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マリファナの匂い漂う楽園――コペンハーゲン某所

 デンマークへ高齢者福祉の事情を取材するため出張したのは、ふた昔前のことだった。幸福度ランキング世界1位の先進国とされる。首都コペンハーゲンは、ドイツの都市などよりかなり素朴で、どこかのんびりした感じがあった。

 仕事を終え、帰りの飛行機便まで時間があったので、どこか観光でもしようかと思っていると、地元のひとが「クリスチャニアという面白いところがありますよ」と教えてくれた。市の中心部からそう遠くもなく、タクシーですぐに着いた。

 予備知識はまったくなかったので、これが「デンマーク有数の観光地」と言われても、なにが面白いのか最初はさっぱりわからなかった。あとで知ったことだが、コペンハーゲンの人口は約57万人しかいないのに、クリスチャニアには国内外から毎年50万人が訪れるという。

 約500円相当の英語ガイド料金を払い、他の観光客といっしょに説明を聞くと、ここは一般に「ヒッピーの楽園」と呼ばれているそうだ。ガイド役もクリスチャニアの住人だった。「個人が自由な表現ができ、かつコミュニティに対して責任を持つ自治社会の建設」を目標とする「国」で、国旗や国歌もあるという。

 あちこちに手づくりの家があり、壁にはグラフィティが描かれている。自治コミュニティとしては経済的に自立することが必要だ。レストランやカフェ、バー、有機野菜の販売所、さらに手工芸品店、自転車店、材木店などがゆったりした敷地にある。ミサンガやTシャツなどを売る土産物店もあり、観光客から取るガイド料も大きな収入源になっているのだろう。クリスチャニアでは家具から家まで欲しいものは自分で作るのが一般的だそうで、部分的には自給自足とも言える。

 何しろ広いのでぼくは行かなかったが、スケートボードの練習場やライブハウス、保育所などもあるという。チベット仏教寺院もあるそうで、いかにも東洋の哲学や宗教に惹かれるヒッピーのコミュニティといった感じだ。

 もともと軍の所有地だったが誰も使ってはいなかったため、1971年9月4日、近所の人びとが土地を子どもたちの遊び場にするためにフェンスを壊して不法侵入したのがはじまりだった。まもなく、一般に開放され、ヒッピーなどが住みついて楽園となった。「アナーキズム(無政府主義)の実験場」とされていまに至る。

 34ヘクタールの土地に、ぼくが訪れたときは約800人が住んでいた。ネットでその後を調べると、いまでは約1000人に増えたようだ。

 クリスチャニアにはいろいろな入り口があり、いわば歩行者天国になっている。デンマーク当局は、非常時に消防車や救急車が通れるよう何回もエントランスを塞ぐ大きな石を撤去してきたが、そのたびに住人らが元の位置にもどすいたちごっこがつづいている。

 クリスチャニアの一番の名物は、プッシャー通りの常設屋台で公然と売買されるハシッシュやスカンクなどの大麻で、人びとは自由に吸っていた。その独特の匂いは、すぐそれとわかる。もっとも、大麻が法律できびしく取り締まられている日本では、その匂いを知るひとも少ないだろうが。

 デンマークでも大麻が2004年に違法化され、クリスチャニアでも堂々と売られることはなくなったという。しかし、根絶されるわけもなく、いまでもプッシャー通りではごくふつうに手にはいるようだ。ただし、証拠を残さないため、プッシャー通りには「写真撮影禁止」のポスターが張り出されているという。もちろん、当局は知っているが、あえて見逃しているのだろう。

 クリスチャニアは、デンマークの法体系とは別に彼ら独自のルールを持っている。9つの禁止事項があり、武器、暴力、防弾チョッキ、バイカー服、私用車の所有、火薬製品、花火、盗品、ハードドラッグの売買はNGだそうだ。住人に過去の経歴を尋ねるのもタブーとされる。武器の所有がだめなら、防弾チョッキをわざわざ禁止しなくてもいいようなものだが、彼らなりの理由があるのかもしれない。

 強い麻薬としてルールで禁止されているのは、コカイン、アンフェタミン、エクスタシー、ヘロインなどだが、「この規則が全員の了承を得られていないため、それらの商売が完全に無くなったわけではない」とウィキペディア英語版には書かれている。

 アナーキー地帯ではあるが、当局と折り合うため、1994年から、住人らは、水道、電気、ごみ処理などの料金や税金を払っている。

 ヒッピーは、1960年代から70年代にかけて、世界中いたるところにたむろしていた。ベトナム戦争への反対運動から生まれ、精神性(スピリチュアリティー)を大切にした。<ドラッグ>と<セックスの解放>がキーワードで、既存の社会ルールへの反抗が根底にあった。だが、「相手かまわずフリーセックス」をするヒッピーへの支持は長つづきせず、その文化はやがてすたれていった。

 その点で、クリスチャニアは世界的にみてもまれなコミュニティと言える。彼らのセックス観を、観光客相手のガイドに聞くのもためらわれたが、大麻が文化となっている以上、フリーセックスももうひとつの文化を形成しているのだろうか。

 今度訪れる機会があったら、取材してみよう。

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