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出雲の赤いテープ

 英語に「レッドテープ」という言葉がある。その昔、たぶん大英帝国でのことだろうが、役所で公文書を赤いひもで縛ったのが語源だそうだ。転じて、官僚的形式主義とか官僚的で面倒な手続きという意味で使うようになった。

 この言葉を初めて知ったのは、インドのニューデリーに赴任してまもなくだった。たとえば、日本の実家からうちの子どもに日本製のおもちゃが送られてきたとする。ニューデリー中心部にある外国郵便局から、何かが日本から送られてきた、という通知状が届く。その時点で関税額が記入されているときもあるが、たいていは、外国郵便局へ出向いて郵送された物を自分で確認する。ああこれはおもちゃだなと思ったら、商品の適当な金額を書いた上申書のようなものを書くことになる。

 上申書と言ってもそれ用の用紙があるわけではなく、ざら半紙を1枚渡され、そこに自分はどこそこに住む誰それで、これこれの郵便物がきたので関税を払い受け取りたい、と書いていく。もちろん英語でなければならず、タイプライターもないから手書きだ。

 それは郵便物の封を開けるまえの話で、日本から何が送られてきたのかはあらかじめ知っておかなければならない。そして、局の係官のまえで開封するのだが、中の製品がインド人の目から見て申告額より相当高そうなら、ひともんちゃく起きることになる。

 薄暗い、インド人の体臭が臭う古ぼけただだっ広い外国郵便局などで、日常的にこんな交渉をするはめになった。そのおかげで、けんか腰の英語はけっこううまくなったが。

 父が亡くなり、インドでのようなレッドテープ体験を、わが郷里・出雲ですることになるとは思ってもみなかった。「これからの手続きが大変だよ」とひとから言われたが、事務処理能力にはいささか自信があったから、まあ大丈夫だろう、とたかをくくっていた。

 だが、甘かった。故人の口座は、死亡届が出されるとすぐに凍結される。そのため、口座引き落としになっていた公的な支払いがすべて現金払いになる。出雲市役所からは「後期高齢者医療保険料」と「国民健康保険料」の請求書がきた。ひとつはコンビニ払いOK、ひとつはコンビニNGだった。おなじ市役所でもこういうふざけたことをして平気なのだ。わざわざ、混雑している郵便局へいくはめになった。

 父から相続するものとしては、家とその宅地、ささやかな田んぼと畑がある。相続するためには、故人が生まれてから死ぬまでのすべての戸籍謄本をそろえなければならない。故人が認知していた隠し子がいたりすれば、その子にも相続権があるからという。

 近所のひとに聞いたり、最近やはり父を亡くした奈良の親友にメールで問い合わせると、「司法書士に任せたほうがいいよ」という。それならということで、かみさんを連れてある司法書士事務所へ行った。

 相手はプロだからテキパキと話を進めてくれた。その司法書士さんは女性で、兵庫県西宮市出身というコテコテの関西人だった。夫の仕事の関係で8年前に出雲にきたというのだが、どうも出雲の風土が合わないようだ。こっちがUターン組だと知ると、出雲の悪口を機関銃のように連射した。

 なかでも、相続の手続きの“出雲式”のややこしさを聞かされてげんなりしてきた。不動産関係はすべて司法書士に任せればいいのだが、預貯金は自分でやるしかないそうだ。

 父は、4つの金融機関を利用していた。その一つひとつに行って、相続人関係図などを書かされ、さらに申請用紙をもらう。金融機関によって要求する書類がちがうので、それをまちがえず必要部数そろえるのが大変だ。

 ゆうちょ銀行の場合、窓口で書類を数枚書いたのに「中央のセンターから用紙を自宅に送付することになっています。1週間かかります」とそっけない。ある信用金庫では、相続人すべての印鑑証明の原本がないと手続きはできないという。JAはさらにややこしい。父の場合、母と兄妹も相続人だが、印鑑証明を計何通ずつもらえばいいかまだわからない。

 文字通り連日、金融機関や市役所などを回っているのに、まったく見通しが立たない。ぼくのあるいとこはフルタイムの勤務をしながら相続手続きをしたので、完了までに3年かかったという。たぶん本当の話だろう。

 一番ふざけていたのは、母の遺族年金を代理申請するために出雲年金事務所へ行ったときだった。市役所でどんな書類が必要か確認して入手し、母の施設へ行って委任状を書いてもらい、紛失した年金手帳の代わりに健康保険証があればいいということも電話で確かめたうえで出かけた。だが、冷酷な感じの女性職員は、父と母が「同一生計だったことを証明する書類が必要だ」と言い張った。たしかに、両親は晩年、別々の施設に入っていたが、住民票の住所もいっしょだ。両親のそれぞれの年金額をみれば同一の生計でなきゃ母の施設の費用も払えないことはすぐにわかる。

 同一生計を証明する書類には、「3親等以外」の人物の署名捺印が必要だという!そんな赤の他人が、うちの両親が同一生計だったことをどうやって知っていたというんだろう。

 あまりの馬鹿さ加減に「こんな手続き、納得はできませんが、誰かの署名捺印があればいいんでしょ。持ってきますよ」と啖呵を切って席を立った。

 奈良の親友にメールで愚痴ったら「そんなこと、こっちはなかったよ」と呆れていた。住所、名前を書き捺印する各種申請用紙の総数は、軽く100枚を超えることになるだろう。

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