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仏教で女性を救済した親鸞

 梅原猛先生の著作はほとんど読んできたが、2014年10月に刊行された『親鸞「四つの謎」を解く』(新潮社)は、5か月かかってやっと読み終えた。仕事とプライベートの本10冊くらいを同時進行で読むくせがあるので、時間がかかることもある。じっくり楽しみ、なるほどそうかと思いながら読破した。

 文化勲章の梅原猛先生と言えば、ぼくが大学に入った1972年に上梓された『隠された十字架』を読んだのが最初だった。法隆寺は聖徳太子の怨霊を封じ込めるために再建されたというその説は、大胆かつ衝撃的で、おなじ下宿の先輩が口角泡を飛ばして熱弁するのに刺激され、買って読んだ。柿本人麻呂の死をあつかった『水底の歌』(1973年)なども懐かしい。

 梅原先生に接近遭遇状態になったことが一度だけある。ニューデリー特派員をしていた1988年だったか、市内にひとつだけできた名ばかりの日本食レストラン『東京』で、隣の席にいたのが先生だった。名刺を持ってごあいさつしようと思ったが、誰かと熱心に話し込んでおられたので、遠慮した。会話の中身から、たぶん、インドの仏跡を訪ねて来られたらしかった。

 『親鸞「四つの謎」を解く』によると、日本仏教のスターとも言える親鸞は、90歳で没したという。梅原先生も、2015年3月20日、満90歳になられたそうだが、その健筆は衰えていない。「はなはだ」とか「まことに」とかがよく出て来るその文体は、以前の著作と変わらず、流れるようなリズムがある。超一流のひとというのは、文化庁長官を務めた故・河合隼雄先生などもそうだが、深い学識を読みやすい文章で書かれるところが、並みの知識人とはちがう。

 そして、梅原先生の場合は、高齢にもかかわらず、必ず自分でフィールド調査をして思索し、史料を読み込んでまとめられるのがすごい。コチコチの象牙の塔に閉じこもって研究をする凡夫の学者とちがい、定説を打ち破る独創性、破壊力がある。あまりにも大胆なので批判もあるが、その正否は歴史が証明するはずだ。

 先生は、若いころから親鸞の代表作『教行信証(きょうぎょうしんしょう)』をくり返し読んだのだという。この本は、ぼくにとっても青春の日々がよみがえる懐かしいものだ。あまりにもむずかしそうで読んだことはないが、おなじ下宿には東本願寺が設立した「学寮」を起源とする大谷大学の学生が何人かいて、部屋へ遊びに行くと、本棚には必ずこの本があった。彼らはたいてい真宗のお寺の息子で、『教行信証』は必読書となっていた。でも、梅原先生でさえ「むずかしい」と書いているくらいだから、学生の手におえる書物ではなかったかもしれない。

 『親鸞「四つの謎」を解く』には、なぜ親鸞が、日本の僧侶としては初めて公に妻をめとったかという謎があつかわれている。「そもそも釈迦が始めた仏教では、出家者は妻を娶ることはもちろん、女性に触れることを固く禁じられていた」「そこには深い女人差別の存在がある。女人差別は仏教の伝統であるとさえいえよう」

 先生はこう指摘するが、その謎について「現在のほとんどの親鸞研究者はまったく口をつぐんでしまう」そうだ。「これは仏教の根本問題ではなかろうか」とし、親鸞の教えは「女性差別を否定した新しい女人救済の仏教」だとする。

 親鸞は法然に入門していたころ比叡山にいたが、京の里にある六角堂へ百日参籠し、救世観音から夢のお告げを受けたという。

 「宿命によって、お前が女性を犯すというのであれば、私が美しい女の身となって犯されてやろう。そして一生の間、お前の人生を荘厳に満たし、臨終に際しては極楽へと導こう」。さらに観音は「これは私の誓願であり、このことをすべての衆生に説いて聞かせよ」と命じられた。

 親鸞に結婚を勧めたのは、時の権力者で摂関家当主の九条兼実と親鸞の師である法然だったとの推理を、梅原氏は開陳する。しかも、その妻は兼実の娘・玉日だったとする。

 親鸞の言葉でもっとも有名なのは、その言行を弟子の唯円が書き残したとされる『歎異抄』にあるこの言葉だ。

 「善人なほもって往生をとぐ。いわんや悪人をや」

 善人でさえ極楽往生できるのだから、ましてや悪人だって極楽へ行ける。「実はこの悪人救済の教えである『悪人正機説』は、親鸞の前にすでに師・法然が語った言葉として、今日では認識されつつある」のだそうだ。

 梅原氏が問題にするのは、弟子の唯円への奇妙な問いかけのほうだ。

 「お前は私のいうことを信じるか、信じるならば、人を千人殺してみよ。悪人が救われるというなら、千人殺したら救われるが、どうだ」

 その問いかけへの答えはここでは省く。梅原氏は「このような親鸞の言葉には、明らかに親鸞自身の異常なまでの罪悪感が反映しているように思う」とし、徹底解明している。

 『隠された十字架』のあとがきには、出雲大社の謎についてほんの少し触れられている。出雲大社こそ、大国主命の怨霊を封じ込めた宮であり、再建法隆寺に通じる。先生の体力が残っているなら、その謎についても徹底研究して書き残して欲しい。

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