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古代出雲王朝で売り出す時

 「“神話の国出雲” というキャッチフレーズは、もう古い」。高校時代の友人と飲んでいるときそんな話題を振ると、友人も「まったくその通りだと思う」と応じた。ぼくたちが考えている新しい出雲のキャッチフレーズは一致した。「古代出雲王朝の地」というものだ。

 古事記神代編の3割は出雲を舞台とする神話だが、長いあいだそれは実態の伴うものとは理解されなかった。だが、過去30年間に出雲で考古学上の大発見が相次ぎ、「やはり古代出雲王朝は実在したのではないか」という見方が専門家のあいだでも広がってきた。

 古代研究は、出雲や大和など各地域でとどまっている時代ではなくなり、島根、奈良、三重、和歌山、宮崎の5県は、2013年、古代の歴史文化に関する優れた書籍を表彰する「古代歴史文化賞」を創設した。その第2回を記念するシンポジウムが、2015年春、松江市で開かれた。

 その際のパネリストらによる寄稿が、山陰中央新報に連載された。その中から、古代出雲にスポットを当てて紹介してみよう。

 国立歴史民俗博物館の松木武彦教授は、興味深い「古代の一大宗教改革」について述べている。そういう話を聞くのは初めてだ。弥生時代には共同体社会のための「青銅器信仰」があった。それにつづく古墳時代には「王墓信仰」へとシフトした。その宗教改革をもっとも先鋭的にリードした勢力が出雲だったのではないか、と松木教授は推論している。

 わが家から南へ車で15分ほど行った出雲市の荒神谷遺跡では、銅剣358本が出土した。その南東に当たる雲南市の加茂岩倉遺跡では銅鐸39口が埋納されているのが発見された。これらは「古い共同体宗教に用いられていた青銅器を廃した痕跡だろう」と松木教授はみる。出土以来、誰が何のために埋めたのか、と議論されてきた。その理由を宗教改革に求めるのは明解で斬新な説だ。

 それらの埋納時期と前後して、出雲市では出雲文化圏独特の四隅突出型墳丘墓である西谷3号墓のような王墓とも言える規模の古墳が作られた。西谷3号墓の隣接地には出雲弥生の森博物館があり、その展示をみると、男性と女性そして子どもが埋葬されていたという。専門家らは、この男女は夫婦ではないと考えているそうだ。では、どんな地位の人物らがこれほど大きな墳墓にまつられたのかという疑問を、ぼくはかねてから抱いている。

 松木教授は、王墓とも言える規模にまで発達した墓は「新宗教の確立」とみる。岡山県倉敷市には、ほぼ同時代の、やはり王墓とも言える楯築墳丘墓がある。その時期は、近年の研究から、従来の想定よりも古く紀元後2世紀の中ごろ以前にさかのぼる可能性が高いという。

 「王墓信仰は、王を頂く階層社会のための宗教」と松木教授は考える。つまり、地域のまとまりに過ぎなかったクニから、王を頂点とする国家へと移っていったことを反映しているのだろう。

 中国の歴史書『後漢書』には、「倭国王帥升(すいしょう)等が生口(奴隷)百六十人を献上して拝謁を願ってきた」という記述があるそうだ。「有力者たちが帥升を王にして連合し、中国王朝の権威をバックに列島の覇権を握ろうとしていた様子がうかがえる」と松本教授は指摘する。その倭国王の墓として有力なのが、西谷3号と楯築だという。

 島根県古代文化センター長の丹羽野裕氏も、「2世紀のある時期、出雲が倭国王を名乗り中国から認められた時代があった」とする。

 さらに興味深いのが邪馬台国との関係だ。東海大学の北條芳隆教授は、『魏志倭人伝』にある邪馬台国までの里程は日本海ルートであるとし、邪馬台国連合のなかで重要な位置を占める投馬国は出雲だとする。

 北條教授は、政治史上の画期を記念する目的で年号を刻んだ鏡「紀年銘鏡」が出土した場所が魏との外交を裏づける根拠になる、としこのルートを考えた。北部九州から「水行二十日」で出雲=投馬国に至り、さらに「水行十日」で丹後半島へ。さらに「陸行一月」で邪馬台国に至った。

 瀬戸内海ルートを避けたのは、邪馬台国と敵対していたのが狗奴国であり、それが吉備だったからとする。この時代、吉備は非常に力を持った勢力の拠点だった。

 つまり、魏の使者は、北部九州から海路で出雲を経由し畿内の邪馬台国に至ったとする説だ。投馬国は倭人伝によれば、五万余戸という大国であり、さらに大きい邪馬台国は七万余戸だった。松木教授、淑徳大学の森田喜久男教授も投馬国=出雲説を支持した。

 邪馬台国では、女王卑弥呼に仕え政(まつりごと)を司っていた男性がいた、と魏志倭人伝にある。そこで思い出されるのが、出雲市の西谷3号墓にまつられていた女性と男性だ。専門家の見立て通りこれが夫婦ではないとすれば、まさに邪馬台国の卑弥呼と政治を担当する男性のような関係ではなかったか、と想像される。

 出雲と邪馬台国はこのようにつながり、邪馬台国はそのまま大和政権を経て古代日本国家へ直結するとされる。

 くだんの友人は、出雲でイベント企画の仕事をしている。観光面でも、そろそろ「古代出雲王朝」を前面に打ち出して勝負する時だろう。

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