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たかがパクチー されどパクチー

 パクチーが手に入るか入らないかは、ぼくたち夫婦にとってはかなり重要な問題だ。人生の幸不幸を左右すると言ってもいいだろう。ま、そこまでではないが。

 インドから帰国した1990年春、東京近辺ではどうすればパクチーが入手できるか、研究を重ねた。その結果、池袋の東武百貨店の地下食品売り場にあるのを発見した。静岡産で1株がたしか250円くらいはしたと思う。インドの青空市場と比べると10倍以上だ。それでも当時は他で手に入らなかったので、通勤帰りにかみさんへの手土産として買って帰ったことがある。かみさんはたぶんお花よりパクチーのほうを喜ぶと思う(^-^q)。

 新聞特派員の出撃基地であるかつての職場・外報部(現・国際部)でも、パクチーが話題になったことはある。世界各地での生活経験がある面々がそろっているから、自然とそういう話で盛り上がる。食べることに興味のない記者は乗ってこないが。

 ぼくはまだ行ったことはないので断言はできないものの、アフリカ、中南米にもパクチーはあるようだ。面積や人口から考えると、パクチーを食べているひとのほうが地球の多数派だと言えるだろう。

 インドでのパクチーをめぐる想い出のなかでもっとも強烈なのは、チキンカレーのパクチー乗せだ。ぼくはニューデリー特派員とは言いながら、パキスタンやアフガニスタンへしょっちゅう出張していたので、インド国内で取材旅行をする機会は案外少なかった。それでも、南アジア情勢が少し落ち着いたら、お抱え運転手ヘンリーの運転で近間へ出かけたり、長距離列車や飛行機の国内線で出かけたりした。

 あるときには、わが家の赤ん坊を子守りのお姉ちゃんに任せて、かみさんにインドの田舎を体験させようと、ヘンリーの運転でニューデリーから南へ車を走らせた。途中、マトゥーラという古代からの都市があり、幹線道路脇の料理店で昼食をとった。日本式に言えばドライブインといったところだ。

 親友プラメシュは、こんなアドバイスをしてくれたことがあった。「インドの田舎で、不潔な店しかないときには、肉が腐っている可能性があるから、ベジタリアンカレーにしたほうが絶対に無難だよ」。マトゥーラの店は、インドの田舎にありそうな何の変哲もない感じではあったが、不潔そうでもなかったので、チキンカレーを注文した。

 出てきたのは、インドではごくふつうの骨つきチキンカレーだ。ユニークなのは、上にパクチーがどっさり乗っていることだった。カレーのスパイスのひとつとしていわゆるコリアンダーつまりパクチーの乾燥粉末を入れるのは一般的だが、生のパクチーを乗せて出てきたのは初めての経験だった。

 ぼくとかみさんは、これもいいんじゃない、とばかりぱくついた。う、うまい! カレーは絶品で、乗せられたパクチーと見事に調和している。こんな田舎にこんな美味いカレーがあるなんて、さすがインド!

 インドにいた3年間に、いやというほどカレーを食べた。地方へ取材旅行したときなど、メニューにカレーしかないから1週間も食べつづけた。メニューにはカレーという言葉はなく、ただチキン、マトン、ベジタリアンなどと書かれているのだ。そのなかでも、マトゥーラのパクチー乗せカレーに匹敵する最上の1品としては、プラメシュと食べたカルカッタ(現コルカタ)のエビカレーしか思い浮かばない。

 ぼくとかみさんは、マトゥーラでパクチーの底力を再発見したのだった。

 時は流れ、ドイツへ赴任し再帰国してからしばらく経ったころ、かみさんは東京近郊のある食品会社へ勤めはじめた。ベトナムが起源の生春巻きやタイ風エスニックスープが日本でブームになりつつあるころのことで、会社では大量のパクチーを扱っていた。食材が残ることが日常的にあり、かみさんはパクチーをもらって帰る日もあった。

 まず使ったのが海鮮中華サラダ・シャカシャカだった。次に思いついたのはタイスキだった。タイスキというのは、語源は「タイのすき焼き」とされているが、日本のすき焼きとは似ても似つかない。肉類や魚介類、野菜、豆腐などなんでも鍋にぶち込んでパクチーの効いたピリ辛のたれにつけて食べる。首都バンコクなどには、現地でCOCAと呼ばれるタイスキの店がいっぱいあって、にぎわいを見せている。伝統的なタイ料理もうまいが、ぼくはこのタイスキが大好物だった。日本の輸入食品店には瓶入りタイスキのたれを売っていて、パクチーを刻んで入れれば本場風のが食べられるのだった。

 シンガポールで食べた鍋料理スチームボートにもパクチーは入っていた。それをヒントに、わが家ではシャブシャブのポン酢にパクチーを入れることもよくあった。食品会社でパクチーの葉だけを使い残った根っこ部分をもらったときには、浅漬けにした。これがまたいけるのだ。

 そして、2013年秋、出雲へUターンすることになり、パクチーの種を買って帰ることにした。出雲でパクチーを売っているとは思えなかったからだ。プランターに撒いて育てようとするのだが、なかなか大きくならない。ネットで調べてプランターの形状や土の種類、日当たり加減などを研究し、どうにか少し食べられるようにはなった。だが、まだムシャムシャ味わえるほどには大きくならない。

 たかがパクチー、されどパクチー。その奥は深い。

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