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腐っても鯛、蒸しても鯛

 東京の麻布十番が鯛焼き発祥の地だそうだ。明治時代、庶民のあこがれの鯛を手軽に食べられるよう開発されたという。日本人にとって、鯛は昔からやはり特別な魚だった。

 瀬戸内海の島へ旅行したとき、温泉ホテルの夕食に鯛のはらわたの塩辛がでてきた。料理長が考案したもので、臭みの少ない鯛ならではの一品だった。これを、料理長は島の特産にしたいと考えているそうだ。

 鯛と言えば、食いしん坊の身ではあり、中華料理の鯛の姿蒸しが前から食べたかった。最初に食べたのはどこだったか。横浜の中華街だったか、神戸の南京町だったか、それともマニラやシンガポールあるいはロンドン、マレーシアの中華街だったか。

 出雲にUターンして、魚介の本場だから自宅で作って食べることを考えた。そのためには条件があった。手頃な大きさと値段の鯛が手に入ることはもちろんだが、中華蒸しの薬味には、やはりパクチーが欲しいところだ。

 パクチーの種をプランターにまき何とか育て上げたことは、かつて詳しく書いた。そのパクチーも収穫して食べて残り少なくなり、すでに花を咲かせ種ができているものもある。それでも数本は食べられそうだった。

 庭の片隅においたプランターを観察しながら、かみさんと鯛が手に入る日を楽しみにしていた。パクチーが育ちすぎてしまえば料理には使えないから、鯛とパクチーがわが家で出会うタイミングは微妙だった。

 2015年5月の初め、あるスーパーのチラシに鯛の広告が載った。それっとばかりに、かみさんとその店へ行った。魚売り場へ急ぐと、立派な鯛が並んでいる。出雲でも、さくや切り身では売っているが、丸ごと一匹というのは案外少ない。

 目は濁っておらず、うろこも赤に金が入って輝いている。大きさも申し分ない。これで980円というのはお買い得だった。鯛は鮮度が良すぎると意外に旨くないが、ちょうどいい。

 店員さんに頼んで、うろことはらわただけを除いてもらった。ブリの小型のワラサなどを一匹買いするときは、三枚に下ろしてアラもつけてもらうことにしている。今回は姿蒸しなので頭や尻尾はつけたままだ。

 わがキッチンに持ち帰ると、鯛はスーパーで見たときよりもずっと大きく、全長が約32センチあった。

 ここから、かみさん料理長の腕の見せ所となる。相談役は自称・総料理長のぼくだ。まず、臭みを取るため鯛に軽く塩をしてしばらく置き、ペーパータオルで拭き取った。

 何種類かの蒸し器があるが、かみさんはそのなかでも最大のを取り出し、大皿に乗せた鯛を入れようとした。皿はぎりぎりで入るが、蒸し上がったあと皿ごと鯛を取り出すにはどうしたらいいか。

 ふたりで知恵を絞ったが、いいアイデアを思いつかず、蒸し器ごとテーブルに運んで食べることにした。お客さんに出すわけではないから、それでいいだろう。

 あとでかみさんが考えたのは、蒸し器にまず大きめの布巾を敷き、その上に皿を乗せて蒸せば、布巾を引っ張って皿を取り出すことができるんじゃないか、というものだった。もし、料理が成功して、自称・小料理『優舞』でお客さんを呼ぶときのおもてなしにする機会があったら、試そうと思う。

 蒸し器には尻尾を少し曲げてどうにか収まった。調味料は塩、胡椒、タイ製の魚醤ナンプラを使い紹興酒を注いだ。醤油と日本酒を入れると和風姿蒸しとなる。今回のコンセプトは何と言っても中華だから、ナンプラと紹興酒というのがミソだった。香りづけのネギとショウガを加えて蒸す。

 しばらく待って蒸し上がった。食卓に蒸し器ごと置き、白髪ネギと貴重なパクチーを乗せて完成した。大皿にはスープがたまり、鯛からしみ出た脂が軽く浮いている。

 しっかり蒸されているから、身離れもいい。まず、総料理長が取り皿に入れてひと口食べてみた。ん、旨い。これだ、この味を待っていた。

 しかし、鯛はパクついてはいけない。鯛の骨は細くて弾力があるから、喉に刺さったら大変なことになる。料理に感動しながら、ニューデリーにいたときのことを思い出した。

 ある駐在員が少人数のホームパーティに呼んでくれたとき、鯛スキがメイン料理だった。ニューデリーで鯛が手に入るのは珍しく、場は盛り上がった。ところが、宴たけなわのころホスト役の駐在員の喉に骨が刺さり、ムードは一変してしまった。いろいろやったがどうしても抜けず、駐在員はパーティどころではなくなった。ぼくたちは「お大事に」と言って早々に引き上げた。駐在員は翌朝、日本大使館付きの医務官のところへ行き、ピンセットで抜いてもらったという。

 そんなことを体験していたから、かみさんにも十分注意して食べるように言った。「これなら、おもてなしの一品としてお客さんに出せるわねぇ」。飲み残しの紹興酒は料理に使ってしまったから、姿蒸しを肴に飲むのはない。これなら、紹興酒を一本買っておくべきだった。

 腐っても鯛とは言うが、やはり適度な鮮度の鯛は旨い。

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