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2015年5月

腐っても鯛、蒸しても鯛

 東京の麻布十番が鯛焼き発祥の地だそうだ。明治時代、庶民のあこがれの鯛を手軽に食べられるよう開発されたという。日本人にとって、鯛は昔からやはり特別な魚だった。

 瀬戸内海の島へ旅行したとき、温泉ホテルの夕食に鯛のはらわたの塩辛がでてきた。料理長が考案したもので、臭みの少ない鯛ならではの一品だった。これを、料理長は島の特産にしたいと考えているそうだ。

 鯛と言えば、食いしん坊の身ではあり、中華料理の鯛の姿蒸しが前から食べたかった。最初に食べたのはどこだったか。横浜の中華街だったか、神戸の南京町だったか、それともマニラやシンガポールあるいはロンドン、マレーシアの中華街だったか。

 出雲にUターンして、魚介の本場だから自宅で作って食べることを考えた。そのためには条件があった。手頃な大きさと値段の鯛が手に入ることはもちろんだが、中華蒸しの薬味には、やはりパクチーが欲しいところだ。

 パクチーの種をプランターにまき何とか育て上げたことは、かつて詳しく書いた。そのパクチーも収穫して食べて残り少なくなり、すでに花を咲かせ種ができているものもある。それでも数本は食べられそうだった。

 庭の片隅においたプランターを観察しながら、かみさんと鯛が手に入る日を楽しみにしていた。パクチーが育ちすぎてしまえば料理には使えないから、鯛とパクチーがわが家で出会うタイミングは微妙だった。

 2015年5月の初め、あるスーパーのチラシに鯛の広告が載った。それっとばかりに、かみさんとその店へ行った。魚売り場へ急ぐと、立派な鯛が並んでいる。出雲でも、さくや切り身では売っているが、丸ごと一匹というのは案外少ない。

 目は濁っておらず、うろこも赤に金が入って輝いている。大きさも申し分ない。これで980円というのはお買い得だった。鯛は鮮度が良すぎると意外に旨くないが、ちょうどいい。

 店員さんに頼んで、うろことはらわただけを除いてもらった。ブリの小型のワラサなどを一匹買いするときは、三枚に下ろしてアラもつけてもらうことにしている。今回は姿蒸しなので頭や尻尾はつけたままだ。

 わがキッチンに持ち帰ると、鯛はスーパーで見たときよりもずっと大きく、全長が約32センチあった。

 ここから、かみさん料理長の腕の見せ所となる。相談役は自称・総料理長のぼくだ。まず、臭みを取るため鯛に軽く塩をしてしばらく置き、ペーパータオルで拭き取った。

 何種類かの蒸し器があるが、かみさんはそのなかでも最大のを取り出し、大皿に乗せた鯛を入れようとした。皿はぎりぎりで入るが、蒸し上がったあと皿ごと鯛を取り出すにはどうしたらいいか。

 ふたりで知恵を絞ったが、いいアイデアを思いつかず、蒸し器ごとテーブルに運んで食べることにした。お客さんに出すわけではないから、それでいいだろう。

 あとでかみさんが考えたのは、蒸し器にまず大きめの布巾を敷き、その上に皿を乗せて蒸せば、布巾を引っ張って皿を取り出すことができるんじゃないか、というものだった。もし、料理が成功して、自称・小料理『優舞』でお客さんを呼ぶときのおもてなしにする機会があったら、試そうと思う。

 蒸し器には尻尾を少し曲げてどうにか収まった。調味料は塩、胡椒、タイ製の魚醤ナンプラを使い紹興酒を注いだ。醤油と日本酒を入れると和風姿蒸しとなる。今回のコンセプトは何と言っても中華だから、ナンプラと紹興酒というのがミソだった。香りづけのネギとショウガを加えて蒸す。

 しばらく待って蒸し上がった。食卓に蒸し器ごと置き、白髪ネギと貴重なパクチーを乗せて完成した。大皿にはスープがたまり、鯛からしみ出た脂が軽く浮いている。

 しっかり蒸されているから、身離れもいい。まず、総料理長が取り皿に入れてひと口食べてみた。ん、旨い。これだ、この味を待っていた。

 しかし、鯛はパクついてはいけない。鯛の骨は細くて弾力があるから、喉に刺さったら大変なことになる。料理に感動しながら、ニューデリーにいたときのことを思い出した。

 ある駐在員が少人数のホームパーティに呼んでくれたとき、鯛スキがメイン料理だった。ニューデリーで鯛が手に入るのは珍しく、場は盛り上がった。ところが、宴たけなわのころホスト役の駐在員の喉に骨が刺さり、ムードは一変してしまった。いろいろやったがどうしても抜けず、駐在員はパーティどころではなくなった。ぼくたちは「お大事に」と言って早々に引き上げた。駐在員は翌朝、日本大使館付きの医務官のところへ行き、ピンセットで抜いてもらったという。

