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2015年6月

県民共済はオレオレ詐欺か!

 少年のころから、金融機関というものがどうにもきらいだった。たとえば、銀行はひとからお金を集め、それを企業や個人に貸して金利を得るのが本業だ。お金が必要でどうしても借りたいというひとは世の中にたくさんいるから、銀行にはそれなりの社会的使命と義務があると言えるだろう。

 ところが、銀行には「貸し剥がし」というとんでもない行為がある。すでに融資している資金を期限前に積極的に回収することをいう。「積極的に回収する」と言えば聞こえはいいが、本質はやくざの強引な取り立てとおなじようなものだと思う。すでに貸し付けているお金を剥がすので「貸し剥がし」なのだ。

 銀行にとっては、貸し渋りは融資を増やさないことであり、貸し剥がしは融資を減らすことを意味する。これらによって銀行の融資残高を減らし、総資産を減少させるのが狙いだ。総資産が減った銀行は、自己資本比率が上がり、経営が安定化するとされる。

 言葉を変えれば、銀行の自己保身だ。「銀行の社会的使命に立ち返れば、こんなことをしていいのか」と言いたくなる。不況で運転資金が必要なときにかぎって貸し剥がしが行われる。零細企業のタコ社長などにとっては、悪魔の言葉に聞こえるだろう。

 保険もきらいな業界のひとつだ。一家の大黒柱を病気や事故で失う可能性を怖れ、安くはない掛け金を毎月、毎月払い込むのが生命保険だ。自動車保険も万一、事故を起こしたり事故に遭ったりすることを考えて契約する。一家に十分な資産があれば、保険などに入る必要はない。

 保険会社は、そうやって庶民から集めた資金を投資で運用して巨額を稼いでいる。保険会社が倒産したという話を聞いたことがないが、それだけ旨い汁を吸える業界なのだろう。

 不本意ながらいくつかの保険には万一を想定し加入しているものの、ふり返ると、銀行からお金を借りたことはない。つまり、ぼくはローン人生とは無縁だった。これからも、おそらくそうだろう。慇懃無礼な銀行員に頭を下げて金を借りるなどしたくはなかった。

 こんなぼくだから、若いころ就職活動に当たっても金融機関は真っ先に候補から消した。他人の金を右から左に動かしてボロ儲けをしている企業など、絶対に入りたくはなかった。

 時は過ぎ、特派員勤務から日本に帰って埼玉都民となった。おなじ保険でも県民共済は保障額の割に実質的な掛け金が少なくてすむことを知り、家族で医療・生命共済に加入した。いまの保障額は満60~65歳で入院1日5000円、交通事故など不慮の事故による死亡は500万円、病気死亡は200万円だ。死亡より入院を重視して加入した。

 そして、出雲へUターンするとき、県外に引っ越しても埼玉県民共済には加入しつづけられるか確認したら、OKということだった。

 出雲の実家では親が加入しているJAの火災保険が年額15万円以上と、異様に高かった。住宅焼失の場合3000万円と家財分800万円が保障されるだけだが、父が亡くなった際、他社の火災保険の条件を深く調べることもなく継続手続きをした。

 ところが最近、新聞の折り込みに島根県民共済の火災保険のチラシが入っていて、わが家の場合を試算すると、年に1万9200円を払うだけで住宅焼失の場合4000万円と家財分800万円が出る。

 あまりの差に唖然としJA支店へ行って聞くと、JAは積み立て併用式で30年満期の際、300万円が返ってくるという。その満期は2036年とずいぶん先だった。高いうえ割に合わないから解約することにし、島根県民共済の火災保険を郵送で申し込んだ。

 それから2、3日後、島根県民共済の中年のおじさんから電話がきた。「契約の確認をしたい」と言うのはいいとしても、つづいて「埼玉県民共済で医療・生命共済に加入しておられますが、こちらにイカン手続きをしていただけますか」と言う。

 「は?イカンというのはどういう意味ですか?」「埼玉の共済事務局に電話して島根の共済に移管してください」「生命保険と火災保険の加入している県がちがうとだめですか?」「いや、そういうことはありませんが、島根に一本化しておかれてはどうかと思いまして」

 ぼくは釈然としなかったから、突っ込んで聞いた。「生命保険は埼玉、火災保険は島根でもいいんですね?じゃあ、医療・生命保険の割り戻し金や保障額は埼玉より島根のほうがいいんですか?」

 すると、おじさんは困ったように言った。「いや、じつは埼玉のほうがいいです」。つまり、埼玉から島根に移管するメリットはなくデメリットだけがあるわけだ!

