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『嫌われる勇気』というたいくつな本のツボ

 ベストセラーになるような本は、それが小説であれ漫画であれ、なるほどねと思わせるものがある。ところが、それがまったくと言っていいほどない本を読んでしまった。2013年末に出版され、これまでに70万冊を売り上げたという。

 『嫌われる勇気』というタイトルの“哲学書”であり“心理学書”だ。オーストリアの心理学者アドラー(1870~1937年)の思想を、「哲人」と悩める「青年」が議論の応酬をする形式で進む。このパターンは、哲学関係では珍しいものではなく、古代ギリシアの哲学者ソクラテスとの対話をその弟子プラトンが書き残した『対話篇』が源流だ。

 本の冒頭のほうには、こんな哲人の言葉がある。「劣等感そのものを先鋭化させることによって、特異な優越感に至るパターンです。具体的には、不幸自慢ですね」

 哲人は、こう説明する。「生い立ちなど、自らに降りかかった不幸を、まるで自慢するかのように語る人。そして他者が慰めようとしたり、変化を促そうとしても、『あなたにはわたしの気持がわからない』と救いの手を払いのけるような人です」

 長い人生を生きていれば、ひとりやふたりはそういうひとに出会う。だから、ぼくにとっては物珍しい話でもなんでもない。

 哲人は、すべての悩みの原因は対人関係にあるとする。それは、異性、家族、友人、職場、近所関係すべてそうだろう。たとえば、会社勤めをしたことがあるひとなら、上司に嫌な奴がいて辞めたくなったことが一度や二度はあるのではないか。哲人は、「アドラー心理学の根幹に関わる議論」としてこう青年に語る。「『あの上司がいるから、仕事ができない』と考える。これは完全な原因論です。そうではなく『仕事をしたくないから、嫌な上司をつくり出す』と考える。あるいは『できない自分を認めたくないから、嫌な上司をつくり出す』。こちらは目的論的な発想になります」

 仕事への意欲はあるしそれを成し遂げる自信もある自分から、部下の業績は自分の手柄とばかり横取りしたり、上の顔色ばかりをみて部下のやる気をなくさせたりするような中間管理職は、どこの職場にもいる。それを、「仕事をしたくないから、嫌な上司をつくり出」しているのだと言われて納得できるひとがどれだけいるだろうか。

 哲人は自由についても語る。家庭や学校、会社、また国家から飛び出したところで本当の自由は得られない、と。それはそうだろう。ではどうすればいいか。「他者の評価を気にかけず、他者から嫌われることを怖れず、承認されないかもしれないというコストを支払わないかぎり、自分の生き方を貫くことはできない。つまり自由になれない」とする。

 本のタイトルはここから取っているのだろう。自由になるために他者から嫌われる勇気を持て、と。

 この本を書いた目的は、読んだひとが幸福になることにあるという。自分らしく生きることと人に嫌われてもかまわないと開き直ることは矛盾するものではない。それにしても、著者の言うように「嫌われる勇気」を実践し、しかも幸福になるひとが、現実にどれだけいるだろうか。

 他者に嫌われる勇気を持てと言いながら、他者を「仲間」だと見なせ、とも哲人は諭す。「もしも他者が仲間だとしたら、仲間に囲まれて生きているとしたら、われわれはそこに自らの「居場所」を見出すことができるでしょう。さらには、仲間たち――つまり共同体――のために貢献しようと思えるようになるでしょう。このように、他者を仲間だと見なし、そこに「自分の居場所がある」と感じられることを、共同体感覚といいます」

 こういう支離滅裂な展開に、読者の頭は混乱しないのだろうか。

 アドラー心理学ではあらゆる「縦の関係」を否定し、すべての対人関係を「横の関係」とすることを提唱しているのだという。一例として、人をほめるのは上から目線であり縦の関係だからだめだとする。上司が部下をほめたり親が子どもをほめてやる気を出させたりするのは縦の関係だからまちがっている、と。ほめることを完全に排除して教育やスポーツ指導は成り立つのだろうか。

 この作品は、納得できない言葉、いくらでも反論できそうな言説にあふれている。くり返すが、どうしてこんな本がそれだけ読まれているのか。

 ただ、末尾に近いほうにこんなアドラーの言葉が紹介されている。「人生一般には意味などない。しかし、あなたはその人生に意味を与えることができる」

 この本が出版されたのは東日本大震災のあとだったことが大きいかもしれない。戦禍や天災に触れ「巻き込まれて命を落とした子どもたちを前に『人生の意味』を語れるはずもありません。しかし、そうした不条理を前にしながら、なにも行動を起こさないのは、起きてしまった悲劇を肯定しているのとおなじでしょう」「われわれは困難に見舞われたときにこそ前をみて『これからなにができるのか?』を考えるべきなのです」

 自己をありのままに受容し、たとえ他人に嫌われても生きていけ、と勇気を与える本だったからこそ大きな支持を得たのかもしれない。

 読売新聞によると、この本の読者層は20~30代が多く、中高生も読んでいるという。ぼくが読んでまったくつまらないと思ったのは、書かれていることのほとんどをすでに実践していて、自由でとても幸せだからだ、とあとで気づいた。

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