 そんなことを体験していたから、かみさんにも十分注意して食べるように言った。「これなら、おもてなしの一品としてお客さんに出せるわねぇ」。飲み残しの紹興酒は料理に使ってしまったから、姿蒸しを肴に飲むのはない。これなら、紹興酒を一本買っておくべきだった。

 腐っても鯛とは言うが、やはり適度な鮮度の鯛は旨い。

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トオルちゃんが負けた。でも、先は分らない

 日本の首都は東京で、ドイツの首都はベルリンだ。だが、このふたつの首都には決定的なちがいがある。ベルリンには大統領官邸や連邦議会議事堂、各国の大使館などがあり、それは東京都とあまり差がない。しかし、ドイツの司法の殿堂である連邦憲法裁判所は地方都市のカールスルーエにあり、マスメディアの本社はハンブルクに集中している。経済の中心はフランクフルトだ。

 日本人の多くは、何でもかんでも中央機関が集まっているのが首都だと思っているかもしれないが、国によってずいぶんちがうこともある。

 ドイツはもともと小さな公国が集まってできた国であり、いまでも「国」である州が寄り集まる連邦国家だから、首都に国家機能が集中してはいない。だから、ベルリンに何か重大な異変があっても、影響は比較的小さくてすむ。

 政令指定都市の大阪市を廃止して5つの特別区に分割する「大阪都構想」をめぐる住民投票で、構想を率いてきた橋下徹・大阪市長が負けた。210万人の有権者がいるなかで、わずか1万票の僅差だった。スポーツでも政治でも、「勝負はいつも紙一重」だ。その紙一重の結果は重い。

 今回の住民投票は、単に大阪だけの問題ではなかった。橋下市長は、投開票日の2015年5月17日、数千人の聴衆を前にこう訴えたという。「東の東京都、西の大阪都、ふたつのエンジンで日本を引っ張る。世界で勝負できる大阪への第一歩を踏み出したい」

 大阪以外の地域に住む日本人にとっては、この「ふたつのエンジン」というところが大きな意味を持っていた。東京にはあまりにも首都機能が集中しすぎており、機能不全に陥っている面がある。そして何より首都直下型地震のリスクがある。東京で万一のことがあったとき、大阪が橋下市長の言う「副首都」として機能しなければならない。だが、いまの大阪のままでその重責が担えるだろうか。

 橋下さんは、過去7年間、大阪を引っ張ってきた。大阪府知事と大阪市長を務め、その二重行政の無駄、効率の悪さを肌で知っていた。加えて、大阪市は大手企業の本社機能が東京へ流出し商都としての地盤沈下が著しかった。行政も国の交付金に頼る情けなさだった。経済でも停滞がつづき、生活保護受給者の割合も飛び抜けて多かった。街の規模の割には活気が乏しく、単なる地方都市みたいな空気があった。

 だから、橋下さんは、大阪市を一度ぶっ壊して特別区に分割し、府知事に権限を集めて真のリーダーとし、大阪全体を活性化しようとした。それが副首都のイメージだった。

 住民投票の敗因は、説明不足に尽きるのではないか。区割り案も「大阪維新の会」だけで決め、住民の意見を聞くことはなかった。制度案は複雑で、橋下さん自身「大学生が4年間かけて勉強しても理解できない」と言うほどだった。

 大阪市は、26年前、26あった区を合区して現在の数に減らしたが、その際、2年がかりで99回の住民説明会を開いた。だが、今回、4月27日の告示前、市が主催した住民説明会は39回だけだった。その説明会には行列ができ立ち見が出る回もあったという。市民は正確で具体的な情報を欲しがっていたのだ。それに応えられなかった。

