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歪んだイニシエーションの悲劇

 川崎市の多摩川河川敷で、中1の上村遼太君(13)が17~18歳の遊び仲間に殺された事件の余波は、まだつづいている。

 ぼくは、若いころ、川崎市中原区の社宅に住んでいたことがあり、多摩川河川敷は日向ぼっこや散歩の場だった。対岸には巨人軍の多摩川グラウンドがあり、練習を観に行ったり社内対抗の野球の試合をして泥まみれになったりしたものだった。川一帯がカップルや家族連れの憩いの場でもあり、のんびりしていた。

 そんな河川敷で、深夜に少年たちの凄惨な事件が起こったことに、ショックを受けた。

 そして、報道で知ったのだが、遼太君は小6の夏まで島根県・隠岐諸島の 西ノ島に住んでいたという。つまり、ぼくと彼とは同県人ということになる。隠岐の島には、高2の夏に学校のキャンプで一度行っただけだが、のどかで素晴らしい自然に恵まれていた。

 だが、2013年7月、遼太君母子は西ノ島を出て遠い川崎市に向かった。島で唯一フェリーが乗り入れる別府港には、「ありがとう」 「元気でね」 と書かれた横断幕が掲げられ、別れを惜しむ島民が約70~80人も集まったという。「見たことがないぐらい盛大だった」。遼太君が通っていた町立西ノ島小の金築康治校長は、毎日新聞の取材にそう振り返っている。

 ある島民の女性は、「狭い町なので、みんなが同じように仲が良くてみんながいっしょに遊んでいた。だからその分(事件には)ショックが大きい」と話している。

 島は人口約3000人で、島民が家族のように暮らしているという。遼太君はバスケットボールと釣りが好きな明るい性格で、誰からも慕われていたといい、凄惨な殺人事件とはあまりにもそぐわない。

 どんな家族だったのだろうか。両親と下に3人のきょうだいがいて、遼太君はよく面倒を見ていたという話もある。だが、彼が小3に進級するとき両親が離婚し、生活には困っていたようだ。

 遼太君は、川崎に引っ越した翌月、夏休みで西ノ島に来て「中学生になったら島に帰って来たい。それが無理でも遊びに来たい」と話していたという。

 その川崎市で、母親はすさんだ生活をしていた。週刊文春によれば、事件当日、朝まで遼太君が帰らなかったのに捜索願いも出していなかった。子どものことはかまわず、うちのなかはぐちゃぐちゃで、「男」もいたという。

 事件では、主犯格のA(18)とAの中高の同級生B(17)、別の中学出身で1学年下のC(17)の3人が殺人容疑で逮捕された。Bがマンションの前で酒を飲みたばこを吸っていて警察に通報されたとき、Bの父親は「俺がいいって言ってんだからいいんだよ!」と警官に開き直った。母親もパチンコや居酒屋にくり出す毎日で、深夜まで家を空けることが多かったという。

 いま、仕事の必要があって心理学や精神分析の本をたくさん読んでいる。その1冊に、文化庁長官も務めたユング派臨床心理学者・河合隼雄氏の『母性社会日本の病理』という著作がある。

 西洋は一神教の文化圏で父性社会であり、それはそれで問題を抱えているが、日本は母性社会で父親の存在が薄く、それが社会の病理の一因となっているという分析だ。

 そのなかで、子どもから大人になるための通過儀礼、イニシエーションについて語られている。テレビでしかぼくも知らないが、アフリカのある部族には、少年たちを高い崖から飛び降りさせることで一人前と認める風習があったりする。あれがイニシエーションだ。

 では、日本の若者たちには、自我を確立し大人になるためのイニシエーションがあるのだろうか。河合氏はこう述べている。「彼らは父を求めて右往左往するが、出会うのは母ばかり。しかも彼ら自身、母親から分離し切れていない状態となっては、業を煮やしての短絡行動も生じてくるわけである。イニシエーションの儀礼として、内的に行われるべき死と再生の密議は、にわかに外界に向って行動化され、それは自殺や他殺という事件へと成り下がってしまう」

 川崎市の事件にからんだ少年たちにとっては、求める父親がいないか、いても父親失格であり、母親は母親で、母性を子どもたちにじゅうぶん分け与えた気配がない。河合氏がこの本を書いたのは1975~76年のことだが、それから40年が経って、いまの日本はある子どもたちにとって「母性社会でさえもない」現実がある。

 話は飛躍するようだが、イスラム過激派「イスラム国(ISIL)」へ行ってみたいと考える少年、青年たちも、自分なりにイニシエーションを求めているのではないだろうか。

 河合氏は、近代日本のイニシエーションの例として徴兵検査をあげている。北朝鮮とのあいだで休戦状態の韓国では、よく知られるように徴兵制がある。だが、韓国でも兵士同士のいじめが深刻で、健全なイニシエーションとはほど遠いらしい。

 ドイツでも、近年まで徴兵制があった。まだ、ドイツにその制度があったころミュンヘンへ行って、地元に長く住んでいる日本人女性Yさんとビールを飲んだ。彼女は「日本にも徴兵制があれば、男たちがもう少しシャンとするのにね」と話していた。

 イニシエーションを求め仲間を惨殺するような少年のいる国は、やはり病んでいる。

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