ J1」「ここまで連れてきてくれた、反町山雅をなにがあっても信じて行こう」と書かれてあった。< 同じ地元チームを愛するサポとして、胸が熱くなる>

 いよいよ試合当日、夫婦はアルウィン行きのシャトルバスに乗る。< 何と無料!びっくりした。 無料で運営しているのはもちろんサポーターの足の確保のため。しかし、クラブの経営が苦しくなる。そのため入場料を少し高くしたそうだ。それに対して文句を言ってくるサポータは誰もいなかったそうだ。すばらしい>。スタジアムには『大分トリニータ サポーターのみなさん 信州松本へようこそ』というのぼりが。<まぁ、いろんなアウェーに行ったけど、ここまで「ウェルカム」でやってくれたクラブは見たこと無い>

 スタンドへ入るとさらに思いがけないことがあった。<山雅サポさんが手を振ってる、拍手をしている。 誰に?え?後ろを振り向いた。いるのはトリサポだけ。なに?もしかして俺達に? えええええーーー!! 鳥肌が立った。ここは何なの? 素晴らしすぎる>

 <お年寄りに混じって子供さんも多い。 毎試合チケットをスポンサーさんが買って子供(小学、中学生)に無料で配っているそうだ><J1に行けば山雅サポさんが夢とする2万人は間違いなく現実のものとなる。それにしても3000m級の山々に囲まれたロケーションは最高に気持ちがいい>

 試合は松本山雅が勝った。<目の前で見た「地域に根付いたサッカー愛」は勝ち負けとは別のところで「うらやましい」と思ってしまう><スタッフさんが手際よかった。ベビーカーは手伝うし、赤ちゃん連れは優先的にバスに乗せ、人数を数え、座らせた後に立てる元気な人を乗せる。見ていて何とも気持ちが良かった。 最後まで気配りができるここの運営スタッフに脱帽した。もう、本当に書くことが多すぎて書ききれない。 仲間の話を集めただけでも一冊の本ができるのではないかと思ってしまう>

 松本市ってそんな土地柄だったっけ?わが夫婦にとっても新しい発見だった。

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