 そして、自民、民主、公明、共産各党の地元組織は「むだな二重行政はない」と連携し、都構想をつぶしにかかった。既得権益がそれほどあるということだろう。

 だが、財政学や経済学によれば、大阪の特別区が目指した人口30~50万前後の自治体規模は理にかなっており、基礎的な行政サービスの質を高めたうえでコスト低減も期待できたという。橋下さんたち推進派は、そういう都構想のメリットをもう少し丁寧に分りやすく市民に説明できなかったのだろうか。

 今回の結果は、安倍政権にも打撃を与えた。維新の党は憲法改正に積極的で、安倍首相も、大阪の自民党とは一線を画し、橋下さんにエールを送っていた。

 ぼくも、憲法改正の機運を軌道に乗せるためにも、橋下さんに勝って欲しいと思っていた。橋下さんは、9条改正はもちろん、道州制を導入して統治機構改革を実現させるとくり返し訴えてきた。

 憲法改正の国会発議には衆参両院で3分の2以上の賛成が必要だが、自民、公明両党だけでは参議院の議席数が足りない。維新の党が鍵をにぎる。

 住民投票の敗北を受け、橋下さんは「政治家を引退し、弁護士にもどる」と明言した。しかし、川上和久・明治学院大学教授(政治心理学)は、読売新聞にこう語っている。「都構想が打ち出されて何年も過ぎ、すでに賞味期限が切れていたということだろう。・・・ただ、憲法改正論議を控え、維新の党の存在が大きくなる可能性もある。橋下さん自身の賞味期限は切れておらず、次の戦いがあるのではないか」

 読売新聞と読売テレビの共同出口調査によると、橋下さんを支持するひとの89%が都構想に賛成し、支持しないひとの92%が反対したという。やはり、住民投票は橋下さんの信任投票でもあったわけだ。

 少し冷却期間を置いて、16年夏の参議院選挙に橋下さんが出るという芽もあるのではないか。「君子豹変す」という言葉もある。安倍首相とは敗北後も携帯で連絡をとっているそうだ。タッグを組んで憲法改正を実現して欲しい。

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よく言うよ、中露首脳

 今回は、ちょっとお堅い話でいく。

 「ナチズムと、日本の軍国主義と戦った国からの式典参加者に特別に感謝する。中国はアジアの主戦場だった」。ロシアのプーチン大統領は、2015年5月9日、第2次世界大戦でのナチス・ドイツに対する勝利から70年を記念するモスクワでの軍事パレードで、こう演説した。

 主賓格として招待した中国の習近平国家主席をとくに持ち上げるための発言であることは明らかだった。その前日、プーチンと習近平はクレムリンで会談し、「歴史の改ざん」に反対する立場で一致した。これは、今夏に戦後70年の談話を出す安倍首相をけん制したものだ。その後、プーチンは「われわれはナチズムと軍国主義を復権させようとするあらゆる試みに反対する」との声明を読み上げた。習は「歴史の歪曲に反対する」と述べた。

 では、両首脳が語ったことは歴史の真実に沿ったものだろうか。とんでもない。歴史の歪曲をしているのは、中露のほうなのだ。

 中国が日中戦争でアジアの主戦場だったことは事実だが、問題は誰と誰がどう戦ったかということだ。

 まず、日中戦争の発端となった盧溝橋事件はどっちが先に手を出したかという議論では、「蒋介石の国民党軍のなかに潜んでいた共産分子が日本軍を挑発した」という説が有力になっている。歴史的いきさつから満州に日本の関東軍が駐屯していたのだが、戦争を望んでいたのはむしろ中国側だった、との研究成果を中国人研究者・林思雲(リン・スーユン)氏は明らかにしている(『日中戦争の「不都合な真実」 戦争を望んだ中国 望まなかった日本』)。林は中国・南京市に生まれ九州大学で工学博士号を取得したひとだ。

 中国共産党は、「日本軍を撃退したのが党の軍隊だった」とプロパガンダをくり返し、「反日」「抗日」を党独裁による統治の正当性、正統性の根拠としてきた。だが、じっさいには、日本軍が正面から戦ったのは蒋介石が率いた国民党軍であり、毛沢東の軍は正面衝突を避けるゲリラ戦しかしなかった。そして、日本降伏後の1946年から再開された国民党との内戦に勝利し、1949年には中国大陸に中華人民共和国を樹立していまに至る。したがって、習近平や中国共産党の主張は歴史的根拠がなく、プロパガンダにすぎない。そのプロパガンダに合わせ、例の「愛国教育」という名の反日教育をつづけている。

