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AKB48は特大ホームランだった!

 いわゆるアイドルというものに、少年時代からほとんど興味がなかった。歌を聴くにしても歌うにしても、もっと大人の歌手のほうがいい。だから、あの歌手はいいな、と子ども心に思ったのは山口百恵さんくらいだった。彼女は21歳で引退したからいまのアイドルとそう変わらない年ごろだが、ずっと大人びていた。

 アイドルに興味はないと言っても、AKB48などをプロデュースする秋元康さんがどういうひとなのかには関心があった。

 文藝春秋2015年4月号で、秋元さんが伊藤忠商事の岡藤正広社長と異色対談をしている。「今の若者に一番欠けているのは、何が何でも一等賞を取りたいという気持。・・・今の学生は、これぐらいのレベルの大学に行ければいいや、という風に『絶対にここに行く』とならない。行動パターンが偏差値的なんです。これは何も受験に限った話ではなくて、生き方までがそうなっています」

 偏差値的生き方とは初めて聞く言葉だった。知り合いの若者の顔を思い浮かべると、たしかにほとんどはそうかもしれない。思えばぼくの受験時代、偏差値というのは模試ではあったように記憶しているが、大学のランクが輪切りにされることはまだなく、志望校を決めるときにも参考にしなかった。どこそこの大学のなんとか学部は偏差値○○というような情報はなかった。

 それとも、実際にはあったが、ぼくが無頓着でそういうのはまったく気にもしないで自分が行きたい大学を“決め打ち”したのかもしれない。

 秋元康さんの言葉が心に引っかかったので、偏差値とは何か、ちょっと調べてみた。すると、週刊ポスト2013年9月6日号で大前研一氏がこんな解説をしていた。「偏差値とは1960年代から受験業界で学力成績の指標として使用されるようになった。しかし、実は偏差値は単なる学力の物差しではない。“お上”が明確な意図を持って導入したものである。私はかつて、偏差値導入を主導した政治家から話を聞いたことがある」

 ベトナム反戦・第2次反安保、学園民主化などで大学闘争が活発化して東大安田講堂事件(1968~1969年)が起きた後、大前さんが「日本はこのまま行くと若い人達が不満を募らせて、クーデターを起こすのではないか」と懸念を示した。だが、その政治家は「大前さん、その心配はないですよ。国にもアメリカにも逆らわない従順な国民をつくるために『偏差値』を導入したのですから」と答えたそうだ。

 大前さんは「偏差値がそれほど重要な意味を持っているとは思っていなかったので非常に驚いた」と述懐し、こう述べている。

 「世界のほとんどの国には偏差値などなく、学生は自由に学校を選んで受験している。結局、日本で導入された偏差値は自分の『分際』『分限』『身のほど』を弁えさせるための指標なのである。そして政府の狙い通り、偏差値によって自分のレベルを上から規定された若者たち(1950年代以降に生まれた人)の多くは、自ずと自分の“限界”を意識して、それ以上のアンビション(大志)や気概を持たなくなってしまったのではないか、と考えざるを得ないのである」

 日本の若者たちは、偏差値教育行政によって、羊の従順さになるようマインド・コントロールされてきたことになる。

 秋元さんは、だからアイドルを目指す子たちに偏差値的生き方ではないものを要求してきた。AKB48と言えば総選挙が有名だが、秋元さんはこういう考えで導入したのだそうだ。「そもそも芸能界とは、毎日が総選挙みたいなものなんですけど、普通はその部分を見せません。・・・AKBが特別に厳しいというよりは、何か芸能界で成功するためのキッカケを掴んでもらいたいな、と思っています」

 秋元康さん自身、「CMの場合は面白ければいい、ではなく、どれだけ商品の訴求ができたか、どれだけ商品が売れたかというのが最大のポイント。だから、バットを短く持って確実にヒットを打ちにいくんです」。ところが、10年前にAKBをはじめたときは「バットを長く持って完全にホームランを狙っていました」と言う。

 アンビション(大志)を持って芸能界に革命を起こす覚悟ではじめたということだ。

 おなじことを聞いた記憶がある。ベルリン特派員をしていたふた昔前、日本人のある科学者がノーベル化学賞を取るかもしれないという情報を得て、地方都市のワイマールに急きょ出張した。かつてゲーテが活躍した文化都市だ。科学者は隣国オーストリアでの学会に出席したあとワイマールで発表を待つという。

 ホテルへ着いてすぐその先生に電話したら、他にメディアは来ておらず独占で取材できることになった。賞の発表までは半日ほどあったから、先生と同行の奥さまを小さなドイツ・レストランに招き、じっくりと話を聞かせてもらった。研究の内容は難しかったが、先生の言葉が鮮烈な記憶として残っている。

 「いつも若いひとに言ってることがあります。研究は、基礎を大切にしろ。そして三振してもいいからまずホームランを狙えってね」

 先生は、惜しくもノーベル賞は逃したものの、ぼくは人生の大きな教訓をもらった。だから秋元さんが言いたいことはよくわかる。若者には偏差値的人生など歩んで欲しくない。

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