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民衆の夢を裏切ったフォルクスワーゲン

 ドイツの自動車大手フォルクスワーゲン(VW)社の排ガス不正問題はひどい。そんなことが許されるわけがない。

 このニュースを聞いて、過ぎ去った日の、ある感動したエピソードを思い出した。ベルリン特派員をしていたころの話だ。読売新聞大阪本社から、珍しくファクスが直接届いた。「ノーベル化学賞の候補になっている京大名誉教授が、発表当日はワイマールのホテルに滞在するので張りついていて欲しい」という内容だった。

 その先生の名前は失念したが、ファクスには研究内容の説明や経歴の資料があった。ホテルの名前も書いてあったから、すぐにぼくも予約を入れ、発表前日、列車でワイマールへ向った。当日、チェックインした先生に話をうかがうと、隣国オーストリアでの学会に参加したあと、旧東ドイツの都市ワイマールへ来たのだという。奥さんもいっしょだった。

 「わたしが受賞することは、万にひとつもないでしょう」とは言いながら、取材には快く応じてくれた。なぜか日本の他のメディアは来ておらず、AP通信の若いドイツ人男性カメラマンがひとり姿を見せた。

 賞の発表までには、まだかなり時間があったから、ぼくは夫妻を街に案内し、いっしょに昼食もとった。文豪ゲーテが政治家としても活躍した地で、文化施設にはこと欠かない。一流の研究者はさすがだな、と思わせる話をたくさん聞くことができた。野球でも研究でも三振を恐れずホームランを狙え、というのもそのひとつだ。

 結局、先生は受賞できなかった。そのあと、カメラマンが「時間があれば、ぼくのオフィスに遊びに来ない?」と言ってくれた。ドイツ人にそんなお誘いを受けるのは、珍しいことだった。帰りの列車まで時間があり、彼の車でAP通信ワイマール支局へ行った。

 支局には年配の男性記者もいた。カメラマンは「ちょっと待ってて」と、近所の店から地元名物というクッキーを買ってきて、コーヒーを煎れてくれ、4人で談笑した。旧東ドイツの地方は方言がきつくて、ぼくのドイツ語能力では手に余ることがよくあった。でも、ふたりは標準ドイツ語をゆっくり目に話してくれたので、じゅうぶんコミュニケーションがとれた。

 カメラマンが「どんな車に乗っているんですか?」と聞くので、「メルセデス・ベンツです」と答えたら、「さすがにね」と言った。そして、彼はこういった。「西の市民の憧れはやっぱりメルセデスです。東は経済力がまだ足りないから、憧れはフォルクスワーゲンなんですよ」

 そろそろおいとまする時間になると、彼は残ったクッキーを袋に入れて「これ、列車のなかで食べてください」と、駅まで送ってくれた。

 東西ドイツが再統一されたあと、それぞれの市民のあいだは何となくぎくしゃくしていた。西は東のひとを「二級市民」あつかいすることもあった。でも、東には、西が経済発展で失ってしまった何か大切なものが、まだ残っている。西が合理的、ビジネスライクなのに対し、東にはまだ人情がたくさんある。ぼくは、先生夫妻とカメラマンにもらったとても温かいものを感じながら、ベルリンへ帰った。

 アメリカで発覚したVW社の排ガス不正問題は、世界に広がっている。アメリカでは刑事事件に発展しそうで、車を買った顧客たちが、集団訴訟を起こす準備をはじめたとも伝えられる。

 VW社は、米環境保護局(EPA)が排ガスのテストを行うときだけ、それを検知して排ガスを低下させる違法ソフトウェアを搭載していた。実際に顧客が運転するときにはその機能を停止させるため、窒素酸化物(NOx)を基準の最大40倍も排出するという。このソフトが埋め込んであるのは、2009年から15年までにアメリカで販売されたゴルフなど48万2000台のディーゼル車だ。ヨーロッパでも、同様の不正があったと調べが開始された。VWは、問題に関わる車両が全世界で約1100万台に上ると発表している。

 トヨタを抜いて世界一の車メーカーになろうとしていた巨大企業が、人体をふくむ自然の保護より金儲けを優先していたわけだ。今回の不正は、単なる数値の粉飾とはちがい、環境やひとの健康に害を及ぼすことを承知の上での犯罪だと見なされる可能性が大きい。ドイツ当局も、詐欺罪の適用を考えている。ドイツは、世界が認める名車の国で、国民はそれを誇りにしていた。それだけに、VWスキャンダルはショックだろう。

 とはいえ、ぼくに言わせれば、ドイツが国際社会に向ってアピールする「環境保護大国」というイメージは、もともとかなりマユツバだ。たとえば、ドイツ名物の高速道路「アウトバーン」は、原則としてスピード制限がない。こっちが時速190キロで飛ばしていても、あっという間に追い越される。高速で走行すれば、それだけ有害物質も多く排出するから、環境政党・緑の党は、ずっと前から、スピード制限をするよう選挙公約で訴えてきた。

 だが、世界一スピード狂のドイツ人は、それを受け入れない。それでいて、「森林の枯死」をどうするかとか騒いでいるのだから、お話にならない。

 フォルクスワーゲンは「民衆の車」という意味だ。ワイマールのカメラマン君の夢をぶち壊したVWの組織的不正は、ぼくも個人的に許せない。

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