 では、なぜ、中国人は平気で嘘をつくのだろうか。林思雲は、こう説明している。「中国人が虚言を弄するのは、多くの場合は決して自分のためではなく、家族のためであったり、場合によっては、国家のための『愛国虚言』なのである」「中国では、孔子や朱子の学説は宗教として崇拝された。それゆえ中国では『儒学』ではなく『儒教』と呼ばれた」「儒教思想の核心には日本でもよく知られている『忠、孝、礼、仁』という徳目の他に、もう一つ重要な徳目がある。それが『避諱(ひき)』である」。「避諱」は日本語の「忌避」と同義語で、「隠す」という意味合いが強く、「他人の芳しくないことを隠すこと」だという。

 嘘をつくことをよしとする文化の国を、われわれは相手にしなければならないのだから、大変だ。ふぅーっ。

 プーチンは、クリミア半島を編入してウクライナや欧米諸国の経済制裁にあうと、「西側こそファシストだ」と見当ちがいの発言をくり返した。世界の主要国では、敗戦国の日本とドイツをのぞき、戦勝記念日に軍事パレードをすることは珍しくない。だが、今回、ロシアは複数の核弾頭を搭載できる最新の大陸間弾道ミサイル(ICBM)「ヤルス」を行進させた。つい先月、プーチンは「ロシアは偉大な核大国だ。われわれを敵視しないほうがいい」と欧米を恫喝した。これこそファシスト流の威嚇外交そのものではないか。

 プーチンは、戦勝70年にあわせ愛国キャンペーンを展開してきた。国営テレビは、連日、戦争関連の映画や番組を流し、国民に戦勝を祝い愛国心を表すよう呼びかけてきた。それは、「邪悪なナチス・ドイツを打ち破った偉大なソ連軍」という神話をなぞっているにすぎない。旧ソ連とドイツとのあいだにあるポーランドを、スターリンとヒトラーが半分ずつ分けることで手を打ったという現代史の事実はすっかり忘れたふりをしている。

 プーチンや習の発言こそ歴史を歪曲したものだ。まったく、よく言うよ。

 なぜプーチンはいま、国民の愛国心を鼓舞するのだろうか。月刊PISCの分析によると、ロシアは過去20年間に3度の経済危機に見舞われ、いま、4度目の危機に遭遇している。原油の輸出が収入の柱だったが、世界的な原油安と欧米の経済制裁で締め上げられ、経済不振におちいっている。

 もうひとつ、ロシアは東西冷戦での敗北やソ連崩壊という深い傷を負っており、ナチス・ドイツに対する勝利を国の基盤にすえるしかない、という事情がある。

 中露ともに「愛国」は、国民の不満を封じる常套手段なのだ。中国は、9月3日の「中国抗日戦争・反ファシスト戦争勝利記念日」にプーチンを招待する。これでは、まるで冷戦の再現になった観がある。戦後60年には、50か国の首脳がモスクワに集まった。今回は20か国だけで、ロシアが国際社会から孤立しつつあるのは、まちがいない。

 日本のメディアは、中露のでたらめ発言に一つひとつ史実のミニ解説をつけるべきだ。

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マスメディアの自壊が止まらない

 ネットの世界でマスコミのことをマスゴミと呼ぶのは、よく知られている。その語感からは、始末に困る粗大ゴミのイメージがある。ぼくの印象では、ネット上の情報も90%以上はいかがわしいが、プロが仕事でやっているメディアのレベルもひどいものがある。

 最近の例では、NHK「クローズアップ現代」のやらせ問題がまずあげられるだろう。NHK調査委員会は4月28日、「過剰な演出」や「視聴者に誤解を与える編集」があったとしたが、「事実の捏造につながるやらせはなかった」とする調査報告書を公表した。

 こんな馬鹿げた報告書があるだろうか。「過剰な演出」や「視聴者に誤解を与える編集」があったということは、それこそ俗語で言う「やらせ」ではないのか。言葉を取り繕ったイメージ操作以外の何物でもない。朝日新聞の従軍慰安婦「誤報」問題を検証した第三者委員会とおなじくらい馬鹿げている。