 後刻、ネットで割り戻し金の前年度実績を調べたら埼玉45.30%、島根31.14%と圧倒的に埼玉のほうが有利だった。埼玉は全国1の若者県らしいから、死亡や医療で保険を使うひとが全国有数の高齢県・島根よりうんと少ないのだろう。

 おそらくそうだろうと思い、詳しく調べたわけではないが、Uターンするときに埼玉共済を継続した。火災保険の割り戻し金比率は、全国一律なのか両県いっしょだった。

 共済は営利機関ではなく加入者の福利厚生のためにあるはずだ。なのに今回の話は、一種のオレオレ詐欺みたいじゃないか。お年寄りだったら、たぶん言われるままにイカンするだろう。ぼくの金融機関ぎらいはいっそう強くなった。

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日韓関係は、放っておくしかない

 東京のコリアタウン新大久保へ、2009年に行ったときのことだ。ある店を予約して知人ふたりと夕食をともにした。畳の部屋は衝立で仕切られていたが、室内どころか他の部屋の話もまる聞こえで、ぼくたちは声を張り上げないと会話ができないほどだった。

 早々に店を出て新宿方面へ歩いて行くと、街も人通りが多かった。それから3年後、家族でやはり新大久保へ行ったが、以前ほどの人混みはなかった。

 2015年のいま伝え聞くところによると、新大久保は閑古鳥が鳴き、予約を取るのも大変だった有名店が相次いで閉店に追い込まれているという。

 韓流ブームは完全に終わったということなのだろう。ブームの起源は諸説あるが、2001年、少女歌手のBoAが日本デビューしたときまでさかのぼるという見方が有力らしい。さらに2003年、「冬のソナタ」が大ヒットし、ヨンさまの微笑みが中年女性をノックアウトしてブームは確立された。

 それも今は昔というはっきりしたデータが、2015年6月9日、読売新聞と韓国日報が行った日韓共同世論調査で示された。両国の国交を正常化した日韓基本条約の署名から22日で50年となるのを機に実施されたものだ。

 日本で韓国を「信頼できない」としたひとは73%、韓国で日本を「信頼できない」と答えたひとは85%にのぼった。現在の日韓関係が「悪い」と答えたひとは日本で85%、韓国で89%だった。こうした傾向は、すでに数年前からみられていた。

 読売は、「1990年代から2011年までの日韓調査では、韓国側の対日不信の強さが目立ったが、近年はむしろ、日本側での韓国への厳しい視線が強まった」としている。

 そのきっかけとして指摘されているのが、2012年の李明博大統領の竹島上陸と天皇陛下への謝罪要求発言だ。李氏は発言を撤回せず謝罪もしていない。

 日韓関係の流れをふり返ると、現在の“嫌韓”は必然とも言えそうだ。日本が大戦で敗れ、韓国は本格的な対日独立運動を展開したわけでもなくタナボタで独立した。日本の戦争指導者を裁いた東京裁判では、日本の朝鮮半島統治も断罪され、日本人は韓国人、朝鮮人に負い目を抱いてきた。とくにリベラル派を自認する層はそれが顕著だった。

 日本のメディアでは、「アメリカ人」や「ドイツ人」と呼ぶのに対し、韓国人に対してはわざわざ「韓国のひと」などとていねいに呼ぶのが良識派とされた。

 一方、韓国では独立して建国する際、「反日」を事実上の国是とした。信じられないことにそれを自覚していない韓国人はたくさんいるようだが、その明白な証拠は、憲法前文にある。書き出しは「悠久なる歴史と伝統に輝くわが大韓民国は、三・一運動に基づいて建立された大韓民国臨時政府の法統と、・・・」となっている。三・一運動は、1919年3月1日に日本統治時代の朝鮮で起こった独立運動で、日本側が鎮圧した。大韓民国臨時政府は、1919年に朝鮮の独立運動を進めていた李承晩らの活動家によって中華民国の上海で結成された。日中戦争勃発後は重慶に移ったが、枢軸国・連合国双方からいかなる地位としても認められず、国際的承認は得られなかった。

