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インドに渡った仏教原典主義の「いま良寛さん」

 亡き父の新盆を前に、2015年8月6日、出雲の地元高齢者サークル主催による供養会が行われ、菩提寺へ参った。住職も亡妻の新盆を迎え、読経の後の法話でこう語った。「仏教の教えをひとにさんざん語って来ましたが、いざ妻を失ったわが身となると辛くて」。その言葉は、日本の葬式仏教の限界をうかがわせているように思えてならなかった。

 思いは、インド・ヒンドゥー教最大の聖地ベナレスの近くにあるサールナートへ出かけ、後藤恵照という僧侶に2日間のべ6時間以上にわたるインタヴューをしたときの記憶へ飛んだ。ニューデリー特派員をしていた1989年1月末、冬休みを取って訪れた。

 後藤師は、1933年、茨城県土浦市の在家に生まれ、18歳で曹洞宗のお寺に入ったが、日本の仏教のあり方に疑問を持ち、45歳にしてインドへ渡った。翌年、仏教の聖地サールナートに「法輪精舎 日本寺」を建立し、貧しい子どもたちのための学校も開いていまも健在だ。中学・高校の生徒数は計約800人、日曜学校の恒例食事会には1000人もの子どもたちが集まる。法輪精舎で修行中のある日本人青年は、師を「いま良寛さん」と呼ぶ。

 四半世紀前に行った未公開ロングインタヴューのダイジェストを、以下に記しておく。

                  ◇
 ――先生は、釈迦が説いたいわゆる原始仏教に対して自分が直接アプローチしていきたいとお考えですね。
 阿含経を読んでいると、お釈迦さまが病気をしたとか、非常に人間的です。ところが(日本に伝わった)大乗仏教では神格化してしまって実在しない人物を作り上げているんです。それにはぼくは、まったく興味がないわけです。

 ――釈迦も一修行者、インドで言うサドゥーということですか。
 そうです。そのひとがたまたま悟りを開いて説教したのであって、日本で言うような神通力的なものはなかったんです。

――日本の仏教イメージと、本来インドにあった仏教はまったくちがうものですよね。
 日本の仏教はとにかくきれいごとを並べているんですよ。色メガネを通して仏教を見ている。現実はそうじゃないのに。もともと、お釈迦さまは坊さんが葬式をすることを禁じているんです。坊さんは拝み屋じゃあないと。いまの坊主は金儲けのために葬式をしているが、それはまちがいです。

――では、釈迦が説いた本当のところは何なんでしょうか。
 善いことをすれば善人で悪いことをすれば悪人である。基本的にはこれだけです。

――死生観とか宇宙観についてはどうなんですか。
 一般民衆に対しては地獄や極楽について説いていますが、これはあくまでも通俗であって、より高い立場では死後の世界はどうでもいいとしています。証明できないんですから。

 ――では、釈迦が本当に言おうとしたのは何でしょう。
 心の迷いをなくせということです。それと、現在をよく生きなさいということ。過去はもう過ぎ去り、未来はまだ来ていないのだから。

 ――先生が目指しているのは、本来の仏教僧のあるべき生き方ですか。
 そうです。まあ、いまは寺を持っていろいろしてまして、お釈迦さまのような完全な姿はできないですが。ふつうのひとはお釈迦さまが仏教独自の教えを説いたと思っていますが、実は9割9分インドに根拠があるんです。仏教独自のものは悟りくらいでしょう。

 ――釈迦が悟ったというのはどうしてわかるんでしょうか。
 悟ると、そういう自覚が現れるらしいです。自分の主観の問題です。

 ――では、釈迦が悟りを開いた後はどんな生活をしていたんですか。
 同じですよ。時間が来れば托鉢に出かけて飯を食い、座禅を組み、信者が来れば説教をした。悟り以前と全然変わりません。

 ――釈迦は自分で悟りを開いたと言ったんでしょうか。
 お経にはそういう自覚が湧くと言う風に書いてあります。ぼくは原典主義者です。現代の仏教の発想からすれば異端かもしれないが、経典に従えば僕の方が正しいんです。

 ――仏教のファンダメンタリストですね。そういうのに興味を持つひともいますか。
 ぼくの言うような生活は現代では難しいが、歴史的事実としては正しいと言うひとはいます。

 ――釈迦と同じことを実践するには社会環境がちがいすぎるということですね。
 貨幣経済になり寺を経営しなければならないことが一番大きなちがいです。いまでも山にこもって悟りを開けるでしょうけど、する人がいないんじゃないですか。みんな人間の欲にとらわれていますよ。ぼくがここに学校を作っているのも欲です。でも布教のためには拠点が必要ですから。

 ――先生はここでインド人に本来の仏教を布教しようとされているんですね。
 原始仏教の布教会的なものを作って、何年か先にはヒンディー語で雑誌も発行するつもりです。お釈迦さまが説いたこと説かなかったことをやさしく説明してあげるような。お釈迦さまが説かなかったことは仏教ではないですから。

 ――われわれが仏像で見るような釈迦のイメージは「遠い存在」ですが、先生にとっては仏陀個人の具体的なイメージがあるわけですね。
 ええ。ボロボロの衣をまとって、頭を剃っていて、歩いて托鉢し、たまには空の鉢を持って帰り、座禅をして、といった人間としてのイメージしかないです。

 ――密教では神通力が強調されていますが、それはどうお考えですか。
 ぼくの立場から言うと、それは宗教ではあるが仏教ではないです。大乗仏教も理論的にはキリスト教などよりも優れた宗教だけれど、お釈迦さまの本当の教えではないです。

 ――仏陀の生き方を究極的な模範として生きたいわけですね。しかし現代では不可能なことも多いと。
 不可能なことの方が多いですよ。ところで、精進料理は日本や中国の大乗仏教の一部の習慣なんです。お釈迦さまは肉を食べました。結局、最後は肉の中毒で亡くなったのではないですか。遊行経には豚肉の料理を食べた後に下痢がはじまったとありますから。

 ――戒名については、どうお考えですか。
 中国にもありましたが、院殿居士は日本だけのものです。院号は天皇の隠居後についた称号で、殿は殿さまでしょ。それにいつの間にか値段のランクがついたんです。

 ――そういうお話をこの聖地サールナートでうかがうと、戒名など余計ばかばかしく思えますね。
 お釈迦さまの時代には仏像なんてものもなかったです。お経に仏像を作って拝みなさいとはどこにも書いてありません。坊さんには偶像崇拝を禁止しています。

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『日本人カースト戦記 ブーゲンヴィリアの祝福』番外編」カテゴリの記事

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投稿: な | 2016年11月26日 (土) 17時43分

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