 テレビ朝日「報道ステーション」の生放送中に、コメンテーターの古賀茂明氏(59)が逸脱した発言を繰り返した問題でも、おなじような無様な処理の仕方がみられた。

 これらマスメディアは、ネットユーザーにマスゴミと言われても返す言葉がないだろう。最近では、マスゴミのなかでもTBSが極めつきのひどさを露呈した。

 発端は、週刊文春2015年4月2日号が「歴史的スクープ」として放った「韓国軍にベトナム人慰安婦がいた!」という記事だった。

 その雑誌をコンビニで買って記事を開き、まず意外だったのは、執筆者がTBSの現役のワシントン支局長だったことだ。記事には、顔写真と山口敬之という本名、プロフィールまで載っていた。週刊誌に他のマスメディアの現役記者が実名を出して記事を書くというのは、めったにあることではない。

 7ページにわたる長い記事を読む前に、TBS幹部と山口支局長のあいだで何かよほどのことがあっただろうな、とは想像できた。「韓国軍にベトナム人慰安婦がいた」のが事実なら、たしかに大ニュースであり、まずTBSで報道すべきことだ。でも、TBSは、いわゆる従軍慰安婦問題で、朝日などといっしょになって<善い日本人>ぶり、“被害者”韓国の立場に立って日本と日本人を叩いてきた。いまさら、韓国軍でも旧日本軍とおなじようなことをしていたことがTBSの独自取材で判明しました、という訳にはいかなかったのだろう。

 山口支局長がこのテーマの取材をはじめたのは、2013年にアメリカへ赴任する直前、ある外交関係者から「ベトナム戦争当時、韓国軍が南ベトナム各地で慰安所を経営していたという未確認の情報がある」と聞いたことがきっかけだったという。

 赴任後、通常の仕事とは別に、アメリカに33か所ある国立公文書記録管理局(NARA)で、膨大な資料をコピーして支局に持ち帰り、読み込む作業をつづけた。そして、今年7月、サイゴン(現ホーチミン)にあったアメリカ軍司令部から韓国軍司令部に宛てた1969年の書簡に、韓国軍慰安所の件が書かれているのを発掘した。そこには、サイゴン市中心部にある『トルコ風呂』という施設で「売春行為が行われていて、ベトナム人女性が働かされている」「この施設は、韓国軍による韓国兵専用の慰安所である」と書かれていた。書簡ではその証拠2点があげられていた。

 山口支局長は、アメリカを長期に離れてベトナムで現地取材をするわけにもいかず、アメリカ国内で事情を知る人物を探し求め、ついに数人を突き止めた。通信インフラ会社に勤めていた人物(70)は、「『トルコ風呂』は、当時サイゴンにいた人の間では、『射精パーラー』と呼ばれていました」と実名で語った。アメリカ軍OBは「トルコ風呂で働いているのはほとんど二十歳未満の農村部出身の少女だった。十六歳だと語る人もいたし、もっと若く見える女の子もいた」と匿名で証言した。アメリカ海兵隊OB(71)は、韓国兵のレイプ事件や性病罹患を防ぐための施設だった、と実名を出して語っている。

 こういう記事を他のメディアに書いて山口支局長はどうなるんだろうと思っていたら、4月28日のJ-CASTニュースが、こんな記事を流した。「韓国軍がベトナム戦争中に慰安所を開設していたことを週刊文春でスクープしたTBSの山口敬之ワシントン支局長が、この記事をきっかけに懲戒処分を受け、営業局に異動させられていたことが分かった」

 これに対し、山口氏はフェイスブックで、報道で問い合わせが多かったとして自ら説明し、4月23日付でワシントン支局長の任を解かれ、営業局への異動を命じられたのは事実だと認めた。また、懲戒処分もあったとした。その理由としては、「週刊文春への寄稿内容ではなく、寄稿に至る手続きが問題とされました」と明かした。

 J-CASTニュースによると、韓国の主要メディアはほとんど記事を取り上げていないが、左派系日刊紙「ハンギョレ新聞」だけは、「腹立たしいが、反論は困難...」だとして政府次元の解決努力を促している。

 日本のネット上では、山口氏に対する賞賛や激励が相次ぎ、フェイスブックには1日足らずで1100を越える「いいね」が付いたという。

 韓国の朴槿恵大統領は、5月4日、慰安婦問題と外交を分離して対応する考えを初めて表明した。韓国軍慰安所のスクープが“ブーメラン効果”で響いた可能性はある。

 それにしても、TBSのマスゴミぶりは粗大ゴミ以上にどうしようもない。

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