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ぼたん鍋と愛妻に贈る歌

 出雲には、島根県立公園の立久恵峡という名勝がある。神戸川の渓流に沿って奇岩がそびえ、温泉も出る。いま往時の賑わいはないが、温泉旅館が2軒建っている。

 わが家へ出入りしている大工のOさんが企画して、その旅館のひとつでぼたん鍋を囲む会が開かれた。旅館は御所覧場(ごしょらんば)という珍しい名前だ。出雲松江藩の第7代藩主・松平治郷(まつだいら はるさと)の別荘地跡にちなんで命名されたそうだ。治郷は江戸時代の代表的茶人のひとりで、その号から不昧公(ふまいこう)として知られる。

 去年の初夏のある日、わが家の屋根と外壁の修理にきたOさんが、冬になったらぼたん鍋を食べに行こうと誘ってくれて、ぼくら夫婦はとても楽しみにしていた。

 旅館のマイクロバスが、迎えにきてくれた。参加者は、左官のMさん一家、俳優の石倉三郎さんによく似たTさん一家を加えた4家族15人で、バスに次々ピックアップしてもらい山あいへ入っていった。

 小一時間で立久恵峡へ着いた。ぼくたち夫婦がここへきたのは、インドから帰国した1990年の夏休み以来だから、じつに25年ぶりとなる。あのころ、うちの子どもたちはまだ赤ん坊で、なにも覚えてはいないだろう。親兄妹孫が一堂に集まったのは、いまふり返れば、その夏が最後だった。ぼくはわが子や甥っ子たちを連れて渓流で遊び、宴会では地元特産のカニの飴炊きや鯉の洗いなどを味わった。母は孫たちと花火をしてはしゃいだ。

 御所覧場2階の宴会場には、大きなガラス窓があった。夕闇が訪れるとライトアップされ、高さが50メートルはあろうかという奇岩の列が浮かび上がる。

 お楽しみのひとつは、その奇岩を観ながら入る露天風呂だった。旅館でタオルをもらいさっそく風呂に向った。一番乗りで岩風呂につかると、お湯がぬるい。真冬にしては気温がやや高く風もほとんど吹いていないから、どうにか入っていられたが、そうでなければ確実に風邪をひきそうだった。内風呂は、道路をはさんだ旅館内にある。

 Oさんたち男性4人もやってきた。Oさんは、さすがに大工で「ここの天井を支えてるのはこんな細い柱1本だけだね。地震がきたらひとたまりもないよ」。数年前、御所覧場のすぐ脇を5トンほどの巨岩が転がり落ちたことがあったそうだ。県はあわてて、他に落ちる恐れのある岩がないか調べたという。

 ほとんど体が暖まらないが、風呂からあがって宴会場へ帰った。テーブルには、すでに食事の用意が調っていた。出雲で捕獲したというイノシシの肉が、野菜を底に敷いた鍋にちょうど牡丹の花のように盛りつけられている。肉が牡丹色のため、ぼたん鍋と呼ばれている。

 生ビールで乾杯し宴会に突入した。ふだんは糖分を気にして焼酎を飲んでいるという左官のMさんも、「こういうごちそうのときは、やっぱ熱燗だよね」とちょこを傾けている。

 猪肉は柔らかく、甘い脂身が分厚く巻きついている。牛や豚とちがいイノシシやシカなどの脂身は健康にいいと聞いているので、思い切り食べまくった。猟師さんのなかには、この脂で質のいいハンドクリームや石鹸を作るひともいるという。でも、それはもったいないと思うほどに箸は進んだ。

 熱燗の徳利が10本ほど空いたところで、Oさんが若い参加者にカラオケを用意するよう指示した。大画面のテレビをモニターにしてカラオケ大会がはじまる。Oさんはかなり酔っていて、伴奏と歌の“時差”がひどい。いちおう画面を流れる歌詞をみてはいるが、「独自の戦い」という感じだった。それでも、自分が企画したぼたん鍋イベントを盛り上げようと一生懸命だ。

 失礼ながら、見かけによらず歌がうまいのが石倉三郎さん似のTさんだった。何曲か歌ったあとに、ぼくの知らない歌を選曲した。リフレインに♪お前はおれの宝物 お前はおれの宝物♪という歌詞がある。Tさんは、その部分を歌いながら自分の妻を見つめ手で指すのだった。

 Oさんが冷やかしたが、Tさんはまったく照れないでそれをくり返し、歌い終わった。いつものことなのか、奥さんも照れたようすはない。

 うちのかみさんが聞いたところ、Tさん夫婦は10数歳の「年の差婚」で、大学生の息子と高校を出て社会人になった娘がいる。感情や愛情をあまり表現しない日本人のなかでも、とりわけその傾向が強い出雲にあって、Tさんは例外中の例外ではないだろうか。酒席とはいえ愛妻ぶりを堂々と人前で示す姿は、とても新鮮で微笑ましかった。

 Tさんは、うちのかみさんにこう言ったという。「ぼくは幸せでねぇ。ほんとに、いつ死んでもいいと思ってますよ」。人生で最大の幸せは、相性のいい運命のひとと出会い、仲良くいっしょに暮らし、可愛い子どもや孫に恵まれ、楽しく生きていくことだ。

 ぼくがぼたん鍋を食べたのは33年ぶりだった。信州・伊那の山あいの旅館へひとりで泊まったときのことだ。その宿は作家の佐藤愛子先生が執筆するときに使っていると聞いて、行ってみた。作家を気取って原稿用紙とペンを持ちこみ、ひとり鍋のあと、あるひとに頼まれたエッセイを書いた。その作品『金木犀の話』が、数年後、ぼくとかみさんが結婚するキューピッドとなったのだった。ぼたん鍋はラッキーアイテムなのかもしれない。

 1月31日は「愛妻の日」だという。1がI=アイで、31をサイと読ませる。

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