 だが、韓国は「自ら独立を勝ち取った」という神話を創造した。これが、国定歴史教科書にもみられる根拠のない「ファンタジーとしての歴史認識」だ。

 たとえば、大英帝国の植民地インドは、独立運動を経て独立を勝ち取った。朝鮮半島の場合はそうではなく、亡命臨時政府も実効のある独立運動を展開したわけではなかった。それが韓国人の心理を屈折させいまも反日に駆り立てている、とする識者もいる。インドに「反英」はなく、むしろイギリス人を尊敬している。日本に統治されていた台湾の場合も親日で、インドと似通うところがある。

 東京裁判で断罪された日本統治の実態はどうだったのか。アメリカ人歴史家のジョージ・アキタとブランドン・パーマーは、研究・執筆に10年をかけ『「日本の朝鮮統治」を検証する 1910-1945』(草思社)を2013年に上梓した。アキタは1926年ハワイ生まれの日系2世で、長年にわたって日本や東アジアの歴史を研究してきた権威だ。パーマーは、米コースタル・カロライナ大学歴史学部准教授で朝鮮史を専門とする。

 この著作の[15章 欧米と日本の植民地政策を比較する]では、「朝鮮人は史上もっとも残虐だったとして知られる日本の植民地支配の下で生きた」とする朝鮮系の人びとの主張を、欧米植民地とのあいだで比較検証している。そして、最後の18章で日本の植民地支配は「九分どおり公平(almost fair)」だったと結論づけている。

 しかし、韓国はずっと「諸悪の根源は日本統治だった」とし、国民の脳裏に刷り込んできた。その結果、「反日無罪」つまり「反日の行為なら何をしてもよい」という暗黙の了解が韓国社会に定着したのは、否定できない事実だ。

 日本のマスメディアはこの事実を長い間あまり伝えなかったが、李明博大統領の愚挙をきっかけに、一般国民もついに気づいた。「お前なんか嫌いだ!」という人物を好きになれないのは、心理学を持ち出すまでもなく人間の自然な感情だ。日本のリベラル派のなかには「韓国の反日感情は理解でき、日本の嫌韓こそ問題だ」とする声があるが、それはナンセンスだ。事態を決定的に悪化させたのは、朝日新聞の「従軍慰安婦・虚報」だった。

 当分のあいだ、日韓関係は放っておくしかないだろう。

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夫婦は“戦友”であれ

 ニューデリーに住んでいたとき、『ピーコック』というサークルに参加していた。30歳前後の駐在員や日本人学校の教師などの、約20人の集まりだった。月一回ゴルフコンペをし、その夕方、メンバーの家持ち回りで表彰式兼ホームパーティを開いていた。

 一部に独身のメンバーもいたがほとんどは夫婦単位で、昼間ゴルフをしない夫人方もパーティには顔を出して懇親した。みんな日本に帰国して20年以上経つが、年に1回は東京に集まって旧交を温めている。

 そこで特筆すべきなのは、離婚したカップルはひと組もなくそれぞれ夫婦仲がいいという事実だ。よく、新婚時代に共に苦労した夫婦は別れない、という。それをみな地でいっているわけだ。

 ニューデリーの治安は意外に良かったが、衛生面や医療の事情はひどく、デング熱や肝炎などの恐れがあった。食料事情も決して良くはないから、みんなシンガポールやバンコクへ行ったときには、日本食とくに食パンや生卵を大量に買い込み、親しいひとにお土産として配るのが慣習のようになっていた。

 ぼくも肝炎に罹って入院したし、ピーコック仲間のSさんも肝炎で倒れた。そのとき、Sさんの奥さんがわが家へ病気のことや食事で気をつけることを聞きにきたので、知っている限りのことを教えてあげた。

 発展途上国で暮らしたことのある日本人は、たいてい同じような体験をしているはずだ。正確な統計はないだろうが、途上国で暮らした夫婦は別れる確率がそれ以外のひとより格段に低いはずだ。ひと言で言えば、夫婦が“戦友”みたいになるのだ。まず夫婦が助け合い、次に同胞が助け合わないと生きていけない。

 インターネットメディア「暮らしニスタ」編集部が20~40歳代の既婚女性100人を対象に行ったアンケートが興味深かった。このメディアは「素敵なアイデアを持った主婦の方々がアイデアを持ち寄り、情報をシェアするサイト」なのだそうだ。

 【質問1】結婚してからも“恋人気分”を感じることがありますか?

