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売春を合法に、という世界の潮流

 日本はホンネとタテマエの国だ、とよく言われる。ぼくが知る限り、諸外国でもこのふたつは使いわけられていて、日本がそれほど特殊というわけではないと思う。よく、日本では「日本ほど○○な国はない」とか「日本人は○○だ」とか、海外事情に精通してもいないのに訳知り顔で語るひとがいて、それに何となくうなずく風潮がある。あれは“島国根性”の一種で、陸続きに比較する外国がないから、そういう言説がまかり通ってしまう。

 とはいっても、これだけはまちがいなくタテマエ論だと思うことがある。売春のことだ。1957年(昭和32年)4月1日に売春防止法が施行され、売買春は法律で取り締まられるようになった。一方で、堂々と売春は行われている。いわゆるソープランドだけでなく、東京の一流ホテルのロビーなどでも高級コールガールをみかけることはある。

 セクシーな大和撫子の「夜のおもてなし」を何よりの楽しみに来日する海外スターは珍しくもない。よく「日本食が大好きで、ニッポン大好きです」と言うスターがいるが、あれはホンネでは「日本“色”が大好きで、ニッポン大好きです」なんだとも言われる。

 日本でもたまに、売春組織が摘発されてニュースになることもあるにはあるが、ふだんは「そんなものはないことにして」きれいごとの日々が過ぎていく。

 そんなタテマエの日本に、ちょっと衝撃的なニュースがとどいた。2015年8月11日、国際人権団体アムネスティ・インターナショナル(本部ロンドン)が、売買春の合法化を支持する方針を決定した。アムネスティ・インターナショナルと言えば、世界中に700万人の会員・支持者がいて、大きな発言力を持つ国際社会でもっとも有名な人権団体だ。

 アイルランドのダブリンで開かれた総会に、70か国から約400人の代表が出席し、売買春のほか、売春あっせん、売春宿の経営をふくむ「合意の下での性労働に関わる行為」について、「全面的に合法化すべきだ」とする決議を賛成多数で採択したのだ。

 「性労働者の人権保護につながる」というのが主旨だが、当然、反対派からは「人権団体としての信用性に傷がついた」と批判の声が上がった。それでも、シェティ事務局長は「性労働者は世界で最も軽視された職業集団であり、差別と暴力、虐待の危険に常にさらされている」とし、合法化を目指す意義を強調したそうだ。

 東京をふくめ世界のどんな都市にも、売春施設はあるし売春婦もたくさんいる。そのなかで、個人的にもっとも印象的だったのが、ドイツ第2の都市ハンブルクへ出張したときの体験だった。

 日本のあるメーカーの駐在員が、「ジャーナリストならみておいたほうがいい場所がありますよ」と、夜、アルトナ魚市場へ連れて行ってくれた。この市場は18世紀前半からあるといい、昼間は観光スポットとなっているところだ。日がすっかり落ちた市場の敷地に、おびただしい数の若い女性が立っていた。「あそこにいる娘は目がとろっとしているでしょう。ほら、あそこにも。明らかに薬物中毒です」。女性たちは売春婦で、物色する客の車に拾われ近くのホテルへと行くのだという。

 市場から少し離れたレーパーバーンという長さ800メートルほどの通りは、ドイツ随一の売春街として有名だ。いかがわしいクラブやバーなどが建ち並び、いわゆるストリートガールがたむろしている。

 別の機会には、旧東西ドイツ国境付近の幹線道路沿いに、たくさんの売春婦が立ち、男の車に拾ってもらうのをひたすら待っているのを見かけた。寒風のなか、若い女性たちはカラフルなスキーウェアを着ていた。

 ふた昔も前の見聞だが、ドイツでは2002年に21歳以上の売春が合法化されたから、いまでは事情も変わっているかもしれない。現在、首都ベルリンだけで約700もの売春宿があり、売春婦の数はドイツ全土で40万人といわれる。ヨーロッパでは、売春が合法化されている国は珍しくない。

 世界には、自主的にその職業を選んだ女性もいるだろうが、薬物でうつろな目をしていた魚市場の娘たちの顔が忘れられない。彼女らは、政府が認めた「慰安婦」だったり、マフィアがあやつる「性奴隷」だったりしたのではないか。女性の人権や尊厳が踏みにじられているケースも少なくなかっただろう。旧日本軍の公娼だった慰安婦より境遇はむしろ厳しかったかもしれない。それが、合法化で改善されただろうか。

 朝日新聞は、2014年8月、いわゆる従軍慰安婦をめぐる「吉田証言」についての虚報を認めながら、「問題の本質は(強制連行の有無ではなく)女性の人権だ」と論点をずらして開き直った。売春をめぐる世界の現状に目を向ける意思がある、とでも言うのだろうか。それならまず、多数派を占めていた日本人の慰安婦について、強制連行があったか、いくら収入があったか、客を選ぶ自由はあったか、行動の自由はあったかなど徹底取材して書くべきだ。それが女性の人権と尊厳を擁護する報道の第一歩ではないか。

 朝日が虚報を認めて1年以上が過ぎたが、女性とくに売春婦の人権についてキャンペーンを張る気配などまったくない。売買春合法化の世界潮流をどう考えるのだろうか。

 朝日をはじめとするタテマエの偽善者らは、売春にかぎらず、自分たちに都合の悪い海外の動きについては、目をつむり、聞かなかったことにする。アムネスティ・インターナショナルの合法化決議についても、知らんぷりをするのだろう。

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