もう時効だから書ける、役得のテニス観戦
東京「有明テニスの森公園」の敷地内にある有明コロシアムは、観客席1万を備え、開閉式の屋根を持つテニスの殿堂だ。上の方の席からでも、コートがよく見えファンにはたまらない。いつもは、緊迫した空気と歓声に包まれているが、その日は笑い声が絶えなかった。
かみさんが正月に録画しておいてくれたテレビ朝日系「夢対決2015 とんねるずのスポーツ王は俺だ!!」を、やっと観る時間ができた。
われらが錦織圭と、昨年、彼の専属コーチになって全米オープン準優勝、世界ランク5位に導いてくれたマイケル・チャンが、とんねるずと対戦する。熱血指導の松岡修造さんも、もちろん参戦する。
とんねるずがまともに戦って勝てるわけはなく、さまざまな奇策が登場した。木梨憲武さんは、ラケットを2本持ち出して二刀流でコートを動き回る。一番笑えたのは、ネットをずらし、とんねるずのコートをうんと狭くして戦う新戦法だ。卓球の福原愛ちゃんがやらされたのを、テニスでも初めて取り入れた。有明コロシアムのネットポールは自由にずらせるようになっているのを、初めて知った。
マイケル・チャンの少し広くなった額を見ながら、ちょうど20年前のことを思い出した。ドイツのフランクフルトで、現役ばりばりの彼が熱闘を演じたときのことだ。
当時ぼくは、特派員としてボンに駐在していた。体育会系でショートヘアが似合うゲルマン美人の取材助手クラウディア嬢が、ぼくを誘惑するように言った。「今度、フランクフルトでATPツアー世界選手権があるんですけど、大会のプレスカード(記者証)を取って観にいったらどうですか?」。彼女もテニスが大好きだった。
ATPツアー世界選手権というのは、いまで言うATPワールドツアー・ファイナルのことだ。ATPワールドツアーの年間最終戦で、レース・ランキングなどによりシングルス8人、ダブルス8組が選出され年間王者を決定する。
ちょっと調べてみたら、第1回大会は、1970年に東京都体育館でペプシ・グランプリ・マスターズとして行われたそうだ。以降、名称を変えながら各国持ち回りで行われた。ぼくがボンにいたころは、何年かつづけてフランクフルトが会場になっていた。
クラウディア嬢によると、新聞社のレターヘッドに申請書を書いて大会主催者に送れば、たぶんプレスカードはもらえるという。ぼくはスポーツ記者ではないが、ドイツ連邦政府新聞情報庁に登録した正式な外国人特派員だからだいじょうぶらしい。
問題は、東京本社にどういう口実で出張申請をするかということだった。当時、ATPツアー世界選手権に出場できるような日本人選手がいるわけはなかったから、正攻法では許可が下りないだろう。
そこで、動機は不純ではあるが、クラウディア嬢に協力してもらって、出張の口実探しをはじめた。そして見つかったのが、「ロスチャイルド家展」という催しだった。ロスチャイルド家は、言うまでもなく世界的財閥で、いまではアメリカのファミリーだと思われている。だが、そのルーツはフランクフルトにある。
ロスチャイルドのスペルはRothschildで、「ロスチャイルド」は英語読みであり、ドイツ語読みでは「ロートシルト」となる。ロートシルト家は、神聖ローマ帝国自由都市フランクフルトのユダヤ人居住区(ゲットー)で暮らすユダヤ人の家系だった。ロートシルト(赤い表札)の付いた家で暮らすようになってから、ロートシルトと呼ばれるようになった。やがて銀行業で財をなしたが、ナチスによって反ユダヤ主義プロパガンダの格好の標的とされたことなどから、亡命した。
これだけの材料があれば、じゅうぶん記事が書ける。東京本社のほうはそれでOKだ。さっそくクラウディア嬢に申請書を書いてもらい、ぼくがサインして郵送すると、しばらくして取材許可が下りた。
フランクフルトの大会会場で、ぼくの席は前から二番目だった。強打のピート・サンプラス、のちにハリウッド女優ブルック・シールズと結婚するアンドレ・アガシなど、そのころのスーパースターが次々と戦った。一番声援を受けたのは、ドイツ出身のボリス・ベッカーだった。何しろ弱冠18歳でウィンブルドンを制し、一躍、ドイツにテニスブームをもたらした栄光の選手だった。
トッププロの試合を生で観るのははじめてだった。サーブは軽く200キロを超える。ある試合では、サーブに頭を直撃された線審がふらっとするシーンもあった。
なかでも印象に残ったのが、マイケル・チャンだった。台湾系アメリカ人で、独特の粘り強さがあった。絶対に取れないだろうと思われるコートぎりぎりの球を、「ウッ、ウッ」と声を出しながら拾いまくる。決勝では、わずかの差でボリス・ベッカーに敗れたが、アジア系選手として堂々の戦いぶりだった。
そのマイケル・チャンが専属コーチになったのだから、錦織圭が技術、メンタルとも格段に強くなったのはうなずける。
とんねるずの番組では、アンドレ・アガシも登場した。すっかりおじさんになっていた。今度は、ATPワールドツアー・ファイナルで錦織圭の勇姿が観たい。
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