 これに65人が「はい」と答えた。日本人夫婦の3分の1は離婚している。夫婦がラブラブなのは新婚2~3年が限度という俗説もあるが、このアンケートをみる限り、3分の2はかなり時間が経っても仲が良さそうだ。ちょっと意外ではある。

 では、どんなときに“恋人気分”を感じ、具体的にどのようにしているのだろうか。その質問に対して、多かった答えはこうだったそうだ。

 ■お休みの日にちゃんとおしゃれをして一緒に出かける!

 「恋人気分を味わうには、なるべくおしゃれをして、どこでもいいのでデートや散歩に行くことです」(40代/専業主婦)。「主人が夜勤の仕事なので、子どもが学校へ行ったあとのお昼の間にデートをします。待ち合わせをするのは恋人時代を思い出してなかなか楽しいですよ!」(30代/パート)。

 わが夫婦はピーコックのメンバーのなかでもとくに仲がいいほうらしく、結婚して29年になるが1度もけんかをしたことがない。よく「何でけんかにならないの?」と聞かれるけど、たぶんけんかをするネタがないのだと思う。

 かみさんは、とにかく夫といっしょにいることが好きなひとで、ふだんの買い物などでも時間がある限りつきあうことにしている。デートと言うほど改まったものではないが、いっしょにスーパーの食品売り場を歩きながら夕食のメニューを考えたりする。それが、自然にコミュニケーションとなっているのだろう。

 ■スキンシップを積極的にとる!

 「出かけるときは必ず手をつなぐようにしています。主人は嫌がるけど、こうすると初心にかえれます」(20代/専業主婦)。いま住んでいる出雲は田舎だから、さすがに手をつないで歩くことはしないが、海外や東京へ行ったときなどかみさんのほうからつないでくることもある。

 「2人でのお出かけは以前と変わらずですが、『行ってきます』のチューも欠かしません!」(20代/専業主婦)「私は付き合っていたときよりも結婚後の方が、主人のことが好きです」(30代/パート)。こういう感覚はよく理解できる。

 ■感謝の気持ちはきちんと言葉で伝える!

 「感謝の気持ちを忘れないで、それをきちんと言葉にします。そうすれば相手も同じように返してくれるのでいつまでも仲良くいられると思います」(40代/派遣社員)。

 これは必須の条件だとぼくも思う。乾いた洗濯物をたたむのはぼくの仕事になっており、かみさんは必ず「ありがとう」と言ってくれる。かみさんの手料理を食べるときも、旨ければ必ず言葉に出してほめ、まずいときは「○○が足らない」とか「○○が強すぎる」と言うことにしている。料理をする身で考えれば、反応がなく黙って食べられるのは最悪だと思う。

 「“恋人気分”を持続させるためには適度な刺激が必要不可欠なよう」と、暮らしニスタ編集部はまとめている。夫婦生活が破綻した友人知人もいるが、うまくつづけるためには“共通の敵”がいるのも効果的だろう。苛酷なインド生活みたいな強敵なら言うことはない。

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『嫌われる勇気』というたいくつな本のツボ

 ベストセラーになるような本は、それが小説であれ漫画であれ、なるほどねと思わせるものがある。ところが、それがまったくと言っていいほどない本を読んでしまった。2013年末に出版され、これまでに70万冊を売り上げたという。

 『嫌われる勇気』というタイトルの“哲学書”であり“心理学書”だ。オーストリアの心理学者アドラー(1870~1937年)の思想を、「哲人」と悩める「青年」が議論の応酬をする形式で進む。このパターンは、哲学関係では珍しいものではなく、古代ギリシアの哲学者ソクラテスとの対話をその弟子プラトンが書き残した『対話篇』が源流だ。

 本の冒頭のほうには、こんな哲人の言葉がある。「劣等感そのものを先鋭化させることによって、特異な優越感に至るパターンです。具体的には、不幸自慢ですね」

 哲人は、こう説明する。「生い立ちなど、自らに降りかかった不幸を、まるで自慢するかのように語る人。そして他者が慰めようとしたり、変化を促そうとしても、『あなたにはわたしの気持がわからない』と救いの手を払いのけるような人です」

 長い人生を生きていれば、ひとりやふたりはそういうひとに出会う。だから、ぼくにとっては物珍しい話でもなんでもない。

 哲人は、すべての悩みの原因は対人関係にあるとする。それは、異性、家族、友人、職場、近所関係すべてそうだろう。たとえば、会社勤めをしたことがあるひとなら、上司に嫌な奴がいて辞めたくなったことが一度や二度はあるのではないか。哲人は、「アドラー心理学の根幹に関わる議論」としてこう青年に語る。「『あの上司がいるから、仕事ができない』と考える。これは完全な原因論です。そうではなく『仕事をしたくないから、嫌な上司をつくり出す』と考える。あるいは『できない自分を認めたくないから、嫌な上司をつくり出す』。こちらは目的論的な発想になります」

 仕事への意欲はあるしそれを成し遂げる自信もある自分から、部下の業績は自分の手柄とばかり横取りしたり、上の顔色ばかりをみて部下のやる気をなくさせたりするような中間管理職は、どこの職場にもいる。それを、「仕事をしたくないから、嫌な上司をつくり出」しているのだと言われて納得できるひとがどれだけいるだろうか。

 哲人は自由についても語る。家庭や学校、会社、また国家から飛び出したところで本当の自由は得られない、と。それはそうだろう。ではどうすればいいか。「他者の評価を気にかけず、他者から嫌われることを怖れず、承認されないかもしれないというコストを支払わないかぎり、自分の生き方を貫くことはできない。つまり自由になれない」とする。

 本のタイトルはここから取っているのだろう。自由になるために他者から嫌われる勇気を持て、と。

 この本を書いた目的は、読んだひとが幸福になることにあるという。自分らしく生きることと人に嫌われてもかまわないと開き直ることは矛盾するものではない。それにしても、著者の言うように「嫌われる勇気」を実践し、しかも幸福になるひとが、現実にどれだけいるだろうか。

 他者に嫌われる勇気を持てと言いながら、他者を「仲間」だと見なせ、とも哲人は諭す。「もしも他者が仲間だとしたら、仲間に囲まれて生きているとしたら、われわれはそこに自らの「居場所」を見出すことができるでしょう。さらには、仲間たち――つまり共同体――のために貢献しようと思えるようになるでしょう。このように、他者を仲間だと見なし、そこに「自分の居場所がある」と感じられることを、共同体感覚といいます」

 こういう支離滅裂な展開に、読者の頭は混乱しないのだろうか。

 アドラー心理学ではあらゆる「縦の関係」を否定し、すべての対人関係を「横の関係」とすることを提唱しているのだという。一例として、人をほめるのは上から目線であり縦の関係だからだめだとする。上司が部下をほめたり親が子どもをほめてやる気を出させたりするのは縦の関係だからまちがっている、と。ほめることを完全に排除して教育やスポーツ指導は成り立つのだろうか。

 この作品は、納得できない言葉、いくらでも反論できそうな言説にあふれている。くり返すが、どうしてこんな本がそれだけ読まれているのか。

 ただ、末尾に近いほうにこんなアドラーの言葉が紹介されている。「人生一般には意味などない。しかし、あなたはその人生に意味を与えることができる」

 この本が出版されたのは東日本大震災のあとだったことが大きいかもしれない。戦禍や天災に触れ「巻き込まれて命を落とした子どもたちを前に『人生の意味』を語れるはずもありません。しかし、そうした不条理を前にしながら、なにも行動を起こさないのは、起きてしまった悲劇を肯定しているのとおなじでしょう」「われわれは困難に見舞われたときにこそ前をみて『これからなにができるのか?』を考えるべきなのです」

 自己をありのままに受容し、たとえ他人に嫌われても生きていけ、と勇気を与える本だったからこそ大きな支持を得たのかもしれない。

 読売新聞によると、この本の読者層は20~30代が多く、中高生も読んでいるという。ぼくが読んでまったくつまらないと思ったのは、書かれていることのほとんどをすでに実践していて、自由でとても幸せだからだ、とあとで気づいた。

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